viii
東京に来て一週間が経とうとしている。
全ては自分の罪の意識が見せた白昼夢だったのではないか。
初めからエイリなんて少女はこの世に存在しないのではないか。
そんなことを薄々感じてきたタイミングで、携帯端末にメールが届いた。
文面には「仕事です」という簡素極まりないメッセージと、落ち合う場所だけが書かれていた。
「なるべく早く」と曖昧な時間指定だったので、僕は「じゃあ今からな」とだけ返して、端末をぞんざいに床の上に投げた。
いくら新品同様とはいえ、他人の家のベッドを大っぴらに使うのはやはり生理的な躊躇が大きかった。
手頃なベッドパッドを買ってきてそれを床に敷いて寝起きをする生活を送っていた。
ただ夜雨が凌げる空間と割り切って生活を続けていた。
なるべく部屋を荒らしたくなかったので、最大限譲歩して家電は冷蔵庫と電子レンジ、施設はトイレとシャワーだけ使わせてもらっている。
TVやネットニュースでは、すでに池崎神父の犯した所業が連日大っぴらに報道されるようになっていた。
自宅の焼却炉から新たに二人分の人骨が見つかったというニュースを最後に、僕はそれ以上の情報を集めるのを止めた。
エイリが待ち合わせ場所に指定したのは、最寄りのネットカフェだった。
僕は深いため息を吐いてから立ち上がって、外出の準備を整えた。
家を出て、雑踏を歩く。
夜も更けてきた時間になっていた。
東京の夜はどこもかしこも騒がしくて、なにより満遍なく光で溢れている。
道路は単調ではなく、板を流れる水のように幾重にも分岐していて人を迷わせる。
常に他人の影が伸びているのに、なぜか自分の足音しか聞こえない。
しかし、その孤独が今の僕には心地良かった。
この一週間で僕の思考を支配していたのは、幼馴染の死でもエイリという少女のことでもなく、ナガシマさんが電車で話してくれたいささか難解なやり取りだった。
なぜ人を殺してはいけないのか。
なぜ人は道徳的に生きなければいけないのか。
ナガシマさんはその答えは全て、それ自体が自らの利益になるからに他ならないと言った。
全ての善意は偽善に過ぎず、他者への純粋な優しさなどこの世に存在しないということだ。
なぜあの時エイリは、意味ありげにほくそ笑んでいたのか。
その端緒をようやく理解できた気がした。
地下鉄を目指して住宅街を歩いていくとちらほらと店舗が並ぶ通りに差しかかり、そこからさらに歩を進めると次第に遠くに聳え立つ巨大なビルの姿が見えてくる。
気がつくと、そこはもう都会の真っ只中だった。
ひたすら思考と足を動かす。
自分ではなく他者のため。
僕はその半生において、奉仕の人になりたいと願って生きてきた。
人に優しくありたかった。
自分ではない誰かに尽くすことを神聖だと信じてきた。
そして、その中心にはいつも真篠汀がいた。
認めよう。ナガシマさんの言葉は確かに、僕にとって呪いだった。
己の人生をことごとく否定されて、お前は所詮道化に過ぎなかったと言われたのと同義だった。
しかし、そのナイフのような事実は自分の半身とも呼べる存在を喪い、ひたすらエゴイスティックに死を求める今の僕を切り裂くにはまだ浅かった。
確かに刺された感触はあったのだが、痛みは感じず血も流れてはこなかった。
それは一過性の麻酔に過ぎないのかもしれないが、相変わらず僕の心中を占めるのは底知れぬ虚無と死への渇望だけだった。
他人の死を糧に自らの死を求める。
こんな望月蒼を昔の自分が見たら何を思うだろう。
なにより、汀がそれを見たら何を言うだろう。
そういえば、ナガシマさんはなぜ話の途中で「愛」なんて言葉を持ち出したのだろうか。
彼の言うことを真に受けるならば、そんなものの存在を信じるのは到底無理な話だろう。
直感に従ってみれば、エゴイズムと愛などというのは水と油と似たような組み合わせだ。
今の僕には見当がつかなかった。
生前、汀は僕にことあるごとにこんな言葉を言っていた。
愛は自己犠牲を伴うことによって初めて証明される。
その言葉にいつも僕は勇気をもらっていた。




