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警告。――何人も、僕の半生をすなおに受け入れてはならぬ。
死に至るまで、僕の演ずる行ないはすべて――善良な友よ。君たちに聞かせた、たあいない寝言の片言隻句に至るまで、小説に書かれるためのお茶番であるかもしれないのだよ。
原口統三『20歳のエチュード』Etudes II I
七月某日、初夏の頃。
世界は文字通り輝いて見える。
燦々と照りつける日差しに、沢山の生命が共鳴して尽きる。
蝉の騒々しい鳴き声は、その本質通り断末魔として僕の耳には聞こえる。
こんな日はきっと、死ぬのにもってこいだ。
机の上に開きっぱなしのノートを閉じた僕は、Tシャツにデニムの短パン姿で薄暗い自室を出た。
まるで何かに取り憑かれたかのようだった。
ろくに頭を働かせることなく、三万で買った中古のスクーターに乗り込む。
エンジン部から時々聞こえるかたかたという異音を無視して、速度を全力にして黙々と走らせる。
住宅街に接した坂道を上りきって海岸沿いに出ると、急にどこまでも視界が広くなった。
世界が文字通り大きくなった。
視界の彼方には霞んだ水平線が見える。
仄かな潮の匂いが鼻腔をくすぐった。
しかしその素晴らしき風景は、僕にとっては当てつけのようで、濁った景色にしか映らなかった。
脇に乗り物を停めて、僕は徒歩で路面電車の通る踏切を渡って海辺へと向かった。
田舎町の外れにある狭い海岸とはいえ、こんな熱い日は地元の海水浴客で賑わっていた。
彼らに見当たらないような場所を見つけるまで、あてもなくさまよった。
僕の夏はもう、昔のように輝いてはいない。
ゆっくりと足から海に浸かっていく。
段々と深度を増していくと仰向けになって、僕は無限に広がるような紺碧を仰いだ。
冷たい。その感覚に自分を浸してどこまでも千切れてしまえと思った。
自分は青い海に溺れるのか、それとも青い空に溺れるのか。
そんなことを考えながら目を瞑った。