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グレイヴヤードの仮初め家族  作者: 遠堂 沙弥
第一章 「異端少女と死霊使い」
9/13

9 「お互いの正体」

 もぐもぐもぐもぐ。

 口いっぱいにサンドイッチをほおばりながら、ミュゼは覗き込んでいるレックスと目が合っていた。

 それでも止められない咀嚼。誰にもミュゼの食欲は止められない。


「いや! なんか言うことないのか、お前!」


 あまりに食べることをやめないので、レックスはたまらず声を荒らげた。それに対しミュゼは、しゃべりたくてもしゃべられないということを指さしで訴えかける。

 そしてもう一口かじろうとした時に、サンドイッチを持つミュゼの手首をつかんで食事を阻止した。

 もぐもぐもぐもぐ。

 ミュゼも言いたいことは山ほどある。だがまずは口の中のものを飲み込まなければどうにもならない。

 レックスもさすがにそれを察して呆れたように頭を抱えながら、コップに水を注いで渡してくれた。

 ようやく飲み込み、それから水を飲む。まだまだサンドイッチは残っているが、それはさすがにいけない気がしたので話を進めることにした。

 しかし先に口を開いたのはレックス。


「お前、さては今までキャラを作っていたな?」

「なんの、ことですか?」


 キャラを作っていたかどうかはさておき、大罪人として演じていたのは確かだ。ミュゼはこれでも犯罪に手を染めることのない、まっとうな生き方をしていた。

 なので悪人が、罪を犯した者が刑罰を与えられた後にどんな態度になるのか想像したことがない。いくつか読んだ本にも、犯罪者視点のものなんて読んだことがなかった。

 もし自分が本当に大罪を犯したとして、その場合どういう心境に陥るのか想像して演じてみた。

 きっとこの世の終わりかと思うほどに、明るく振る舞うことなんて決してしないだろう。

 笑顔も、口を開くことも、勝手に振る舞うことなど許されないとでもいうように。

 全ての行動を制限されているかのように、自身に枷を付けて生きた屍のように生きていくのだろうと想像した。それによって作られた犯罪者像だ。

 クレス司祭によって命じられたことを実践する為に、ミュゼはクレス司祭と別れた直後からずっと罪深き人間を演じてきた。

 誰の目にも触れないならと、つい自我を露にしてしまったミュゼのミス。

 当然レックス視点からすれば、ミュゼはレックスを騙していたことになる。

 演じているという秘密を知らないレックスは、ミュゼがキャラを作っていたと勘違いしても仕方がない。


「あの手紙もそうだ。ずっと変だと思っていたんだ。全くどいつもこいつも俺のことを何だと思っている」


 レックスは怒っているのか、わなわなと握りこぶしを作っている。わかりやすい怒り方だなとミュゼは思った。

 彼が何を言っているのかわからないが、ミュゼにだって言いたいことはある。


「あなただって私に嘘をついてたじゃないですか!」


 ミュゼは勢いよく立ち上がり、指をさして問い詰めた。

 ここに来てからずっと感じていた異変、レックスが隠しまくっていたことをここで明かしてもらう為に。


「私、見たんですからね! 夜中に私の部屋にいたガイコツを!」

「なななな、ナニを言ってるのかワカリマセン」

「そうやってすぐしらばっくれる! もうわかってるんだから! あなたがネクロマンサーだってことを!」


 そう言われたレックスはさっきまでのバカみたいに狼狽えた表情から一変、急にシリアスな怖い形相となりミュゼを睨みつける。

 レックスから放たれているもの、殺気のようなものにミュゼは一瞬たじろいだ。

 しかしそれでも引くわけにはいかなかった。ミュゼにだって事情がある。

 クレス司祭から依頼されたことを、きちんと達成させるためにはどうしても。


「なんで、その術のことを知っている。お前は何者だ」

「何者と言われても、ただの村娘……いえ。あり得ない罪を犯した犯罪者でしかないわよ」


 じっと睨み合う。

 それから数秒の後、レックスは食堂を指さす。続きは向こうで話そうという合図をした。ミュゼもそれに賛同する。

 キッチンで言い合うより、きちんとした場で話し合った方がいいだろう。


 二人は場所を移動して、とはいってもすぐ隣ではあるが。レックスは普段自分がいつも座っているだろう席についたので、ミュゼはそれに向かい合う形で椅子に腰かけた。

 ピリッと張り詰めた空気の中、今度はミュゼから話を切り出す。


「ネクロマンサーの術は、一般人でも知ってる黒魔術です。知ってるといっても、具体的にとまではいきませんけど。魔法の力で死者を自在に操る、という程度でしか私もわかっていません」


 きっぱりと事実を言ったが、ほんの少しだけ伏せた内容もある。

 ミュゼは母親から死霊術について、一般人が知るよりもう少しばかり詳しく聞いたことがあった。母親がなぜ死霊術に関して詳しいのか、まだ幼かったミュゼは考えもしなかったが。

 それでも世間一般的には、先ほどミュゼが言った通り。この程度の知識ならば、魔法を使わないような普通の人間でも知っている情報だ。


「一般的に知られていることを、どうしてあなた自身がわかっていないのか。逆に不思議ですけどね。人と話して、そういった話題になったこととかないんですか?」


 大体の人間は、死霊術は恐ろしい魔法という認識でふんわりと伝わっていくものだ。

 それこそ子供の頃に、言いつけを守らない子供に恐怖を植え付ける為につく嘘とでもいったらいいだろう。


『良い子にしてないと、ネクロマンサーが死者を使って連れて行っちゃうぞ』


 ネクロマンサー=死体を操る=連れていかれる、といった感じだ。

 そうやって植え付けられた恐怖心、黒魔術という闇の魔法。その組み合わせが人々にネクロマンサーのこと、死霊術のことを広める要因となっていった。

 親から、友達から、知り合いから。必ずしも、誰でも、他人と会話をしていれば一度はその話題に触れても不思議じゃない。

 それなのに一般人が死霊術のことを知っているということに、なぜレックスはここまで驚くのかミュゼには理解できなかった。


「ん?」


 ミュゼの言葉に、レックスはもじもじし出した。

 さっきまでの勢いはどこへやら、照れたように、恥ずかしそうに。レックスは指を組んでくるくる回しながらミュゼから視線を外すものだから、これもまた何かを隠している仕草だろうと察する。なんて隠し事の多い男なのか。


「いや、それは……。だって、仕方……ないだろ? ここじゃ……誰も」

(声ちっさ!)


 蚊の鳴くような声でぼそぼそと話すレックスに、ミュゼはピンと来た。

 そしてつい、臆することなくはっきりと告げる。


「あ、会話する相手がいなかったとか?」

「うっ!」


 胸を矢で射られたような仕草をして、顔面が蒼白になるレックス。

 的を射た、の言葉通りのリアクションにミュゼは面白がることなく、むしろ「当たりだ」という感覚でなおも言い当てていく。


「こんなへんぴで辛気臭い場所に住んでるから、誰も訪れたりしなかったんですね」

「ぐはっ!」

「他人との会話がそもそも発生しないから、一般人の感覚を理解できないってこと?」

「ぐおっ!」

「要するに、友達が誰一人いない!」

「やめろおおお!」


 たまりかねて絶叫するレックス。

 言い当て過ぎたミュゼは、相手の弱い部分を無意識に攻撃していたことに気付いて、それ以上はやめておいた。

 しかし友達がいないからなんだというのか。ここまで言っておいてなんだが、ミュゼも村に住んでいた頃は、友達なんていうものはいなかった。

 いわばレックスはミュゼと同志のようなもの。


「友達いなくても、そんな風に卑下することないじゃないですか。大体友達がいない理由なんていくらでもありそうですし」

「……」

「ほら、こんな場所に住んでることがまず友達作りに不利だし? そんな不機嫌マックスで病人みたいな顔色してるから、誰も寄ってこないってこともあるし。それを改善する気がないなら、別に無理して友達を作ろうだなんて思わなくても」

「やめろ……、それ以上はもう……」

「あれ?」


 友達がいないことくらい、別に恥じるようなことはないのだと……励ましたつもりだった。しかしむしろそれがトドメだったようで、レックスは魔力切れと同じ現象を起こしてテーブルに突っ伏してしまった。


「ごめん、なんか余計なことまで言っちゃった?」


 軽いノリで謝罪するミュゼに、レックスはジト目でミュゼを見やる。

 恨めしそうな顔で凝視した後……、レックスもまた思ったことをそのまま口にした。


「お前、デリカシーのかけらもないだろ」

「えっ」


 どきりとした。

 これもまた、ミュゼにとって的を射た言葉である。


「そうやって思ったことをすぐ口に出す。相手の気持ちなんて考えたことないだろ。言ったらいけない地雷を、お前は平気で踏み抜くタイプの人間だ。違うか」

「べ、別に……っ! 平気で踏んでるわけじゃ」

「だがお前自身は良かれと思って言ってるから、地雷を踏んでることに気付かない! 相手の為を思ってやってることも、結局はただの余計なお節介になってる」

「うっ!」


 心当たりは十分にあった。

 甲斐甲斐しくしていたつもりなのに、煙たがられることが何度も何度も。

 それでも自分は良いことをしているつもりになって、相手のことが放っておけなくて。つい口出ししたり、手を出したり。


「そうやってお節介を焼くとこ、お前……さてはおかん属性だな」

「ぐはっ!」


 村で平穏に過ごしていた頃、片思いしていた男の子に振り向いてほしくて。色々とお節介を焼いた結果「母ちゃんみたいなことすんのやめろよな!」と一喝され、落ち込んだ日のことを思い出す。

 ミュゼにとっては大ダメージの甘酸っぱい思い出だ。

 テーブルの上に突っ伏したミュゼを見て、レックスは「勝った!」と言わんばかりの表情ですっかりメンタルが復活している。


「図星か! やっぱりこれまでの従順でおとなしい態度は、俺に嫌われない為の演技だったというわけだ! その手に乗るか! クレスの思い通りになんかならんからな!」

(……え? クレス司祭?)


 その名を聞いて、ミュゼは顔を上げた。

 怪訝な表情でレックスを見つめる。様子が変わったことに気付いたレックスもまた、動きが止まった。


「なんだよ」

「今、クレス司祭って……」

「俺の従兄弟だ。だからどうした」


 どうするか迷った。

 悶々とした結果、ミュゼは今まで考えもしなかったあることを思い出す。

 ……手紙だ。

 役人から手渡された羊皮紙、あれにはミュゼの罪状が書かれているはず。そしてきっと刑罰内容も。レックスはそれを読むなりすぐさまぐしゃっと握り潰していた。

 もしかして、まさかとは思うが。


「手紙には、なんて書いてあったの?」

「は?」

「教えて! きっとクレス司祭からの手紙だったんでしょう? 多分……大事なことだから、教えてちょうだい!」


 ミュゼはクレス司祭に依頼された内容を思い出す。

 ひとつは、母親の肉を食べていないのに食人行為を行ったという冤罪を捏造した教皇の真意を探る為に、刑罰内容通りにグレイヴヤードで犯罪者として生活すること。

 そしてもうひとつは、実に不可解だった。


『そして良ければ、そこの当主と仲良くしてやってくれないか?』


 ミュゼはその言葉を曲解していたのかもしれない、ということ。

 教皇の真意を探る為に、グレイヴヤード当主のご機嫌を取って仲良くすれば……。

 何か重要な証拠を掴めるのかもしれないと、そう解釈していた。

 もしかしたらそれは本当に、誤解かもしれないということ。


「手紙、には……。花嫁候補を一人送るから、仲睦まじく……って」

「ファッ!?」


 変な声が出た。

 レックスも顔を真っ赤にして、それから怒り心頭といった様子で反論する。


「だからふざけた内容だって言ったんだ! 俺はお前と仲良くするつもりなんてないし、花嫁を娶る気もない! 勘違いすんな!」


 これは一体どういうこと?

 めまいがしてくる。

 どうして? なぜ?

 わけがわかりません、お母さん……。

レックスは超絶イケメンです。

そう、つまり残念なイケメンです。

よろしくお願いします。

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