8 「まずは腹ごしらえ」
気が付けば朝になっていた。
ミュゼはぼんやりと目を開けて、それから自分がベッドの上で普通に眠っていたことに気付く。
掛け布団を被って、きちんとベッドの真ん中に、少し固めの枕に頭を置いて。あまりに正常な状態だったので、一瞬そのまま何事もなく起き上がろうとしていた。
「……って、違あああう!」
がばりと起き上がって周囲を見渡した。
部屋の中は昨日見た時と変わりない。変わりないのだが、ミュゼは覚えている。この部屋にミュゼ以外の人物がいたことを。
「人……? いや、人じゃない。あれは確かにガイコツだった。動くガイコツ。それが私と目が合って……」
それから驚きと恐怖によってミュゼは失神した。
思い出しながら、確信する。
「もしかしてこの城中を掃除していたのは、あのガイコツが……?」
レックス以外に誰かが存在しているような気配はなかったが、確かに誰かがいるような痕跡はあった。
ミュゼも本人に言ったように、これだけ広い城の中全てをレックス一人で掃除するには限界がある。日々場所を変えて効率良くしたとしても、だ。
そして夕食の料理に関しても、食堂で見かけた誰かのこと、シャワー室にいた何者かのこと。
明らかにレックス以外の、第三者の存在があった。
「死霊の主人……」
御者の言っていたレックスの噂話を思い出す。
その呼び名が真実なら、昨夜見た骸骨の正体はレックスによるものかもしれない。
魔法などといった不可思議なものは、おとぎ話に出てくるようなものだ。しかしそういった力がこの世界に存在しないわけではない。
大地母神レイアに仕える聖職者の中には、信仰心によりその奇跡の御技を行使出来る者がいるという。
聖職者なら誰しもが使えるわけではないが、高位の聖職者ともなれば奇跡の力で小さな怪我を瞬時に癒したり、病気を治したりすることが可能だと聞いたことがある。
世間一般的には、それを「白魔術」と呼ぶ。
そして大地母神レイアへの信仰の強さによって行使する白魔術とは真逆の力、大地母神レイアと相反する女神カルディナ。
邪教と呼ばれ、人々から忌み嫌われる存在。その力を行使する魔法を、黒魔術と呼ぶ。
黒魔術の中には死者を操る魔法がある。そしてミュゼはその魔法が何なのか、母親から聞いたことがあった。
「死霊術……、レックスはもしかしてネクロマンサー?」
そうだと仮定したらある程度、つじつまが合う。
墓地にはこんなにも「素材」があるのだから、それらを操り城中の掃除を任せることなど容易いだろう。
もしかしたら風呂場で遭遇した奇怪な出来事も、その死者の仕業なのかもしれなかった。
考えるとぞっとする。ミュゼが今住んでるこの城の至るところで、死者が徘徊している。
そう考えると、背筋が凍った。
「でも……」
確かに気持ちのいい話ではないが、それだけだ。ミュゼは「よし」とこぶしを打って、すっくと立ち上がる。洋服ダンスの中にある比較的新しめの服を取り出し、それに袖を通した。
何十年前のセンスだろうと思いつつ、それでもこのシックな雰囲気のある衣装はどこか暗い城とお墓のイメージに合うような。そんな不思議な感覚を覚える。
「なんだっけ、こういうの。ゴシックスタイル? 昔読んだ小説に、こんな雰囲気の衣装を着たヒロインがいたわね」
着替えを済ませ、ミュゼは颯爽とレックスの元へと向かった。
夜まで起きて出て来ないという、グレイヴヤードの主人の元へ……。
***
「レックスの部屋はどこ?」
出て行ってから気付く。この広い屋敷の、一体どこに主寝室があるのか。村育ちのミュゼには館の構造など当然わからない。
城中を駆け回り、それっぽい扉をノックしては開けようとする。しかしどこも鍵がかかっており入って確認することすら出来なかった。そうこうしている内に空腹がミュゼを襲う。
「空腹を我慢するのは慣れたと思ったのに……。仕方ない、何か作って食べようかな」
レックスからは特に「勝手に料理をしてはいけない」というルールは設けられていない。それに今はもう昼近い。食べられないのは朝食のみだったはず。だからこれはルールに反することではない。
ミュゼはそう言い訳をしながら、食堂の奥にあるキッチンへと入って行った。
昨夜、夕食の後片付けを手伝っていないのに、キッチンはピカピカだった。綺麗に掃除が行き届いている。これもレックスが? それとも死霊術で操った死者にやらせた?
自分のいる場所で死者が歩き回っていることに、ミュゼはすっかり気にならなくなっていた。それよりも空腹を満たす方がミュゼにとって最重要事項となっている。
氷系の魔術で常に中が冷えている冷蔵庫を開けると、いろんな食材が豊富に揃っていた。玉子に肉、野菜、加工品。
「へぇ、やっぱお城に住んでるだけあってお金持ちなのね。私の村ではこの冷蔵庫の半分くらいの大きさしか買えなかったのに。すご~、全部美味しそ~!」
グレイヴヤードの城にやって来てすっかり慣れてしまったのか。
ミュゼは自分が大罪人を演じなければいけないことをすっかり忘れて、素のままになっていた。
冷蔵庫からベーコン、玉子をひとつ。それからレタス一枚と玉ねぎを半分取り出して調理にかかった。玉ねぎはみじん切りにして飴色になるまで炒めている間、バゲットを切って用意しておく。
玉ねぎの状態を確認してからベーコンを投入。塩こしょうを少々振って、いい香りがしたらお皿に取り出して玉子焼きを作る。
卵をカップに割り入れかき混ぜたら、ベーコンを焼いたフライパンに流しいれて焼いていく。表面がとろとろの状態、とっても美味しそうでさらにミュゼのお腹はぐうぐうと大きな音を立てていた。
バゲットにレタスと玉子焼き、ベーコンと玉ねぎのみじん切り、ケチャップをかけて一層美味しそうになったところに、もう一枚切ってあったバゲットではさんでサンドイッチの出来上がりだ。
「うわぁ、美味しそう! いただきま~す!」
ミュゼの空腹はもはや限界に達してしまったせいか、キッチンでそのままサンドイッチにかぶりついた。
もぐもぐとがっつくミュゼを、キッチンに顔を出したレックスが呆気に取られた顔で眺めていた。
ミュゼの本性がだんだんと見え始めてきました。
死霊の主人と恐れられるレックスと、どう絡んでくるのか。
次回をお楽しみに!