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グレイヴヤードの仮初め家族  作者: 遠堂 沙弥
第一章 「異端少女と死霊使い」
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7 「奇妙な出来事その三、ミュゼの部屋にて」

 裸足で走って来たせいで、足の裏が痛かった。もし固いものが落ちていたりしたら、怪我をしていたかもしれない。

 だが幸いにもこの城は掃除がとても行き届いていたので、何も踏むことなく、ただ冷たい階段と廊下を走っただけで済んでいた。

 もう何が何だかわからない。これが裁判官の言う罰なのだろうか?

 それにしては実にしみったれた、ケチな内容ばかりでミュゼはこれらの出来事をどう捉えたらいいのかわからなかった。


 これは刑罰?

 それともただのトラブル?


 チラリと部屋に備え付けられている壁時計を見た。

 もうすぐ門限の九時になる。

 レックスに事情を聞こうにも、きっと門限を理由にはぐらかされることはわかっていた。

 それなら明日に堂々と、十分に時間がある時に聞けばいいわけだ。

 詮索するなと言われても、こちらに実害が出ているのだから。


「よし、どんなに反論されても構わない。せめて覗いた人間が誰なのか、どうして覗いてたのか。その理由だけでも教えてもらわなくちゃ」


 ミュゼはシャワーを覗かれたこと自体は、すでに多少受け入れていた。少し冷静になったせいだろう。

 自分は罪人。贖罪の為にここへ来た。私生活の全てをさらけ出し、プライバシーのない生活を強いられることが刑罰の内に入るのだと言われれば、ミュゼはそれを受け入れなければいけないと考えた。

 本音を言えば当然それは屈辱的だが、そもそもミュゼは一般人に与えられて当然の人権なんて自分にはないと。

 そう自分に言い聞かせないと、ここに追いやられたことやレックスとの生活を受け入れられるわけがなかった。


「最初はこのお城の雰囲気とか、私に相応しい監獄みたいに思えたけど。不気味なものは不気味だし……」


 せめて自分に与えられた境遇だけでも、教えてもらおう。

 今日のところはそれで無理やり納得させようとしたミュゼは、すっかり疲れた心身を休ませる為に、部屋の明かりを消して就寝することにした。


 ――その夜。


 ふと目が覚めたミュゼは、ベッド脇のサイドテーブルに置いてある時計に目をやった。

 ……深夜一時。

 寝ぼけていたが、さすがに覚えている。

 深夜0時を過ぎたら就寝していなければいけないことを。


(でもトイレは行ってもいいのよね? ランタンで周囲を明るく照らしさえすれば、トイレに行ってもいいって言ってたし)


 しかしミュゼは別にトイレに行きたくて目が覚めたわけではなかった。今日一日で起きた出来事で、これまでとは全く意味合いが異なる疲労感が凄まじかったせいだ。

 普通ならこれだけ疲れ切っていたら夢を見る間もなく、朝まで熟睡するものなのだが。身体の疲労より気になることがあり過ぎて、眠りが浅くなっていたことが原因だろう。

 この墓場と城の主人であるレックスのこともそうだが、一向に姿を見せない第三者……恐らく訳ありの使用人といったところか。

 同一人物かどうかは不明だが、ミュゼのシャワーを覗いてた人物。

 その正体がわからないままでは落ち着いて眠ることも出来なかった。早起きしなくてもいい、ということなので別に多少夜更かししても問題ないのかもしれないが。

 ミュゼはどうにか早く二度寝しようと寝返りを打った時だ。

 ことん、と室内で音がした。

 耳をそば立てていると、ごそごそ、カタカタ。物音が聞こえる。

 窓はしっかり戸締りしたので、夜風で室内の物が動いているわけでは決してない。

 聞けばその音は、どうやら室内を掃除している音のようにも聞こえる。こんな深夜に? 誰かが掃除を?

 いや、それ以前の話だ。ミュゼの部屋に何者かが侵入している。

 途端に緊張感が増して来た。


(レックス? いえ、だとしてもこんな深夜に私の部屋で掃除をする意味なんてないじゃない?)


 すぐさまその可能性は消えた。ならばもう第三者のことで間違い無いだろうと、ミュゼはごくりと生唾を飲み込む。

 だがこれはチャンスとも言えた。ずっと気になっていた第三者の存在が、すぐそばで掃除をしているのだ。


(ちょっとだけ、気付かれないようにチラッと見るだけなら大丈夫よね?)


 姿を見せない理由はあるはずだ。だから相手に気付かれないように、ちょっとその姿を確認するくらいどうってことはないだろう。

 ミュゼはゆっくりと、そうっと薄目を開けて音のする方を見る。

 相手は背中を向けていた。暗いが、何も見えないほどではない。

 じぃっと見続けていると、やがて目が慣れてきてだんだん相手の姿がわかってくる。

 ボロボロの衣類を身に纏っていて、頭の毛はないように見えた。罪人だから完全に剃り上げているのだろうか?

 長く地下牢や監獄などに収容される囚人は、男性は全員丸坊主にするのだとどこかで聞いたことがある。ここでもそうさせられているのだろうか?

 見ると実にのんびり、ゆっくり掃除をしている様子だ。

 もしかして城中の掃除が行き渡っているのは、この人が掃除をしているからだろうか?

 でもなぜこんな深夜に?

 その疑問だけがどうしても拭えない。

 ミュゼはこの城で初めて見るレックス以外の住人に、少しだけ仲間意識みたいなものが芽生えていた。

 きっとこの人もヘンテコな城主のせいで、色々と苦労を強いられているに違いないと勝手に決めつける。

 昼間に掃除させてくれたらいいのに、こんな夜中にこっそり抜け出すようにして仕事をさせられていると思うと、なんて変な罰なのだろう。

 この人が夜中に掃除をさせられている。それをヘンテコ城主が命令している。そう考えたら、だんだん目の前の人に同情すら覚えてしまう。

 そう考えてミュゼは、とてつもなく相手に失礼なことを考えてしまったと反省した。恐らくミュゼ以上におぞましい犯罪歴を持つ者など、そうそういないはずだ。

 そんな最底辺である自分が、相手に同情するなんて傲慢過ぎる。

 だが相手に対して一層興味が湧いてしまったミュゼは、もっとよく相手の顔を見たくなってきた。

 だんだんと薄目が大きく開かれるようになってきて、じっくり相手を観察するように見つめていた時だ。


 くるっと相手がこちらを向いた。

 あまりに急だったので、咄嗟に目を閉じることすら出来なかった。


 いや、そんなことどうでもよかった。


 一瞬、思考が停止する。

 真っ白い顔、いや、骨。落ち窪んだ眼窩には剥き出しの目玉がギョロリとミュゼのことを見つめている。それと目が合っている。

 あとは顔面に穴が空いたような鼻、あご、歯、骨。……骨?

 ――ガイコツ!

 そう理解した瞬間には、ミュゼは絶叫を上げていた。


「きゃあああああああああ!」

『ぎゃあああああああああ!』


 ガイコツと見事な絶叫ハーモニーを響かせながら、ミュゼはベッドの上でそのまま失神してしまった。

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