6 「奇妙な出来事そのニ、風呂場にて」
とても格好悪かったが、ミュゼは渋々食堂に戻って風呂場の場所を教えてもらう。
突然戻ってきたミュゼに飛び上がるほど驚いていたレックスだったが、特に文句を言われることなく教えてくれた。
とっつきにくかったり、親切だったり。つかみどころのない男だなと思いながら、ミュゼは教えられた通り風呂場へと向かう。
風呂場は西側にある食堂とは反対側、東側の一階にあった。
個室となるシャワーだけの場所とは別に、ここには大浴場まであるようだ。
「今のところ城の主人のレックスしか見てないのに、一体誰がこんな広い大浴場に入るのかしら」
しかしレックスの態度から、おそらくこの城には主人とミュゼ以外に絶対誰かが住んでいるはずなのだ。
なぜ出て来ないのか疑問に思ったが、もしかしたらそれは無粋なことかもしれないとミュゼは考える。
「恥ずかしがりなのか、もしかしたら人に見られるのを極端に嫌がるような、そんな人がいるのかも」
言うなればミュゼも、大手を振って街中を堂々と歩けるような立場の人間ではない。陰日向で誰にも迷惑をかけないように、ひっそりと暮らしていかなければいけないような訳あり人間だ。
街から遠く離れた場所なのだ。もしかしたらミュゼのような訳ありの人間が、ここに住んでいるのかもしれないと考えた。
「そう考えたら、確かにそうかも。ここは廃棄されて同然の人間ばかりが送られる場所、罪人の廃棄場所って……お役人様がそう言ってたっけ」
シャワーから少しぬるめのお湯が出てきて、ミュゼは数日ぶりに汚れを落とした。最後に身体を洗い流したのはいつだったろう。
生きることで精一杯で、気付けば保護され……。罪が明らかになった途端に地下牢に放り込まれ、裁判所で裁かれた。
そして馬車に揺られ、こんな郊外まで……長い長い道のりだ。
体の臭いに構っている余裕などなかった。
ようやくシャワーを浴びることが出来て、ミュゼは改めてこんなに良くしてもらっていいのかと思ってしまう。
シャンプーで泡立った頭をシャワーで洗い流しながら、レックスにキツく当たりすぎたのかもしれないと反省した。
「あっ、いたぁ……」
良い香りがするシャンプーが目に入ってしまって、痛がりながらもリンスを手探りで探すミュゼ。
シャンプーとリンスは確か隣同士に棚に並んでいたはず。なかなか手に取れないので、一度お湯で目の付近を洗い流してからにした方がいいかもしれないと思った時だった。
宙を探っていた手元に、リンスのボトルがすっぽり収まる。
「……え?」
シャワーに打たれながら、右手にボトルを持ったまま固まった。
(今、ボトルの方から……私の手に……え?)
ミュゼは目が痛いことを我慢して、シャワー室のドアを見る。
ドアはすりガラスになっているが、向こう側に誰かいれば影ではっきりとわかるようになっていた。
シャワー室のドアの向こうに人影がある。
誰? レックス? もしそうなら、これはのぞき?
「きゃあああああ!!」
ミュゼの悲鳴に、影は慌てるように出て行った様子だ。
シャワー室の奥に座り込んで、怯えるミュゼは確かに見た。
あれはレックスじゃない。
「レックスはもっと背が高かった。あれは……私の知らない人……っ!」
やはりこの城にはレックスとミュゼ以外に、誰かがいる。
なぜ紹介されないのか、姿を見せないのか、そんなことはどうでもいい。
相手は誰なのか。
男だったらとんでもないことだ。
「罪人相手なら、何をしてもいいって言うの?」
自分が大罪人で、もはや人権なんてないも同然の立場だと思っていても、どうしても許せなかった。
ミュゼはリンスのことなどどうでもよくなって、急いでシャワー室から出て床に置いてあったカゴからバスタオルを取って、急いでいたので全身を軽く拭いた。
衣類を脱いだ時と同様に、今度は脱衣所の棚に収められている衣類かごを覗くと、いつの間にやらミュゼが着ていた服が消えていて、新しく着るものと下着が入っていた。
淡いピンク色で、フリルなどが可愛くあしらわれたネグリジェを着てから疑問に思う。
「え……っと、これは誰が用意したの?」
ミュゼは薄汚れた服だけでここにやって来た。当然着替えなんて持っていない。なのに用意されたバスタオル、下着、ネグリジェの数々は果たしてレックスが用意したものなのだろうか。
……ゾッとした。
得体の知れない誰かが、ミュゼの知らぬところでこっそりと色々なものを用意していると思うと背筋が寒くなる。
もしレックスが用意したものであったなら、それはそれでなんだか気色の悪い話になるが。
「あの無愛想な顔で、こんな可愛らしい下着やネグリジェを選んで用意したって考えると。なんかやだな……」
レックスの仕業と考えることこそ、余計に嫌な気持ちになったので考えないようにした。とにかくここに第三者がいたことに間違いはない。
ミュゼはネグリジェ姿でレックスの前に立つことに気が引けたが、そうも言っていられない。自分が女性であることを軽視されたのだから、これはどうしても許されないことだと本人に直接言わなければ。
幸いナイトガウンも一緒に用意されていたので、それを羽織ってレックスの元へ向かおうとした。
脱衣所から外へ出て行こうとした時、男性専用の風呂場の方からドアが開く音が聞こえてミュゼは振り向く。
「あ」
「え」
そう、レックスは最初に言っていた。
お風呂に入るのは八時頃だと。そして今がまさにその時間帯。レックスが風呂場から出て来てもおかしくない。
お風呂に入っていたのだから仕方ない。
そう……、衣服を脱いでいても、何も不思議はなかった。
「きゃああああ! 変態いいい!!」
のぞきに関して文句を言おうとしていたことなどすっかり忘れ、ミュゼは駆け抜けるように自室へと帰って行った。
普通にお風呂から出て来ただけなのに。
むしろ裸を見られたのはレックスの方だ。
釈然としない思いで彼は叫ぶ。
「なんで変態呼ばわりされなくちゃいけないんだ!」