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グレイヴヤードの仮初め家族  作者: 遠堂 沙弥
第一章 「異端少女と死霊使い」
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5 「奇妙な出来事その一、食堂にて」

 食堂の場所がわからないミュゼを呼びに来たレックス。

 ドアを開けると、そこには相変わらずむすっとした表情を浮かべた長身の男が立っていた。

 黒髪の長髪は、散髪することなく長年放っておいたせいだろう。前髪もすっかり伸び切っていて、耳に掛けていないとすぐに顔の半分を髪の毛が横切ってしまいそうになっている。

 こんな場所だからなのか、栄養が足りていないのか。病人のように青白い顔色は、もう何十年も太陽の光に当たっていないと物語っているようだ。

 一日二食しか食べていないせいだろうか、かなり細い体型をしている。魔術士が着るようなスーツ一式は、聖職者の法衣のように派手で明るい装飾がされているわけではない。

 黒を貴重としていて、ゴシックな雰囲気の方が強かった。


(恵まれた外見をしているんだから、無愛想にしなければいいのに)


 ふとそんなことが頭をよぎって、すぐに否定する。

 身の程をわきまえろ、と自分を一喝するミュゼ。

 

「時間が惜しい。早く行くぞ」


 それだけ言うと、レックスは食堂へ向かって歩き出した。

 またあの早足で置いていかれるかもしれないと思ったミュゼは、急いでドアを閉めてついて行く。


(あれ……? さっきより歩調が……)


 急がなくても、小走りにならなくても、普通に歩くだけでレックスを見失うことはなかった。


(もしかして、私に合わせてゆっくり歩いてくれてる?)


 レックスは何も言わない。

 何も言ってくれないから、ミュゼも話すのを躊躇ってしまう。そんな沈黙の中、足音しか聞こえない階段を、廊下を歩いて行く。

 一階の西側に大きな扉があった。どうやらここが食堂のようで、レックスが片手で開くと中は何十人と席につけそうな長いテーブルに複数の椅子が目に入った。

 真っ白いテーブルクロスの上に、向かい合わせになるように食事が用意されている。

 レックスが用意してくれたのだろうか、と彼の方を見ようとしたらものすごく大きな舌打ちが聞こえた。


「もっと距離を離せよ……」


 口に出したつもりはないのだろう。初めてぶつくさと文句を言いながら、床を蹴るように食事が置いてある場所へ向かって行くレックス。

 かちゃかちゃと音を立てながら、食事する場所を離すように一人分の料理を遠くに移動させていた。

 それをし終えると「よし」と言わんばかりの顔で、遠くに離した場所を指差す。そこで食事をしろと言っているようだ。


(えっ、えっ? 何? こわ! これ、この人が用意したんじゃないの? 他に誰も見当たらないけど、どこかに給仕する人がいるってこと!?)


 ミュゼが思うに、レックスは突然現れた人間と近くで食事することを拒絶したのだろう。しかし「誰か」によって、向かい合って食事するように用意されていたのがレックスは気に入らなかったのだ。

 わざわざ距離を離して、自分は何事もなかったかのように着席している。そしてよほど育ちがいいのか、ミュゼが着席するまで先に夕食にありついたりしない。

 動揺しつつミュゼが着席すると、レックスは小さな声で「いただきます」と言って食事を始めた。

 気まずい空気の中、ミュゼも「いただきます」と言って食事を始める。ハンバーグ、ポテトサラダ、コーンスープにバゲット。

 食事内容としては質素でなければ、豪華でもない。ごく普通のラインナップだ。サラダ類やスープなどはいいとして、ミュゼは表情を固くしながらハンバーグを凝視する。


(お肉……)


 ミュゼはめまいがした。

 口の中でレタスを咀嚼しながら、チラチラとハンバーグを見ては視線を逸らす。

 正直なところ、ミュゼにあの時の記憶はほとんど覚えていなかった。極度の空腹、悲劇の連続、疲労、それらが重なって思考がまともに働いていなかったので、母が倒れてから調査隊に保護されるまでの間の記憶は非常に曖昧だった。

 しかしその場の状況、ミュゼの身に起きた出来事を総合した結果、教会の裁判ではミュゼが食人行為を行った状況証拠は十分だとして、罪が確定したのだ。


(何も覚えていない、というのは事実だけど……。それでも自分がおぞましい行為をしたのだと言われたら、やっぱり……お肉を食べることに抵抗を感じてしまう)


 全く手を付けられていないハンバーグ、そしてミュゼの気分が悪そうな顔色を見たレックス。距離は遠くても静寂に包まれたこの食堂では、小さな声でもミュゼのところまでしっかり届いた。


「好き嫌いは良くないぞ」

「……好き嫌いとかじゃ、ないです」

「なんだ、ダイエットか? つまらんことをする」

「そんなのじゃないです」


 レックスからぶっきらぼうに、料理を残すことを責めるような物言いで詰められていると感じたミュゼは、つい口調が強くなる。

 人の気も知らないで、と思うし。

 なぜ知らないのか、とも思った。


「とにかく料理を粗末にするな。ここで暮らすからには、そんなこと絶対に許さない」


 どうせ誰にも理解されるはずがない。

 特に他人の気持ちなどどうでもいいと思っていそうな、この無愛想な主人に理解してもらえるわけがない。

 ミュゼは一口サイズにハンバーグを分けて、口に運ぼうとする。芳しい肉とソースの香りが鼻腔をくすぐった。

 以前なら美味しいと言って口一杯に放り込んでいた、ミュゼにとって大好物だったはずのハンバーグだ。

 思い切って口の中に入れようとした時、食堂の窓の外で誰かが覗いているのが見えた。

 ふと視線を窓の方へ向けただけなので、それが何なのか。男なのか女なのか、大人なのか子供なのかさえ判別出来なかったが。

 確かに何かと目が合った。


「ヒィッ!?」


 皿の上にフォークを落として、反射的に椅子に座ったままミュゼは後ろに下がった。ガタッと椅子から転げ落ちそうになったところを、なんとか踏ん張って耐える。

 ミュゼはさっき何かがいた方へ指を差し、レックスに訴えかけた。


「今、窓の外に誰かが……っ!」

「え」


 間の抜けた声がしたが、ミュゼはそれに気付かず続けた。


「誰かと目が合ったんです。ここで働いてる人ですか? ずっと聞こうと思ってたんですけど、ここに一体どれくらいの人が住んでるんですか?」

「ここ、に……?」

「だってこの料理とか、作った人がいるんじゃないですか? お城の中だってこんなに綺麗だし、あなた一人で全部こなせるとは思えない! ここでは何人働いているんですか?」


 ミュゼは問いただすようにレックスを睨みつけた。

 突然の出来事で驚いて、怖い思いをしたからだろう。彼がミュゼの管理者であることそっちのけで、ミュゼ本来の気質で意気込んだ。

 初対面の時から大人しく、従順で、全く口答えをしなかった少女に詰め寄られたレックスは激しく動揺している。

 顔中にたっぷりと汗を流しながら、視線は挙動不審と呼べるレベルで泳ぎまくっていた。それまで不機嫌に形作っていた口元は、作り笑いと苦笑いが入り混じって余計に歪んでしまっている。


「何人、働いているんですか!?」

「ははは働いてる、人間は……えぇっと、べべべ別にいないががが?」

「じゃあこの料理は誰が作ったんですか」

「お、俺、だが?」

「城中を綺麗にしているのは?」

「おお、お……俺、だけど?」

「こんなだだっ広いお城を、たった一人でお掃除するなんて無理です!」

「無理じゃない。そ、掃除が趣味なんだ!」


 たまりかねたレックスは、両手でバンっとテーブルを叩いた。

 その動揺があまりに怪しい。絶対に何かを隠している。

 ミュゼも恐怖で動揺しているせいだろう。自分が大罪人であることも忘れて、ムキになって反論しようとしていた。――が。


「ええい、うるさいうるさいうるさーい! ルールにあっただろ! 余計な会話とか禁止! 詮索もするなって言ったはずだ!」

「今それを出すのはずるい!」

「ルールは絶対だ! もういい! 食事は終わりだ! 俺が片付けておくから、お前はさっさと部屋に戻って寝ろ!」


 両目が血走るほどミュゼを睨みつけながら、有無を言わさない勢いで言いつけた。

 ミュゼは納得していないが、彼に逆らえる立場でないことを思い出し、なんとか気持ちを落ち着かせようとする。

 それでも胸の奥のモヤモヤが消えなくて、悔しくて、ミュゼは半ば自暴自棄な気持ちで残ったハンバーグを勢いよく口の中に放り込んだ。

 もぐもぐとあごをしっかり使って咀嚼し、それからごくんと飲み込む。


「うわっ、美味しい!」


 こんなに美味しいハンバーグを残そうとしていたのかと、ミュゼはこのまま捨てなくて良かったと思った。

 もう自分が何をしているのかわからなくなっている。

 それはレックスも同じようで。


「そうだろ、ここのハンバーグは美味いんだ。わかったか」

「……あなたが作ったんじゃ?」

「だ、だだだ、だから俺が作るハンバーグは、世界一だと言いたいだけだ! わかったらさっさと部屋に戻れ!」

「流し台に持って行くくらい、自分でします」


 そう言ってミュゼは食器を重ねて運ぼうとした。

 レックスは慌てて立ち上がり、キッチンに入ろうとするのを遮るようにして立ちはだかる。


「ここから先は、俺がやるから!」


 キッチンを見られたくないんだろうな、とミュゼはさすがに察した。これ以上言い合ってもきっと何も変わらないだろうと、ミュゼは大人しく食器をレックスに預ける。


「ごちそうさまでした」


 そう言って食堂を去ろうと、レックスに背を向けた時。

 何食わぬ顔、そして口調で彼は言った。


「あ、風呂にだけは入っておけ。お前、ちょっと臭いぞ」

「……っ!」


 女の子に向かって、臭いって言う? 普通?

 ミュゼは顔から耳まで真っ赤にして、怒り心頭のまま食堂を出て行った。少し乱暴にドアを閉めて、それからずんずんと廊下を歩いて行く。


「なんなの、あの人! 変人どころじゃない。デリカシーのかけらもない、ものすごくとんでもない変な人だわ!」


 聞こえたっていい。それくらい大きな声で言い放って、ミュゼは足を止める。

 左右を見渡し、それからたまりかねて今度は叫んだ。


「お風呂はどこよ!!」

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