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グレイヴヤードの仮初め家族  作者: 遠堂 沙弥
第一章 「異端少女と死霊使い」
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4 「奇妙なルール」

 グレイヴヤードの若き当主であるレックスは、この城に住む為に必要な条件……ルールをミュゼに教え始めた。


「一つ、食事は昼と夜のみ。これはさっき言ったな。俺は夜型だから朝食は食べない。よってお前に出される朝食はない。わかったか」


 朝食抜きという言葉に、ミュゼは特に疑問に思うことなく受け入れた。事を荒立てるような内容でもない。ないならないで、それは我慢すればいいだけの話だった。

 飢えの苦しみはよく知っている。朝食を抜いた程度で餓死するわけがないのだから。


「二つ、別に外出してもいいが、極力墓場には入らないこと。もし入る場合、墓に対して敬意を払ってもらう。いいな」


 これもまぁ当然のことだろうと思う。

 レックスは教会から墓場の管理を任されている墓守なのだから、墓を荒らすような真似を許すはずがない。

 死者に対して敬意を払うことも、別におかしい話ではなかった。

 馬車から見ただけの記憶でしかないが、この周辺一帯は本当にこれといったものが何もない。

 ミュゼが外に出たところで、何かあるようには思えなかった。外出しようと思う機会があるのかどうかさえ怪しいものだが、それ以上に気になることが出てきてしまう。


(それより、大罪人である私が自由に外出してもいいものなの?)


「三つ、自分の部屋、キッチンを含む食堂、風呂場、トイレ以外の出入り禁止。それから夜間は自分の部屋から出ること自体禁止だ。その時間帯になったらどんな理由があろうと、食堂や風呂場に行くことも当然出来ない。トイレに限っては急を要する為、その時は必ずランタンで周囲を明るく照らしながら行くこと」

「……夜間の出入り禁止は、何時以降のことでしょう?」

「え? んーっと、そうだな。夕食はいつも七時に食べるし、風呂も八時頃だから……。門限は九時だ。夜の九時以降は自分の部屋から出るな」


 あごに手を添え首を傾げ、考えながら答えたレックスの仕草を見たミュゼは、ある印象を受けた。

 三つ目の内容はやけに具体的な気もするが、レックスの話し方からして今さっき設定したルールなのではないか、という疑問が生まれる。

 彼のこの態度は「何かを隠そうとしている」ようにしか見えない。

 とにかくこれでルールは三つ出揃った。

 ミュゼが了解の返事をしようとした矢先に、レックスが続きを述べる。


「四つ」

「三つじゃなかったんですか?」

「え? あ、いや、まだあるんだ。まだあるからとにかく聞け」


 やはり現在進行形で、即興でルールを作っている。

 なんでそんなことをしなければいけないのか。

 ミュゼは訝しんだが、とりあえず続きのルールを聞くしかない。


「四つ、深夜0時までに就寝すること。夜中に目が覚めても、決して目を開けてはならない。物音がしても見に行かないこと」


 疑問を抱きつつ頷いたミュゼだが、ルールはまだ続いた。


「五つ、深夜0時過ぎになったら、決して食堂に入ってはならない。これは絶対」


 それは三つ目の「夜間は自分の部屋から出てはいけない」というルールと重複してるのでは、と思ったが黙っておく。

 これで終わりかと思ったら、まだあるようだ。


「六つ、必要なこと以外、俺に話しかけるな」

「えぇ……」

「七つ」

「まだあるんですか!?」

「うるさいな。七つ、とにかく詮索するな! 以上だ!」


 本当にやっとこれで終わりのようだ。

 レックスは言い忘れがないか頭の中で考えながら、思いつく限り全て言い切ったと確信して、満足そうにガッツポーズをしている。

 今度こそ出揃ったらしい。


(三つって言ったのに、七つになってるし。最後の方なんて自分に都合よくなるように、思いつく限り次々と言っただけっぽいし……。何なのこの人?)


 唐突に、役人や馬車の御者が話していたことを思い出す。


『グレイヴヤードの現当主はとてつもない変人だ』


 今日からミュゼは、この『とてつもない変人』と同じ屋根の下で一緒に生活することになる。

 彼とどのような生活を送ることになるのか、全く想像も予想もつかない状態でミュゼは不安しかなかった。


 墓場に囲まれるように建てられた城で、何を考えているのかわからない変な主人との生活で、どうやって罪償いをするのか。

 ミュゼは心の底から本気で悩んでいた。


 ***


 部屋に案内され、ルールを教えられたミュゼは他にやることが見つからなかった。

 あれからレックスはさっさと退室してしまって、ドアに鍵がかけられたわけではないが、急に一人にされるとやはり困ってしまう。

 ひとまずこれから自分の部屋として使い続けるであろう、室内を軽く探索した。

 ドア近くの壁にスイッチがあったので、それを押すと天井にぶら下がっている小柄なシャンデリアに明かりが灯る。

 薄暗い室内だったので、急に晴天の時のような明るさになって一瞬目が眩んだ。

 じゅうたんが敷かれた床、一人用のベッド、タンス、ドレッサー。

 タンスを開けると、空かと思いきや衣類が入っていた。

 引っ張り出すと、いつの時代のものかと思うようなイブニングドレスが出てくる。サイズはミュゼより少し大きかった。

 臭いを嗅ぐと、ずっとタンスの中で眠っていたのだろう。古臭いようなカビ臭いような香りがしたので、すぐタンスに戻す。

 窓があったので、そこから外を眺めるともうすっかり陽が沈みかけていた。こちらは東側なのでより一層、外は暗くなっている。

 外から誰かに見られることはないだろうが、落ち着かないので一応カーテンを閉めておいた。


「本当に、ただ寝泊まりするだけなら問題ない部屋ね」


 ベッドの上に腰掛けて、ミュゼは沈黙の中ぼうっとする。

 何もしないでいると、周囲が静かすぎると、やけに記憶が鮮明になっていく。


 食べるものがなく、次々と痩せ衰えていく村の人たち。

 残った食べ物を奪い合い、殺し合う場面も見てきた。

 飢えの苦しみに耐えかねて、飼っていたペットを食べる者。

 動物がいなくなると、今度は人間に手を出していく者。

 地獄そのものだった。

 彼らを見て、自分だけはああなるまいと心に誓って、手を引く母と共に村を出た。

 長く苦しい道のりで残り少ないわずかな食料を、母は自分ではなくミュゼに与え続けていた。

 当然、先に飢えて倒れるのは母が先だ。

 悲しみに暮れたミュゼは、いっそこのまま愛する母と共に死んだ方が幸せだと思った。

 しかしそれを母は許さなかった。

 ミュゼは生きなければならないと、そう言った。

 母親の血肉を喰らってでも生きろと……、母はそう言うのだ。

 

 お腹がすいた。

 何か食べたい。


 気付けばミュゼは――。


「おい、聞こえているのか。夕食の時間だぞ」


 ハッと我に返ったミュゼの耳に、ノックし続ける音とレックスが呼びかける声が聞こえてきた。

 ベッドの上でうたた寝していたのだろうかと、ミュゼは急いで起き上がって返事をする。


「すみません! 今すぐ行きます!」


 食べることは大切だ。

 人間が生きていく上で、欠かせない。

 だけど今後一生、あんなものを口にしたくはない。

 もうそんな状況になりませんようにと、ミュゼは心の中でそっと祈った。

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