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グレイヴヤードの仮初め家族  作者: 遠堂 沙弥
第一章 「異端少女と死霊使い」
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2 「グレイヴヤード」

 大きく膨らんでいく不安からミュゼはやがて顔を伏せることをやめ、外の様子に目を向けた。

 寂れた光景、人の気配などありはしない。数日雨が降っていないのかと思うほどにひび割れた地面は、故郷の村を彷彿とさせた。

 ところどころには緑の葉を付けていない枯れた木々が生えており、その細い枝に止まったカラスが甲高く鳴いている。

 もの悲しげに見える大地を突き進む先に行けば行くほど、周囲の空がどんよりと薄暗くなってきてるように感じた。まるでこの先には不吉な魔物が棲む城か何かがあるのだと、そう思わせるような雰囲気だ。


「ほら、見えてきた。あれがグレイヴヤード……、墓地だ」


 暗いトーンで告げる御者の言葉に、ミュゼは思わず馬車の窓から顔を出した。自分がこれから向かう地獄がどんな場所なのか。

 村を失い、母を喪い、自分の心はすっかり死んでしまったのだと思っていたミュゼの心に、ほんのわずかでも希望を見出そうと体が勝手に動いたのだ。

 しかしミュゼの瞳に映ったのは、鬱蒼とした辛気臭い荒れた墓地と廃城のような大きな建物があるのみだった。

 手入れされているのかいないのか、荒れ果てた墓地はとても機能しているとは思えない様子だ。縦横無尽に飛び回るカラスの群れがそれを物語っている。

 城もまた陰気そのもので、夕暮れ時のせいでその陰鬱さが際立っているようにさえ見えた。


「あそこが……、私がこれから暮らす場所、ですか」

「そうだ。あんたがどんな大罪を犯したのか、俺にまで知らされていないが……。ここに送られる人間は、廃棄されて同然の人間ばかり……。要するに罪人やクズ人間の廃棄場ってやつだ」

「廃棄されて同然の……、クズ人間……」


 ミュゼの犯した罪を、なぜこの役人が知らされていないのだろうか、とミュゼは思った。

 まだ未成年である少女が、なぜこんな場所に送られなければならないのか。何も知らないのであれば、きっと不思議に思っていることだろう。

 だがそれだけの罪を犯したことを、ミュゼ自身ははっきりと理解している。聖レイア教会の教義に問いかけなくとも一般的に、倫理的に、ミュゼの罪は極刑に値するものだ。よくわかっている。

 だからミュゼは裁判所で自身が裁かれる時に、本心では死刑を望んでいた。

 自分の罪の重さに絶えられない。

 経験した苦痛から、一刻も早く解放されたいと願いながら。

 しかし裁判官はミュゼが最も苦しむ刑を与えた。それはミュゼにとって実に効果的な刑罰だったと言える。


 馬車は墓地の手前で停まり、ミュゼと役人が降りて行く。

 近くで見てもやはり辛気臭くて陰鬱な気分になってきそうだった。

 役人は早くここを立ち去りたいのか、

 墓地周辺をぐるりと囲むように設けられた外柵を見渡してから、門柱に提げられている鐘を鳴らした。

 甲高い音を響かせると、周囲で群れていたカラスが一斉に飛び立っていく。


「嘘だろ、墓地を通って屋敷まで行けって言うのか?」


 気が進まないのか、あからさまに嫌そうな口調で文句を言う役人に、ミュゼは躊躇うことなく前に出て墓地を通る意思を示した。

 役人に向かい合い、軽く会釈をして礼を述べる。


「ここまで送ってくださり、ありがとうございます。もしお役人様の役割に問題なければ、事の顛末を私が当主様に説明します。それでよろしいでしょうか」

「えっ、でも……いいのか? 相手は死霊の主人あるじだぞ?」


 言っている意味がよく理解出来ないが、役人はそれを規約違反とは口にしないのできっと大丈夫なのだろうと解釈する。


「私は平気です。元より死刑を覚悟していましたので」


 もう一度別れの挨拶をすると、役人は苦笑いを浮かべながら封が施された書類を取り出し、それをミュゼに手渡した。


「それは君の罪状と、刑罰の内容が記された書類だ。ここの主人に見せれば、皆まで言わなくともすぐに察しがつくはず。それじゃあ、俺はこれで」


 それだけ言うと役人はそそくさと退散するように、急いで馬車に乗り込むと猛スピードで走り去ってしまった。一刻も早くここから立ち去りたかったのだろう。

 一人残されたミュゼはそれを呆然と眺めていた。

 気を取り直してからもう一度墓地を見渡し、それから魔王でも住んでいそうな屋敷を見つめる。もう後戻りは出来ない。

 見たところ、この辺り一体は墓地と屋敷があるのみで、本当に閑散としていて何もない場所のようだ。

 ミュゼが一歩、門柱を通り抜けると――。


「おい、何者だ」

「……っ!」


 突然声をかけられ、ミュゼは心臓が止まるかと思うほど驚いた。いつ死んでも構わないと心の中で思っていても、驚きの反応は人間にとって正常な証拠である。

 声のした方に目をやると、墓地の端の方で長細い影がゆっくりと立ち上がった。真っ黒い長髪に、まるで吸血鬼を思わせるような黒マントを羽織った痩せた男だ。

 訝しげに見つめてくるその瞳は疑心に満ちていて、口元は不機嫌そうに歪んでいる。

 この人物が、このグレイヴヤードの当主?

 そう察したミュゼは慌てて、礼儀正しくお辞儀をした。薄汚れたスカートの裾を指先でつまみ、ダンスパーティーでレディがするような仕草で、スカートを広げ挨拶した。


「勝手に墓地に足を踏み入れて申し訳ありません。私はミュゼ・マルギット、聖クレア教会での裁判所にて刑罰を与えられここにやって来ました。詳しくはこの書類に書いてあります、どうぞお受け取」


 最後まで言い切る前に、役人から受け取った紙を男に奪われてしまった。

 無愛想という言葉しか出てこないその表情で、男は雑に封を切ると書類を広げて目を通した。が、すぐに片手でくしゃりと握り潰してしまう。


「ふん、またふざけたことを……。ここを何だと思っている」

「あ……っ、あの」

「ついて来い。お前の部屋に案内してやる」


 どうやら本当に全部察してくれた様子だった。

 ミュゼからこれといった説明をしていないのに、男はあっさりと受け入れてミュゼを案内しようとしている。

 あっけに取られているのはむしろミュゼの方だ。


 これからミュゼは何を考えているのかわからないこの男と、陰気な墓地で、不気味な城で、自分は暮らしていくのか。

 ミュゼは不安に駆られたが、心のどこかでわずかに期待をしていた。

 役人や御者が口にしていた、グレイヴヤードの主人の噂話……。

 その話が本当ならば、長い月日が経つ前に早くこの命を摘み取って欲しい。


『ミュゼだけでも生きて……』


 母の最期の言葉が、今も耳に残っている。


『私を食べてでも生き残りなさい……』


 あの時のミュゼは飢えと渇きで、思考が正しく機能していなかった。 


『心から愛しているわ……、ミュゼ……』


 母の愛を胸に、最期の言葉を聴いた後……。

 最愛の母の血と肉を、ミュゼは口にしかけた。


 思い出す度に絶望し、自身の幸福を願うことなど決して許されないのだと、思い知らされる。


 きっとこの風変わりな男が、自分を無事に地獄へと突き落としてくれるだろう。

 ミュゼはそう信じて、グレイヴヤードの若き墓守の後をついて行った。

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