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グレイヴヤードの仮初め家族  作者: 遠堂 沙弥
第一章 「異端少女と死霊使い」
13/13

13 「グレイヴヤードを変えるために」

 ミュゼはクレス司祭の話を思い出し、改めて自分がここへ何をしに来たのか再確認した。彼はただここで普通に暮らせばいいと言っていたけれど、きっとそうはいかないだろう。

 初対面の時のレックスを思い出すと、ここの当主と仲良くやっていくのはきっと骨が折れる。だが今はなぜか自分に好意を寄せてくれるようになったレックス相手なら、なんとかなりそうな気がしてきた。


 窓の外から見える景色を眺めると、まず目に映る光景は広々とした墓地。

 朝だというのにどんよりとした空模様と鬱蒼とした墓地は、気分を落ち込ませるには最高の組み合わせだと言える。思わず乾いた笑いが漏れた。

 墓地を含めたグレイヴヤード家の敷地のさらに向こうは、荒れ果てた大地が広がっていた。ここへ来る時にも思ったが確かにこんな場所、誰も来たがったりしないだろう。

 大飢饉に見舞われた自分の村を思い出しそうなほどに、ここは陰の気が寄り集まったような環境だった。

 自分の置かれた環境を目の当たりにしたミュゼは、気分を落ち込ませるどころか気合を入れたポーズを取って逆に気持ちを奮起させる。


「とにかく! 私の役目はこのグレイヴヤードを、誰が見ても好印象を持つような場所にすればいいってことよね」


 好印象な墓地、自分で口に出しておきながら奇妙な感覚が襲ってくる。みんなに好かれる墓地とはなんぞや。誰もが訪れたくなる墓地とは?


「……移動遊園地じゃあるまいし、墓地にそんなものは誰も求めないわよね」


 気を取り直して、ミュゼはまず最初にできることを考えた。民衆が現在持っている墓地への価値観、印象をほんの少し変えるだけ。クレス司祭はそう言っていたが、それは墓地を愉快で明るい場所に変貌させることではない。きっと。絶対に。

 あくまで墓地とは死者のためにある場所だ。死者の眠りを妨げるような行為はただの冒涜となるだろう。そんなことを考えながら、墓地の管理者本人がその死者を叩き起こして城中を掃除させたり、真夜中にティーパーティーを開いていることを思い出すと頭が痛くなってくる。

 やっぱりどこかおかしいのは間違いない。当主ご本人がああなのだから、世間のグレイヴヤード家に対する印象を操作するのはやはりかなり苦労を強いられそうだと実感する。

 ならば、とミュゼは再び奮起。キラリと瞳を光らせ、決意を固めた。


「やっぱりここは花嫁という立場を利用していくしかないわね! うん! 仮の、だけど!」


 瞬く間に決定してしまった仮の花嫁。「仮の」という部分が大きく引っかかる表現ではあるが、一方的に決定してからのレックスは全くミュゼの話を聞いてくれなかった。

 死霊たちと祝賀パーティーを始めてしまうものだから、ミュゼはもうこれ以上会話は成立しないものだと判断してうやむやにし、解散したわけだが。

 仮にも花嫁、仮にも未来の妻とすることをグレイヴヤード家当主であるレックスが決めたのだから、それなりの権利を手に入れたことになるのでは……、とミュゼは考えた。


「当主であるレックスの第一印象がもう少しいい感じになれば、それだけでまず第一歩ってことにならないかしら」


 グレイヴヤードといえば、役人や御者の言葉からまず出て来たものが「変人」だった。これはきっとレックスの不愛想な態度が原因の一つだと察する。こればかりはミュゼもしっかりと洗礼を浴びたのだから大いに理解できた。

 しかし人間の内面を、性格を、そう簡単に直せるわけがない。不愛想な態度はともかく、せめて他人に対して丁寧な対応さえできていれば。


「顔は良いんだし……。やっぱり話し方とか、態度が問題よね」


 うろうろと室内を歩き回りながら考えあぐねるミュゼ。そういえば猶予を与えられていなかったなと思い出す。だからといって何十年もかけていられないだろう、普通に考えて。逆に期限を設けられたら余計に焦って失敗しかねない。


「クレス司祭の言う通り、普通に暮らしながら手探りでレックスのことをまともな人間にしていくしかない、のかしら?」


 まるでレックスが現状まともじゃないような言い草だが、初対面の相手に対して突き放すような無礼極まりない態度と言動を放ち、挙句に自身の管理下にあるとはいえ死者を自在に操り好き放題に扱うなど、やっぱりまともな人間のすることじゃないとミュゼは自分で自分を弁護した。

 レックスは他人と接する機会があまりに不足しているため、きっとどう対応したらいいのかわからないだけなのだ。そんな風に解釈することにした。


 ***


 ミュゼは部屋を飛び出すなり、ホールや廊下に設けられたカーテンを開け放していった。全ての窓にカーテンが付いているわけではないが、城の中を歩き回って思った。

 この城は解放感が不足している。ただでさえ日当たりの悪い土地だというのに、こうも日光を遮ってしまっては気分も落ち込むというものだ。


「少しでも太陽の光を浴びて、健康的に! 気分が良ければ機嫌も良くなる! そうよ、この場所には光が足りていないんだわ!」


 雲間からわずかな光が射し込むと、どんよりとしていた城内がほんの少しだけ明るくなったように見える。薄暗かった城が日光に照らされ、陰鬱な雰囲気が幾ばくか解消されたような気がした。

 夜間は死霊たちが飛び回り歩き回りで賑やかだった城内であるが、朝日が昇れば死霊たちはみんな眠りについてしまう。これだけ張り切って城内を明るくしても、生きている人間がそれを目にしているのはミュゼ一人だけだった。

 屋敷の主人を起こしに行こうか、少し迷う。今頃ぐっすりと深い眠りについているはずだ。深夜に行なわれた謎のパーティーで、きっと疲れ切っていることだろう。

 ミュゼはといえば夜通し起きていた試しがないので、早々に退席して就寝していた。


「……生活サイクルもどうにかしないといけないわよね」


 普通の人間は日中に活動し、夜には休む。昼夜逆転した生活を当たり前のように過ごしているレックスのようにはなりたくなかった。

 なによりそんな生活をされては、一緒に住んでいてもほとんどすれ違いの生活になってしまうだろう。せいぜい夜間の数時間、彼と過ごす時間が限られてしまう。

 それだけでレックスを、この墓地を変えるなんて何年かかるかわかったものじゃない。


「今日はもうしょうがないわよね。何時まで起きてたか私は知らないし……」


 今夜、レックスに生活サイクルについての話をしてみよう。

 死霊たちとの生活が当たり前となっている彼が、どんな反応をするのかわからないが。このままでは一緒に暮らしていけるはずもない。

 花嫁という特権でどうにかできないものか。ミュゼは心の準備をしつつ、日中はできる範囲のことをして過ごすことにした。

 食事の準備、洗濯、掃除、整理整頓。ここでのルールはあるだろうが、それはまだミュゼに伝えられていない。だからミュゼはミュゼなりに、この城が人間の住める場所となるように。普通の人間が客人として訪れてもおかしいところがないように、毎日少しずつ整えていくことにした。

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