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グレイヴヤードの仮初め家族  作者: 遠堂 沙弥
第一章 「異端少女と死霊使い」
12/13

12 「クレス司祭との密談」

 グレイヴヤード家当主にして墓地の管理者、さらにはネクロマンサーであるレックスから唐突に結婚を申し込まれてしまったミュゼ。

 理由は家族(?)である死霊たちをすんなり受け入れた度胸、そして彼らと対話ができるから……ということらしいが。

 あれよあれよと言う間に、ミュゼの返事などそっちのけでレックスと死霊たちは祝賀パーティーを楽しみだした。一見するとレックスとミュゼの婚約を盛大に祝っているようだが、死霊たちを見るからに単にその場のノリで騒ぎたいだけな気がしなくもない。

 世間的には史上まれに見るほど最悪な罪状で裁かれる立場のミュゼが、敷地内に墓地がある陰鬱な城へと追いやられ、こうしてコミュニケーションが噛み合わない当主と陽気な死霊と生活をする。

 これはこれで確かに罰を与えられていると言えばそうなのだろうが、思っていたものとは明らかに違うことにミュゼは困惑するばかりだ。

 やはり自分がおかしいのだろうか、と思う。きっと正常な判断ができて、まともな生き方をした少女なら発狂案件なのだろう。なにせ気分がどんより落ち込むだけの場所に単身放り込まれて、変人極まりない当主と死体に囲まれた生活を強いられるのだから。

 そう思うとやはり自分は神経が図太いのだろうか、という気になってしまう。


『これから楽しくなりますなぁ!』

『そうともそうとも、これでマスターにちゃんと物申せるようになるのだから!』

『ミュゼ嬢、バンザーイ!』

「はっはっはっ、ほら見てみろ! みんながお前のことを歓迎してくれてるぞ」

「……主に通訳係として、みたいですけどね」


 無邪気に戯れるレックスに、初対面の時のような印象は見受けられなかった。

 もしかしたら本来の彼の姿はこちらなのかもしれない。そう思うと、この一連の流れも悪いように捉えるものではないのかも……とさえ思う。


(もしかして、クレス司祭の言ってたことはこういうことなのかな?)


 ミュゼは今一度、彼の言葉を思い出す。

 裁判が終わった直後に出会った、聖レイア教会の頂点である教皇の息子。爽やかでありながら、どこか軽すぎる印象のあったクレス司祭のことを――。


 ***


 司祭という立場にしては、法衣や装飾品などは上級職のそれに近い。教皇の息子というだけあり、他の司祭とはやはり特別扱いされているのがよくわかる格好だ。

 上品で温厚な立ち居振る舞いではあるが、その本質は陽気でとても話しやすそうな雰囲気の人物。あまりにフランクなものだから、相手が自分よりもずっと高位の人間であることを忘れてしまいがちになるほどに。


「罪状の通り、君はグレイヴヤードで暮らすことになる。グレイヴヤードについて何も知らないようだから、きっとこれのどこが罰になるのかと思ってるだろうね」


 聖都クレアールの西端の街ローデスよりさらに西にある、グレイヴヤード家が代々墓守を務める広大な墓地。

 その墓地の現在の管理人であるレックス・グレイヴヤードには黒い噂が絶えないという。夜な夜な死体と踊る狂人、血も涙もない冷血漢、本人も実は死霊なのではないかというそんな噂が……。


「これはまぁ、うん。大体合ってるようなものだし? 行けばわかるよ、うん」

「え?」

「いや、今のは気にしないで。別に君を怖がらせようってわけじゃないんだ」


 独り言のようにつぶやいた不審な言葉にミュゼが反応するも、慌ててはぐらかす態度がさらに怪しかったが、気のせいだと思うことにした。

 とにかくクレス司祭が言うグレイヴヤードは、それほど人々から気味悪がられているということらしい。それだけは嫌というほど伝わった。


「教会の人間にとっても、あそこは悪辣な人間の廃棄場のような扱いなんだ」

「墓地なのに、どうしてそんな扱いを?」

「俺の父、教皇を始めとしたほとんどの人間がグレイヴヤード家の人間を煙たがっているんだよ」


 人は死ねば骸となり、墓地へ送られ眠りにつく。恐らく一般的な暮らしをしている人間の大多数がその一途を辿るはずだ。死んで野ざらしにされるのは罪人か、一般的な暮らしが不可能な貧乏人くらいである。

 だからこそいずれ自分が還るであろう墓地というものは、生者にとってなくてはならない場所のはずだ。にも関わらず墓地の管理人を無下に扱う理由が、ミュゼにはわからなかった。それも教会の人間が、教皇が。


「みんな恐ろしいんだよ」

「お墓が、ですか?」

「……死が、だよ。墓地は否が応でも死を強く実感させる場所だ。土の下には多くの遺体が実際に眠っている。人間はね、死というものが根源的な恐怖の対象なんだよ」


 だから墓地を嫌う。恐れ、忌避する。ミュゼは墓地に対する人々の感情に、わずかに怒りを覚えた。自らが死した後に還る寝床が用意されている場所の、何が気味悪いというんだろう、と。


(お母さんは……、お墓に埋葬することすらしてあげられなかったのに……っ)


 母を喪ってから保護された後の間、ミュゼの記憶は曖昧というよりほとんど覚えていない。だからこそ母が亡くなった後どうなったのか、ミュゼは何も知らされていなかった。

 悲惨な状況であったことだけは理解できるので、恐らくあの場に母の遺体は残されたのだろうと思っている。そう思うとミュゼは胸が苦しくなった。


「あぁ、ごめんね。君はお母さんを亡くしたばかりだっていうのに」

「いえ……、いいんです」


 クレス司祭なら母のその後がわかるだろうか。そう思って母のことを口にしかけたが、言葉を遮られてしまう。


「話を戻すね。つまり教皇は、教会にとって都合の悪い人間はグレイヴヤードへ左遷することにしてるんだよ。まぁ墓地の管理の手伝いって名目かな。窃盗犯も、政治犯も、殺人犯も、どんな罪状だろうと教会が厄介だと判断すればみ~んなグレイヴヤード行きってわけさ」


 それで他が納得していることがミュゼには不思議でならなかったが、教会で絶対的な権力を持つ教皇の言うことに誰も反論なんてできないのだろう。それが例え食人行為を行なった犯罪者であろうと、その刑罰の内容は窃盗犯と変わらないのだ。


「なんだか墓地の管理をしている人が可哀想ですね」

「そう、それなんだよ。だから今回父さ……いや、教皇が下した判決は実のところ俺にとって非常にラッキーなことだったんだ」


 なぜそこで明るく振る舞えるのか。クレス司祭の人物像がつかめなくなってきたミュゼは少しばかり引いてしまった。

 ミュゼが若干クレス司祭のことをうさんくさく感じていることに、本人は気付いていないのか。彼は両手を組んで、首を縦に大きく振りながら言葉を続ける。


「これまで数多くの厄介払い先扱いされてうんざりしているレックスのことを、君にぜひとも任せたい」

「は? ど、どうしてそうなるんですか? それが私に課せられた刑罰?」

「世間の価値観をほんの少しでもいい、変えたいんだ」


 それまでどこか軽いノリでへらへらと笑いながら話していたクレス司祭の表情が一転、真剣な眼差しに変わってミュゼの瞳を真っすぐに見つめる。もはやそこに軽薄そうな男の顔はない。恐らくここからが彼にとっての本題なのだろうとミュゼは静かに察した。


「先祖代々長きに渡り、聖クレア教会管轄の元、この国の墓地を管理してきたグレイヴヤード家の悪評をどうにかして払拭したい。そのために君の力を借りたいんだ」

「私が、ですか……? それは教皇様の意向、ではないですよね」


 史上最悪の罪を犯したと、教皇はミュゼを断罪しようとした。その人間が下した刑罰にそのような意味が含まれているわけがない。すぐさま理解したミュゼは、クレス司祭が一体何をしたいのか。自分に何をさせたいのか、まずは黙って聞くことに徹した。


「また君に聞かせるのは酷だと承知で話す」

「……」

「ミュゼ、君は自分の母親を食べたという容疑をかけられ、結果有罪とされた。食人行為は人類にとって禁忌、教会としては殺人罪と同様の第一級犯罪となる。そんな冤罪を君に着せた教皇の真意を暴きたい」


 この冷たい尋問室に連れて来られて、最初に聞かされた内容を再び耳にするミュゼ。

 なぜやってもいない罪を着せられたのか。弁護どころか反論の余地すらなく、有罪とされ刑が執行された。

 クレス司祭だけがそれに疑問を呈し、疑いを晴らすためミュゼに交渉を持ち掛ける。

 そして少女に課せられた刑罰の何が都合がいいのか。クレス司祭の表情に、わずかに含みの混じった笑みが漏れる。だがその腹の内をミュゼは見抜けない。


「幸か不幸か、君に与えられた刑罰はグレイヴヤード行きとなった。これまで送ってきた人間と同じ末路を辿ると教皇は思っているようだけど。断言しよう、君だけはそうならないよ」


 するとおもむろに懐を探って取り出したある物をテーブルの上に、ミュゼの目の前に置く。それは妖しく輝く紫紺の宝石があしらわれたピアスだった。

 ミュゼはそのピアスに見覚えがあった。目にした瞬間、全身の血の気が引いたのかと思うほど驚愕する。


「これ……っ!」

「そう、君の母親が付けていたピアスだ。残念ながら一つしか回収できなかったんだけど、こうして君に返すことができてよかった」


 震える手でピアスをつまみ、手のひらに乗せてじっくりと眺める。ミュゼの母親が付けていたピアスに間違いなかった。栗色のウェーブがかった髪が風で揺れる度に、母の耳たぶで輝いていた紫紺のピアス。

 そして瞳と同じ色をしたこの宝石は、母の美しさを一層際立たせていた。その姿を思い浮かべ、ミュゼは頬を濡らす。死に別れた母の忘れ形見、こんな形でミュゼの元へやって来るとは思っていなかった。


「クレス司祭様、ありがとうございます……っ」

「君の瞳と同じ色合いの宝石なんだね」


 そう言ってクレスが席を立ち、ミュゼの背後に回る。手を差し伸べ「貸してごらん、付けてあげよう」と言われ、ミュゼは再びピアスをクレスの手に戻し少し首を傾けた。

 最初からミュゼにピアスを返却し、身に着けさせるつもりだったのだろう。消毒液とガーゼが用意してあり、手際よくミュゼの左耳に針を貫通させた。耳たぶに痛みが走る。

 表情がわずかに歪むが、母の形見を身に着けるためと思えば十分我慢できる痛みだった。本来はピアス穴を開けてから約一カ月は消毒の日々となるのだが、クレスが魔法を使って開けたばかりの耳たぶを安定させる。

 紫紺のピアスを付けて、手鏡をミュゼに渡す。母が付けていたピアスを、今自分が付けている。ミュゼは大粒の涙をぽたぽたと落としながら、じっと鏡を見つめた。

 髪の色も瞳の色も、母譲りのものだ。涙のせいでぼやける光景は、鏡の向こうに母が映っているように見える。するとミュゼの両肩に手を乗せ、耳元でそっと囁くクレス司祭。


「すっかり人間嫌いになってしまったレックスのこと、よろしく頼むよ。彼は俺の従兄弟だから、心配でならないんだ……」


 冤罪であることを教えてくれたクレス司祭。さらには母の忘れ形見まで渡してくれた恩人だ。ここまでしてもらっては拒否する選択肢など選べるはずがない。

 まだ頭の中で全てを整理しきれていないが、彼は自分にとって悪い人ではないと、それだけはわかる。ここまで聞いて何一つ、ミュゼにとって都合が悪いことはないのだから。


「どのみち私が行く場所は、グレイヴヤードより他にありません。世間的には私は史上最悪の大罪を犯した極悪人でしかないんですから……。そんな私が他に生きる道を選択するなんて、誰一人として許さないでしょう」


 クレス司祭の申し出がなかったとしても、ミュゼに残された道はグレイヴヤードで暮らすしかない。冤罪だと証明しない限り、ミュゼが犯罪者であることに変わりないのだ。

 了承するしかないミュゼの決断に、クレスは満面の笑みを浮かべた。


「レックスの元へ行くのが君で本当によかった」


 快い返事を聞いて、ミュゼの両肩から手を離したクレスは再び席について何やら紙に書き出した。さらさらと流れるような筆使いで、鼻歌交じりに手紙をつづる。

 真っ赤なロウソクに火をつけ封筒に垂らし、聖クレア教会の紋章が描かれた封蝋印で封をする。クレス司祭の書いた手紙が、こうすることで正式な文書扱いとなった。


「この手紙は、君をグレイヴヤードに届ける役人に渡しておく。もしかしたら君自身がレックスに手渡すことになるかもしれないけどね」


 そう言ってウィンクするクレスに、ミュゼはやはりどう反応していいのか戸惑うばかりだった。これで用事は終わったのか、クレスが席を立って出入り口まで歩いて行くのでミュゼもそれについて行く。ドアを開ける直前、振り向きざまに先ほど話した内容のおさらいをした。


「君はグレイヴヤードへ赴き、できればそのまま普通に生活してくれ。調査に関しては俺の方でしておくけど、もし何か気付いたことがあったら教えてほしい。連絡手段は週に一度、物資を届ける商人に手紙を渡してくれたらいい」


 その商人は教皇直属の部下ではなく、クレスが手配している人物らしい。信用第一で仕事しているそうなので、心配は不要だということだ。

 最後にクレスが念を押すように、人差し指を立てて口元に当てながらにっこり笑う。人好きするような笑顔を度々見せるところから、どうやら自分の笑顔は他人の心を動かす力があることを自覚しているようだ。


「そして良ければ、そこの当主と仲良くしてやってくれないか?」

「あ、はい……。わかりました」


 そうしてミュゼは再び騎士に引き渡されることとなった。

 クレス司祭とのやり取りはそれだけであったが、ミュゼにとっては人生を左右するほどの内容を聞かされ、大切な物を取り戻した時間となる。


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