11 「唐突なプロポーズ」
普通ではない出来事に、すっかりミュゼは馴染んでしまった様子だ。それをどうやらレックスは快く思っているらしい。
最初の頃に比べると明らかに不機嫌そうな表情はなくなっていた。
ひとまずごく自然に会話出来る程度には警戒心を解くことが出来たのだろうかと思ったミュゼは、死霊だらけの城に関する小さな疑問を投げかけた。
「とりあえず死体相手のはずなのに、そんなに腐臭とか死臭とかしないのが不思議だなぁとは思ってるけど……」
死体の臭いはとにかく酷い。二度と嗅ぎたくないと、ミュゼは切に願う。だがグレイヴヤード家では、こんなにも死霊たちが歩き回ったり飛び回ったりしてるというのに、鼻をつくほどの異臭がほとんどしない。
少しならば確かに、気になる程度には臭ったりしているが。
「それはな、我がグレイヴヤード家特製の香水のおかげだな」
「香水で死体の臭いを解決できるわけが……」
ミュゼが信じられないとばかりに笑い飛ばそうとすると、真面目な口調でジョーンズが口添えしてきた。
ミュゼはつい「さっきから、あなた達なんで普通に一緒にお茶会してるわけ?」と思いながらも、同時に「いや、ここでは私がイレギュラーな客人か」とも思ってしまう。
『グレイヴヤード家は代々死霊使い、それに伴ってそういった技術が発達しているのですよ。我々も驚いたものです。おかげでたま~に夜間訪れた人間を相手に、接客したものですが。いやはや、我々が死霊だとバレることはありませんでした。さすがグレイヴヤード家!』
(えっと、それもしかして悪い噂に結びついてる原因の一つなのでは?)
だが意気揚々と話す彼らを見ていると、なぜだかミュゼまで和んでしまう。
相手は死人なのに。ガイコツなのに。ゾンビなのに。
「……怖く、ないのか」
「彼らのことが? 全然! そりゃ最初は正体がわからなくてビクビクしたりしたけど、何者なのかわかればどうってことないわ」
それ以上に恐ろしい体験をしてきたのだから……。
死霊術なのだとタネさえわかれば、平気だった。
一応……、お互いに会話が成立していないとはいえ、術者であるレックスをマスターとして従っているわけなのだから。
彼らにはレックスの言っていることは通じているようなので、もし仮にレックスが彼らに向かって「ミュゼを殺せ」など命令しない限りは、危害を加えてこないはず。
(なんてことないわよ、これくらい……。本当の地獄を見て来た私にとっては、これくらい)
「ミュゼ、だったか」
「な、何よ急に……」
レックスの寝不足な目がミュゼのことをじっと見つめてくるので、思わず身構える。
いつもはミュゼのことなど、その辺に転がってる紙くず程度にしか思ってないような、そんな興味のかけらもない目で見るだけだったはずなのに。
大半は目も合わせないくらいなのに、急にこんな風にどこか熱のこもった目で見つめられると……。
(あれ? もしかして今、初めて名前で呼ばれた?)
今までレックスはミュゼのことを「お前」と呼んでいたはずだ。
突然、名前で呼ばれて動揺する。鼓動が高鳴っていく。
(な、なんでドキドキしてるんだろ。もう! これだから顔が良い男ってずるいのよ。性格はこんななくせに!)
「俺はミュゼのことを誤解していた。クレスから大金を握らされて、嫌々ここに来たものとばかり」
「大金は掴まされてないけど、でも別に好き好んで来たわけでも」
「それでも、こうやって彼らのことを受け入れた人間は初めてだ」
食い気味に来た。彼らに対して恐怖心を抱かなかったことが、そんなに嬉しかったのだろうか。
ミュゼも完全に親しみ込めてるわけではないが、だが本当にここ以外行くところがないのだから仕方がない。
受け入れるしか選択肢がなかっただけなのだから。
レックスはそんなミュゼの心境などそっちのけで、なおも熱く語って来る。
「……俺は正直、嬉しかった」
「はい?」
「普通の人間は死者を蘇らせる魔術なんて、悪魔の所業だと断じてくる。司祭という立場のくせに、クレスだけは俺のことを受け入れてくれたが。だけど他の人間は俺のことを、グレイヴヤード家のことを悪魔の一族として……忌避してきた」
「黒魔術だものね……」
「だけどお前は、ミュゼは……そうしないんだな」
立ち上がってまで、ミュゼのことを見つめてくる。その眼差しがどんどん熱を帯びていってるのが、ミュゼにもわかる。
なぜだか嫌な予感がしてきたので、ミュゼは適当に笑って誤魔化す為にレックスの額に手を伸ばした。
「レックス、あなた寝不足で疲れてるのよ。ほら、もしかしたら熱とかあるのかも」
そう言いながら熱に浮かされているせいにして、この場を乗り切ろうとしたミュゼの手は、レックスの細長い指に絡め取られる。
「はわっ!?」
「熱があるとしたら、これはお前のせいかもしれない……」
「レックス? ちょっと待って、本当にどうしたの? ついさっきまであんなに毒を吐いてたくせに」
「警戒する必要性のない人間相手なら、俺だってまともに話すよ」
ふっと笑った顔が、なぜか年齢より幼く見えて可愛かった。
初めて見た、レックスの笑顔。
この人、こんな風に笑えるんだ。
いつも不愛想で、ぶっきらぼうな態度で、口が悪かったくせに。
「いいだろう、クレスの話……条件付きで乗ってやる」
「はい?」
(いや、本当に何の話?)
ミュゼが状況の変化について行けずオタオタしていると、ジョーンズとモリーンが勝手に盛り上がって拍手なんかしてる。
だが骨同士を叩き合ってるだけなので、硬いものがぶつかる音になってしまっている。そしてそれが滑稽に鳴り響く。
「今この家にいるのは俺だけだが、グレイヴヤード家には家族が必要だ」
そう言ってレックスは首に提げていたペンダントだと思っていたものを外し、鎖に通していたアクセサリーを見せる。――それは指輪だった。
「正式なものとは言い難いから今はまだ仮初めだが……、死霊と対話が出来る唯一無二の存在として、ミュゼ。お前を我がグレイヴヤード家の家族とする。――俺の妻として迎えよう」
「ええええっ!? ちょっと待って、急にそんなこと言われたって……っ!」
「仮の妻、だけどな」
そう言い聞かせながら、私の左手薬指にさっきの指輪をはめた。
するとその指輪から指を伝って、ミュゼの中に熱い何かが流れ込んでくる。
この感じは……、魔力だ。
魔法の使えないミュゼでもわかる。魔力がミュゼの中を満たしていく。
「俺の家族を拒絶しなかったのは、ミュゼ……お前が初めてだ。だから認めてやる、喜べ!」
「ほえええ!?」
『あらあらまぁまぁ、これはなんてめでたいのかしら!』
『深夜のお茶会がお祝いの場となりましたな!』
お母さん……、これは一体どういうことでしょう。
死霊を怖がらないというだけで、対話が出来るというだけで私……。
グレイヴヤードの変人当主に結婚を申し込まれてしまいました。
ミュゼはよくしゃべります。
口に出したり、心の中で叫んだりしながら、コミュ症なレックスを引っ張ってくれるでしょう。
そんなヒロインによる、ドタバタな墓場生活をこれからもよろしくお願いします。