10 「深夜のお茶会」
レックスは自分の正体と、この城で起きていた色々な出来事をミュゼに明かしてからというもの。すっかり隠すつもりがなくなったようだ。
夜になると堂々と死霊術を行使して、これまで通り……墓地で眠っていた死体を操って城の中をうろつかせている。
そしてミュゼも、夜間外出禁止令を解かれることになった。
「だけど……」
床掃除をするガイコツ。
鼻歌を歌いながら花瓶に花を生けるゾンビ。
普通の人間では手が届かない高所の窓を、亡霊の姿のままで宙に浮かびながら拭き掃除するゴースト。
「こうして見てると、なんだか怖いって感情すらなくなってる自分が逆に怖いわ」
倫理的にも、常識的にも、そして何より死者への冒涜と言ってもいいこきの使い方。
ミュゼは彼らの存在に恐怖する以前に、彼らの扱いに対する心配の方が強かった。
『おっと、ごめんなさいね~』
バケツを持って移動していたガイコツが、ミュゼとぶつかりそうになって謝る。ふんふんふ~んとご機嫌な歌を歌いながら、ガイコツは何事もなかったように掃除を続けていた。
昼間と違って、死霊たちであふれている城の中はとても賑やか。
レックスが一人で住んでいても、これなら孤独で寂しくないのもうなずける。
「……って、違うわよ! 死霊術を城の掃除や自分の世話の為だけに使っていいはずないじゃない! というか死者への冒涜はご法度だ、みたいなこと言ってたくせに! 自分が一番冒涜してるのでは!?」
恐らくこの時点で、ミュゼもそれなりに頭がおかしくなりかけていたのかもしれない。
色々なことがありすぎて、多分ツッコむところを間違えている気がしていた。
とにかくミュゼはもう一度レックスとちゃんと話をしようと、食堂へと向かう。
「レックス! まだあなたに聞いてないことが……」
食堂のドアを勢いよく開けると、そこにはのどかな光景が広がっていた。
死霊たちと仲良く食卓を囲むレックスの姿が、まず目に入る。
温かいお茶を淹れ、焼き菓子やケーキが並んだテーブルの上はアフタヌーンティーを楽しんでいるようにしか見えない。
「ははは、ジョーンズは今日もおしゃれさんだな」
『いえいえ、服の話はしておりませぬぞ。私が言いたいのはですな、あの娘はきっとマスター殿に惚れていると、そう確信しているということであって』
『あらまぁ、会話が成立しないのは仕方ないことですわ。でもあの女の子は私たちの言葉を理解していたような気がしたんだけど、気のせいかしら?』
「はっはっはっ、モリーン。君もジョーンズのセンスが素晴らしいって?」
『やれやれ、さっきまであんなにあの娘のことを気にしていたというのに。現実逃避しておりますな』
「いいかい、ジョーンズ。楽しい茶会の時に、暴食おかんの話だけはやめてくれよ?」
(死霊相手に仲良く会話してるようで噛み合ってない! ていうか話題の中心が、それとなく私になってるううう! それよりもなによりも……っ!)
「暴食おかんで悪かったわね!」
「げっ、お前……いたのかっ!」
『おやおや、ミュゼ嬢。あなたもこちらで一緒にお茶菓子でもいかがかな?』
「え、いいんですかぁ?」
「……ん?」
レックスに不可解そうな表情をされたが、無視を決め込むミュゼ。
しかし死霊たちは意外にも親切だった。誰も血に飢えた化け物というわけではなく、どことなく仮装した普通の人間が城の中で働いているような感覚だ。
ミュゼはレックスとは少し離れた場所に座ろうとしたが、ジョーンズと呼ばれたぼろぼろの燕尾服を着たガイコツに促されるまま。レックスの向かいの席に座らされる。
『さぁさ、カモミールティーですぞ。どうぞ召し上がれ』
「あ、どうもありがとうございます」
(お、美味ひぃ! ……あれ、私ここに何しに来たんだっけ?)
「馴染むの早いな、お前」
「なんか気にしたら負けな気がするから」
ようやくこれで、このグレイヴヤードが色々な人間から毛嫌いされている理由がわかったような気がしなくもないミュゼ。
死霊術は基本、夜間に本領を発揮させる。死霊たちが夜間しか活動出来ないからだ。
レックスの性格からして人間嫌いであることは明白。なので死霊たちが城を綺麗にしてくれるというのなら、生きた人間を雇う必要というわけだ。
ただそこが大きな問題であることに変わりはないが。
「レックス、いつまでこんな生活を続けるつもりなの?」
「は? 死ぬまでだが」
「そういうわけにもいかないでしょ。今ここにいる死霊たちだって、永遠にあなたのお世話をしてくれるわけじゃないわ」
「なんだかんだこの国にある墓地はここだけだ。死体に事欠く心配など不要」
「うわぁ、問題発言……」
まず常識から歪んでる。クレス司祭も手を焼くわけだとミュゼは一人納得した。
クレス司祭の本当の意図はわかりかねるミュゼであったが、恐らく「レックスのこの状況を何とかして欲しい」ということを、クレス司祭は言いたかったのかもしれない。
だから身近に物申せる生きた人間を派遣して、レックスに普通の人間としての感性を植え付けて欲しいということなのだろか。
全て憶測でしかないが、だがそう考えなければミュゼがここに追いやられた理由がわからない。……ちょうどいい人材だっただけという可能性も、なくはないが……。
『ミュゼちゃん、レックスちゃんのことどう思う?』
急に何ですか、と心の中で思うミュゼ。
古めかしいドレスを着た貴婦人っぽいガイコツのモリーン。
優雅にお茶をすすっているが、全部こぼれてドレスがびしゃびしゃになっている。
『レックスちゃんもお年頃。それに私たちを見てもこうやって普通に接してくれるようなお嬢さんなんて、ミュゼちゃん以外に存在しないわ、きっと』
「いやぁ……、買い被りすぎですよ」
ミュゼは引き気味に返答する。
確かにこんな変人を相手にしそうなご令嬢など、そうそういないだろう。だからといってミュゼが、レックスの相手をしたくてしているわけでは決してない。
他に行くところがここしかなく、無理やりにでも馴染まなければどうしようもないから。
そんな風にミュゼが、さも普通の人間を相手にしているかのように接していると、レックスが何やら訝し気にミュゼを凝視してくる。
初めて対面した時からそうだったが、どうも人間不信みたいな態度だけは相変わらずな様子だ。よっぽど生きてる普通の人間が嫌いなのだろうと、一人静かに察するミュゼ。
「お前、もしかしてだが……彼らの言っていることが、わかるのか?」
「え? 急にどうしたのよ。レックスだってさっきまで楽しそうに会話を……」
そう言いかけて、はっとした。
この深夜のお茶会を発見してから、彼らの会話を思い出してみる。
楽しそうに会話をしているようでレックスは彼らの言葉に対して、明確な回答はしていなかった……!
最初は噛み合っていないだけかと思ったけど、それにしては不自然だ。
「もしかしてレックス、死霊術が使えるのに……彼らの言葉がわからないの? こんなにはっきり喋ってるのに?」
「やっぱり! 妙だと思ったんだ。彼らに対して受け答えしてるから、アタリを付けて答えているだけかとも考えたが。お前……、会話が出来るのか……」
衝撃を受けるレックスに、ミュゼは真逆の衝撃を受ける。
レックスは死霊術を行使してグレイヴヤードで眠っている死者を蘇らせ、城の管理を任せ、交流を深めているものとばかり思っていたが、どうやら違うようだ。
レックスはミュゼのように、彼らの言葉が届いていないのだ。
だからちぐはぐな返答しかしていなかった。
『やっぱり、ミュゼちゃんには私たちと会話が出来るのよ!』
『これは驚きですな! ではマスター殿と会話をしたい時は、ミュゼ嬢に介してもらえばいいということですな』
「ちょ、勝手に便利扱いしないでもらえます!?」
死霊と会話が出来ることは普通ではないのか?
いや、そもそも死霊が目の前にいること自体、すでに普通じゃない。
それでも死霊術士であるレックスが、なぜその死霊と対話出来ないのかがわからない。
同時に、なぜミュゼは死霊と対話が出来るのだろう。
不思議に思っていると、なぜだかレックスの視線が痛い。ミュゼが死霊とやり取り出来ることが羨ましいのか。
そんなミュゼたちの様子を眺めながら……至極真面目な顔で、レックスが静かに問うてくる。
「お前、本当に馴染むの早すぎないか?」
「そんなこと言われたって、今さらでしょ? どうあがいたってこれがここの普通なんだから」
改めてここの異常さに自分から触れてくるとは思わなかった。
レックスのことをイカれてると言って逃げ出した方がよかったのだろうかと、ミュゼは選択肢を間違えてしまったかもしれないと後悔する。