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グレイヴヤードの仮初め家族  作者: 遠堂 沙弥
第一章 「異端少女と死霊使い」
1/13

1 「地獄を生きる少女」

「墓場を舞台とした物語を書きたい」

その思いから、この物語が生まれました。

まだまだテンポの早い展開を書くことが下手ですが、少しでも多くの方に読んでもらえるよう頑張りたいと思います。

よろしくお願いします。

「ミュゼ・マルギット、お前の罪は史上最悪である!」


 少女は死刑を言い渡される、そう思っていた。

 飢饉に見舞われ、飢えで死に絶えて行く人々を見てきたミュゼはこの世の地獄を見てきた。

 村を捨てたくないと頑なに離れようとしなかった人々を見捨て、ミュゼは母と二人助けを求めて村を出た。

 隣町に辿り着くまでもなく、母が倒れ、ミュゼも死を覚悟する。そんな時に王都から派遣された調査隊により保護されたのだが。

 ミュゼの手足には枷が付けられ、大地母神レイアを信仰する聖レイア教会で裁判にかけられている。

 罪状は――。


「実の母の血肉を食すなど、悪魔の所業! おぞましいことこの上ない! お前のような残忍で冷酷な娘には、安らかな死よりも生ける苦痛が最も相応しい!」


 裁判長の言葉に、ミュゼは視線を落とし、涙する。

 自分の不幸に泣いているのではない。

 残酷にも母の最期を、自分が犯した罪を包み隠さずはっきりと言葉で突き付けられ、罪悪感に苛まれた為だ。


(お母さん、お母さん……。ごめんなさい、本当に……)


 肩を振るわせ嗚咽する少女に同情する者など、この場に誰一人としていなかった。

 誰もが彼女を蔑み、穢らわしいものを見るような目つきをするのみだ。


「この街の外れにある墓場が、お前の新たな地獄となろう」


 裁判長の言葉に、傍聴席がざわついた。

 ひそひそと囁き合う声、どよめきがミュゼに動揺を与える。

 聖都クレアールの西端にある街、ローデスに一度も訪れたことがない余所者のミュゼには、その意味がわからない。

 母の死を背負いながら生き延びるくらいなら、死んだ方がマシだとミュゼは思っていた。

 しかしそれは母の願いを無下にするものだ。

 雑に扱われながら、ミュゼは力無い足取りで裁判所を後にした。


 ***


 絶望に打ちひしがれる中、ミュゼは教皇直属の聖レイア教会騎士団に連行されていく。

 この先が処刑台ならよかったのに、と思いながら黙って冷たい石の廊下を歩いて行った。


「止まれ」


 若い男の声がして、騎士二人が足を止めた。

 薄暗い廊下には採光のための窓がなく、点々と設置されているランタンの明かりだけが灯っている。そんな中、行く先には身なりの良い青年が微笑みを浮かべて待ち構えていた。


「これは、クレス司祭ではありませんか。なぜこのような場所に」

「父親のいる教皇庁に俺がいるのは不思議なことかな」


 かしこまる騎士に、クレス司祭と呼ばれた若い男はミュゼへと視線を投げかける。

 物珍し気に、または興味本位に。じろじろと値踏みするように眺めた後、クレス司祭は軽い口調で命令した。


「その娘に少し話がある。ちょっと借りるよ」

「なりません、クレス司祭! この者は先ほど審判の下った大罪人! あなたに害をなす可能性もございます!」


 明らかに動揺している様子だが、ミュゼは闇に取り憑かれたように一切の感情も湧かなかった。心にあることはただひとつ、どうか一分一秒でも早くこの地獄から自分を解放して欲しいということのみだ。


「別にその娘が腕力や魔法を使って、誰かを襲ったってわけじゃないだろう? ただ食人行為を行った、というだけ」

「口をお慎みください! 教皇様のご子息とはいえ、天罰が下りますぞ!」


 そういった問答が繰り返された後、ミュゼは気が付けばクレス司祭によってとある個室に招かれていた。

 そこは石壁の牢屋とさほど変わりのない、テーブルとイスが置いてあるだけの尋問室だ。

 いつの間にか椅子に座って、目の前にはクレス司祭が愛想のいい表情で微笑みながらミュゼの顔を見つめていた。

 そしてこともあろうに、彼はとんでもないことを、驚くべきことを口にする。


「君は母親を食べてなんかいないよ」

「……っ!?」


 にわかには信じられない言葉だった。

 そしてミュゼにとって、これ以上ない救いの言葉でもあった。

 調査隊に保護され、ここに連れてこられる間、ミュゼの瞳は完全に死んでいた。生気を失ったように目は虚ろで、完全に思考することをやめてしまった屍同然のような眼差しだった。

 そんなミュゼの瞳に、わずかに光が差す。


「う……そ……」

「本当さ。君を発見した調査隊は、元々は俺直属の部隊だ。彼らの報告を直接聞いたのだから間違いない」


 ミュゼの瞳から涙の粒が零れ落ちる。

 裁判所で流れた涙とは種類の異なる涙。そう、これは歓喜の涙だ。


「私……は……」

「だけど君の罪状は、すまないけど変わらない」


 それでもいい、とミュゼは心の底から思えた。

 何より「母親に対して非道なことをしていない」という事実だけで十分であったから。

 誰かに、他人に、教会の最高権力になんて断じられようと。その事実があればミュゼは全てを受け入れることが出来た。

 しかしそんなミュゼの気持ちをよそに、クレス司祭はなおも続ける。


「君にこんな話をするのはね、あることをやってほしいからなんだ」


 流れが変わった。ミュゼは首を傾げ、クレス司祭が何を話そうとしているのか。何が目的なのか。自分に何をさせようとしているのか。それに耳を傾ける。


「君の刑罰内容は、グレイヴヤード家で生活すること……。何も知らない君のことだから、きっとそれが一体どんな罰なのかわからないだろうね」


 そうしてクレス司祭は語る。

 グレイヴヤードのことを、そしてミュゼに対する依頼の話を。


 ***


 ミュゼに荷物はない。

 村を出た時の質素で汚れた服のまま、役人と共に馬車で移動する。

 生まれ育った村以外の場所は初めてだったので、初めこそ外の景色に興味を抱いていたが、なんてことはない。外は本当に何もなかった。

 ただ荒野が広がるのみ、数時間かけてその光景が続くものだから景色を眺めることに飽きてしまう。

 そしてミュゼは、ただぼんやりと俯いていた。馬車の窓からは冷たい風と、カラスの鳴き声。

 外の景色に目を向けなくても、なんとなく今走っている場所が郊外の――人が全く寄りつかないような寂れた場所だと。ずっと変わらない景色なんだと察していた。

 賑わいの声も、生活音も、何もない。

 ガタガタと悪路を走る音と、陰鬱な気持ちにさせるカラスの声だけが聞こえてくるのみだ。

 やがて沈黙に耐えられなくなったのか、役人の男が独り言を呟く。


「はぁ、なんで俺が見届け人なんかに……」


 その愚痴が御者にも聞こえたようで、同じように文句を垂れた。


「それを言うならこっちだってとんだ災難ですよ、お役人さん! 滅多なことがなければ、誰もここいらに近付きゃしねぇってのに」

「わかっているよ。だがこれも仕事だとお互い割り切るしかない」


 そんな言い合いを耳にしながら、ミュゼはこれから自分が向かっている場所は一体どんな所なのだろうかと、ほんの少しだけ気になった。

 しかし自分は仮にも大罪人である。そんな自分が勝手に口を開くことなんて許されるはずがない。聞きたくても聞けないのが現状だった。

 ただでさえ命があるだけマシだとされている。

 ちら、と隣に座っている役人の顔色を窺う。気まずそうな表情で、何度もミュゼのことを盗み見るものだから、さすがに無視し続けることに限界を感じた様子だ。


「お前、歳はいくつだ」

「……十六、です」


 大きなため息が聞こえた。

 見れば馬の手綱を握る御者も、役人と同じように肩を落としているように見える。


「俺の娘より下かよ、やってられんな」

「何をしたのかあっしにはわかりませんがね。なんでそんな年端も行かない女の子が、あのグレイヴヤードに連れて行かれなきゃいけねぇんですか」


 グレイヴヤード、という単語が彼らの口から初めて出て来た。

 ミュゼが連れて行かれる墓場の名は、グレイヴヤード墓地という。

 彼らの態度や口調から、そこは非常に評判が悪く、行ったら最後……無事では済まないという印象を受けるには十分だった。

 実際ローデスを出る前に会って話をしたクレス司祭も、同じようなことを言っていたのだから。自分がこれから暮らして行かなければいけない場所……。


(グレイヴヤード、まともな人間なら誰も寄り付かない……そんな場所だって。確かクレス司祭はそう言っていた)


 彼が言うには、とても興味深く面白い場所だと。しかし役人と御者の会話からそういった特徴の内容が一切出てこないことに疑問を感じる。

 それならば当人たちに聞けば早いと思ったミュゼは遠慮がちに、しかし物言いたげに役人の顔を見つめた。

 その視線に役人の方が折れたのか、諦めたように話し始める。

 まるでミュゼの罪状を知らないような、そんな軽い感覚で。


「グレイヴヤードってのは今から行く墓地の名だ。そしてその墓場を管理している墓守の家名でもある」

「そこの現当主がとてつもない変人だから、お嬢ちゃんも気を付けな。不気味で恐ろしい、悪い噂の絶えない墓守だ」


 もしかして自分を怖がらせる為に言っているのだろうかとも思ったが、彼らは引きつり笑いをしながら話している様子だ。

 笑いながら話さないと怖くて仕方がない、と彼らの態度がそう物語っている。ミュゼを怖がらせようとしているのではない、その逆だった。恐ろしくてたまらないのは彼らの方らしい。


「俺は役人として、あんたをそこへ連れて行かなきゃならない。ま、運が良ければそこの花嫁になれるかもな」


 え、花嫁?

 それは一体どういう意味だろうと口を開きかけた時だ。

 反射的に口を出して来たのは御者の方だった。


「お役人さん、それは運が悪ければって意味じゃねぇですかい?」

「だが少なくとも殺されることはなくなるだろう」

「いやいや、あんたは何もわかっちゃいないね。あそこの当主はイカレ野郎だ。花嫁すらその手で殺してしまいかねない。まさに死霊の花嫁にされるって意味さ」


 殺される? 死霊の花嫁?

 彼らが何のことを言っているのかさっぱりわからないが、ミュゼはだんだんと向かっている先が自分の知らない本物の地獄かもしれないと思えてきた。


 村が大飢饉となり、餓死しかけた地獄。

 生き延びる為に逃げ出したが、その先で最愛の母親を喪った地獄。


 これ以上の地獄はないと思っていたのに……。

 更なる地獄を味わえと、大地母神レイアは言っているのだろうか?

次回もよろしくお願いいたします。

☆☆☆☆☆、ブクマ登録などしていただけたら幸いです。

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