表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/27

気遣いは無用なんですけど……。

 突然大声を上げた青年に、レオは言葉を止める。驚きで固まってしまったレオを見て、青年は目をそらした。


「燃やしてなんか、いません。弟と二人で、土に埋めましたから」


 レオは思わず、青年の両肩を掴んだ。


「それ、本当ですかっ? どこにっ?」


「待て」


 両肩を掴むレオの腕に、ライカの手が掛けられる。


「先に、医師団を連れてきた方が良いだろう。スイの部下に、遺体鑑定に詳しい人間がいたはずだ」


 少しだけ、レオは冷静さを取り戻した。確かに、遺体鑑定に詳しい人間は必要だ。遺体を見たところで、レオには毒殺されたかどうかも、毒の種類も判別できない。


「わかりました。私が呼んできます」


「極力、目立たないようにしろ。偽医者に勘付かれる」


「わかっています。隠遁(いんとん)は得意です。心配していただかなくて結構です」


 ふんっと鼻を鳴らしたレオは、周囲に水分を集めると霧を発生させた。魔法で発生させた濃霧は、術者以外の視界を遮る。


 レオは念のため獣道を使って集落を迂回すると、難なく医師団の天幕群に抜けた。


 急な濃霧に、外で作業をしていた団員達が驚いている。その中の一人の肩を、レオが叩いた。叩かれた団員は、飛び上がる。


「あの。驚かせてしまって、すいません。団長は今、どちらにいらっしゃいますか?」


 レオは申し訳なく思いながらも、尋ねた。団員は両手で心臓の位置を抑えながら、「ご自身の天幕にいらっしゃいますよ」と答えた。


 レオは礼を言って、黄色い旗が付いた天幕を見つけて中に入った。天幕の中には、スイと副団長がいた。彼等もまた、突然発生した濃霧について話し合っていたようだ。


「スイさん。ご遺体を鑑定できる方を、お借りしたいのですが」


「ああ。この霧は、あなたの魔法のせいだったんですね」


 合点がいったと、スイが笑った。


「いいですよ。シャロンを呼んできてくれる?」


 副団長は頭を下げると、天幕を出ていく。


「彼を呼ぶということは、焼かれてないご遺体があったんですね」


 さすがに話が速い。レオは、「はい」と肯定した。


「集落より奥に牧草地があって、そこにご兄弟が住んでいるんですけど。件の医師には従わずに、父親を土葬にされたそうです。更に彼等は、疫病ではなく、毒ではないかと疑っています」


「なるほど。それでは、私もご一緒しましょう。多少なりとも、毒には心得がありますから」


 スイがほほ笑んだところで、副団長がシャロンを連れて戻ってきた。


「お呼びでしょうか?」


 尋ねるシャロンは、遺体どころか血を見るのもダメそうな、華奢で弱々しい青年に見える。医師団は意外にも体力勝負なところがあるが、彼は誰よりも真っ先に倒れてしまいそうだ。


「彼が、ご遺体を?」


「ええ。丁寧な仕事をしてくれますよ。シャロン。今から、現場に向かいますよ。疫病の正体が、わかるかもしれません」


「え? あ、はい。わかりました」


 応じるシャロンの声は、消え入りそうなほど小さい。はたから見ると、スイが無理強いしているように見える。


(本当に大丈夫なのかな?)


 レオは疑問に思いながらも、二人と共に天幕を出た。


「獣道を通りますけど、大丈夫ですか?」


 気を遣うレオに、スイは笑顔でうなずいた。


「もちろんです。医師団は、必要とされているところなら、どこにでも駆けつけるものですよ」


 そう言われても、レオはしばらく彼女の言葉を疑っていた。


 しかし、二人は荒れた道でも、しっかりとレオの後を付いてきた。華奢なシャロンでさえ、息を切らしていない。見た目よりは、遥かに体力があるようだった。


 問題なく牧草地に着いたところで、レオは霧を解いた。濃かった霧が、ゆっくりと薄れていく。


「ライカさん。お連れしましたよ」


「ご苦労」


「おかえりなさい。今、交代で掘り起こしていたところです」


 ライカと青年が、水を飲んで休憩している。よく見ると、彼等の靴が土で汚れていた。交代でということは、今は青年の弟が掘っているのだろう。


「魔法で一気に、というわけには、いかないんですか?」


 レオの問いに、ライカは口元を手の甲で拭った。


「正確な位置が、俺ではわからないからな。遺体を傷つけるわけにもいかないだろう」


「それも、そうですね」


 魔法は便利と思われがちだが、意外と融通が利かずに不便なところがある。青年もそう思ったのか、小さく笑った。


「案内しますよ。こちらです。どうぞ」


 レオ達は青年に付いて、家の裏側へと回った。ざくっ、ざくっ、という、土を掘る音が聞こえる。青年より一回り大きい男性が、土を掘っていた。


「完全に掘り出すまで、もう少し時間が掛かると思います」


 青年の言葉を聞きながら、シャロンが腕をまくった。日に焼けていない、真っ白な腕だ。


「私も手伝いますよ」


 シャロンの申し出に、青年は「ええと」と口ごもった。力仕事などできそうにない風貌だから、戸惑うのもしかたがない。


「彼は、見た目ほど(やわ)ではありませんよ」


 苦笑するスイのお墨付きを得て、「じゃあ、お願いします」と青年は言った。ただ、彼の顔はまだ不安気だ。彼女が医師団の団長であることを知らないのだから、当然のことかもしれない。


 彼の様子にお構いなく、スイは青年に話しかける。


「その間に、私は鑑定の準備をしておきましょう。部屋をお借りしても、よろしいですか?」


「あ、はい。こちらに、どうぞ」


 青年は戸惑いながらも、スイを家の中へ案内する。


 シャロンと青年の弟とが交代し、弟が水を飲みに井戸へ向かう中、ライカは「レオ」と声を掛けた。


「おまえは一旦、城に戻れ」


 ライカの言葉に、レオは眉を吊り上げた。


 力仕事も遺体鑑定も、レオの専門外だ。役立たずだから戻れ、と言われれば、どれだけ悔しくても納得したかもしれない。


 しかし、ライカの言葉の真意はそこに無いことを、レオは察していた。


「私は、王家を守護する家門の出ですよ? 殿下の盾になるのはもちろんのこと、戦場にだって命じられれば身を投げ出す覚悟でいるんです。その時になれば、死体をいくつも見ることになるでしょう。お気遣いは無用です」


 これが、ライカなりの優しさなのだということは、わかった。でも、レオは引きたくなかった。


(騎士団には、私と同じ年頃の子だって、いくらでもいる。スイさんだって、シャロンさんだって、私と同じ年齢の頃から医師団で働いていた。それなのに、なんで私だけ? べつに、遺体が見たいわけじゃない。ただ、仕事を投げ出したくない)


 レオとライカは、睨みあった。互いに瞬きはせず、一歩も引かない。


 しかし、数分の後に、ライカがため息を吐いた。


「わかった。と言いたいところだが、一つ任せたいことがある」


 ライカはローブの(たもと)から、一枚の葉っぱを取り出した。葉っぱの半分以上が、黒く焦げてしまっている。


「これを殿下にお渡しし、分析を頼んでくれ」


 リゼに頼めと言うくらいだ。ただの葉っぱではないだろう。


「これ、どうしたんですか?」


「偽医者の暖炉から拝借した」


(何を熱心に見ているかと思ったら、これだったのか)


 レオは葉っぱを受け取ると、しげしげと眺める。焦げていない部分も、しおれてしまって原形を留めていない。


「おそらく、使い切ったという薬草だろう」


「故意に燃やしたとすると、その可能性は高いですね」


「ああ。だから、より専門性の高いところに分析を頼みたいんだ。殿下の命があれば、どこの機関でも動かざるを得ないだろう。俺が頼みに行ってもいいんだが、レオの方が飛行速度が速いからな」


 確かに空を飛ぶのは好きだが、今上げることを言われても複雑な気分になるだけだ。


(ていよく追い出されてる気がする。でも、分析結果によっては証拠にもなるし、断る理由が無いな)


 レオは、何も無い空間から杖を取り出した。


「わかりました。行ってきます」


 葉っぱを腰に巻きつけた鞄の中に入れると、杖にまたがって空へと飛び上がる。


(すぐに戻ってきてやる)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ