気遣いは無用なんですけど……。
突然大声を上げた青年に、レオは言葉を止める。驚きで固まってしまったレオを見て、青年は目をそらした。
「燃やしてなんか、いません。弟と二人で、土に埋めましたから」
レオは思わず、青年の両肩を掴んだ。
「それ、本当ですかっ? どこにっ?」
「待て」
両肩を掴むレオの腕に、ライカの手が掛けられる。
「先に、医師団を連れてきた方が良いだろう。スイの部下に、遺体鑑定に詳しい人間がいたはずだ」
少しだけ、レオは冷静さを取り戻した。確かに、遺体鑑定に詳しい人間は必要だ。遺体を見たところで、レオには毒殺されたかどうかも、毒の種類も判別できない。
「わかりました。私が呼んできます」
「極力、目立たないようにしろ。偽医者に勘付かれる」
「わかっています。隠遁は得意です。心配していただかなくて結構です」
ふんっと鼻を鳴らしたレオは、周囲に水分を集めると霧を発生させた。魔法で発生させた濃霧は、術者以外の視界を遮る。
レオは念のため獣道を使って集落を迂回すると、難なく医師団の天幕群に抜けた。
急な濃霧に、外で作業をしていた団員達が驚いている。その中の一人の肩を、レオが叩いた。叩かれた団員は、飛び上がる。
「あの。驚かせてしまって、すいません。団長は今、どちらにいらっしゃいますか?」
レオは申し訳なく思いながらも、尋ねた。団員は両手で心臓の位置を抑えながら、「ご自身の天幕にいらっしゃいますよ」と答えた。
レオは礼を言って、黄色い旗が付いた天幕を見つけて中に入った。天幕の中には、スイと副団長がいた。彼等もまた、突然発生した濃霧について話し合っていたようだ。
「スイさん。ご遺体を鑑定できる方を、お借りしたいのですが」
「ああ。この霧は、あなたの魔法のせいだったんですね」
合点がいったと、スイが笑った。
「いいですよ。シャロンを呼んできてくれる?」
副団長は頭を下げると、天幕を出ていく。
「彼を呼ぶということは、焼かれてないご遺体があったんですね」
さすがに話が速い。レオは、「はい」と肯定した。
「集落より奥に牧草地があって、そこにご兄弟が住んでいるんですけど。件の医師には従わずに、父親を土葬にされたそうです。更に彼等は、疫病ではなく、毒ではないかと疑っています」
「なるほど。それでは、私もご一緒しましょう。多少なりとも、毒には心得がありますから」
スイがほほ笑んだところで、副団長がシャロンを連れて戻ってきた。
「お呼びでしょうか?」
尋ねるシャロンは、遺体どころか血を見るのもダメそうな、華奢で弱々しい青年に見える。医師団は意外にも体力勝負なところがあるが、彼は誰よりも真っ先に倒れてしまいそうだ。
「彼が、ご遺体を?」
「ええ。丁寧な仕事をしてくれますよ。シャロン。今から、現場に向かいますよ。疫病の正体が、わかるかもしれません」
「え? あ、はい。わかりました」
応じるシャロンの声は、消え入りそうなほど小さい。はたから見ると、スイが無理強いしているように見える。
(本当に大丈夫なのかな?)
レオは疑問に思いながらも、二人と共に天幕を出た。
「獣道を通りますけど、大丈夫ですか?」
気を遣うレオに、スイは笑顔でうなずいた。
「もちろんです。医師団は、必要とされているところなら、どこにでも駆けつけるものですよ」
そう言われても、レオはしばらく彼女の言葉を疑っていた。
しかし、二人は荒れた道でも、しっかりとレオの後を付いてきた。華奢なシャロンでさえ、息を切らしていない。見た目よりは、遥かに体力があるようだった。
問題なく牧草地に着いたところで、レオは霧を解いた。濃かった霧が、ゆっくりと薄れていく。
「ライカさん。お連れしましたよ」
「ご苦労」
「おかえりなさい。今、交代で掘り起こしていたところです」
ライカと青年が、水を飲んで休憩している。よく見ると、彼等の靴が土で汚れていた。交代でということは、今は青年の弟が掘っているのだろう。
「魔法で一気に、というわけには、いかないんですか?」
レオの問いに、ライカは口元を手の甲で拭った。
「正確な位置が、俺ではわからないからな。遺体を傷つけるわけにもいかないだろう」
「それも、そうですね」
魔法は便利と思われがちだが、意外と融通が利かずに不便なところがある。青年もそう思ったのか、小さく笑った。
「案内しますよ。こちらです。どうぞ」
レオ達は青年に付いて、家の裏側へと回った。ざくっ、ざくっ、という、土を掘る音が聞こえる。青年より一回り大きい男性が、土を掘っていた。
「完全に掘り出すまで、もう少し時間が掛かると思います」
青年の言葉を聞きながら、シャロンが腕をまくった。日に焼けていない、真っ白な腕だ。
「私も手伝いますよ」
シャロンの申し出に、青年は「ええと」と口ごもった。力仕事などできそうにない風貌だから、戸惑うのもしかたがない。
「彼は、見た目ほど軟ではありませんよ」
苦笑するスイのお墨付きを得て、「じゃあ、お願いします」と青年は言った。ただ、彼の顔はまだ不安気だ。彼女が医師団の団長であることを知らないのだから、当然のことかもしれない。
彼の様子にお構いなく、スイは青年に話しかける。
「その間に、私は鑑定の準備をしておきましょう。部屋をお借りしても、よろしいですか?」
「あ、はい。こちらに、どうぞ」
青年は戸惑いながらも、スイを家の中へ案内する。
シャロンと青年の弟とが交代し、弟が水を飲みに井戸へ向かう中、ライカは「レオ」と声を掛けた。
「おまえは一旦、城に戻れ」
ライカの言葉に、レオは眉を吊り上げた。
力仕事も遺体鑑定も、レオの専門外だ。役立たずだから戻れ、と言われれば、どれだけ悔しくても納得したかもしれない。
しかし、ライカの言葉の真意はそこに無いことを、レオは察していた。
「私は、王家を守護する家門の出ですよ? 殿下の盾になるのはもちろんのこと、戦場にだって命じられれば身を投げ出す覚悟でいるんです。その時になれば、死体をいくつも見ることになるでしょう。お気遣いは無用です」
これが、ライカなりの優しさなのだということは、わかった。でも、レオは引きたくなかった。
(騎士団には、私と同じ年頃の子だって、いくらでもいる。スイさんだって、シャロンさんだって、私と同じ年齢の頃から医師団で働いていた。それなのに、なんで私だけ? べつに、遺体が見たいわけじゃない。ただ、仕事を投げ出したくない)
レオとライカは、睨みあった。互いに瞬きはせず、一歩も引かない。
しかし、数分の後に、ライカがため息を吐いた。
「わかった。と言いたいところだが、一つ任せたいことがある」
ライカはローブの袂から、一枚の葉っぱを取り出した。葉っぱの半分以上が、黒く焦げてしまっている。
「これを殿下にお渡しし、分析を頼んでくれ」
リゼに頼めと言うくらいだ。ただの葉っぱではないだろう。
「これ、どうしたんですか?」
「偽医者の暖炉から拝借した」
(何を熱心に見ているかと思ったら、これだったのか)
レオは葉っぱを受け取ると、しげしげと眺める。焦げていない部分も、しおれてしまって原形を留めていない。
「おそらく、使い切ったという薬草だろう」
「故意に燃やしたとすると、その可能性は高いですね」
「ああ。だから、より専門性の高いところに分析を頼みたいんだ。殿下の命があれば、どこの機関でも動かざるを得ないだろう。俺が頼みに行ってもいいんだが、レオの方が飛行速度が速いからな」
確かに空を飛ぶのは好きだが、今上げることを言われても複雑な気分になるだけだ。
(ていよく追い出されてる気がする。でも、分析結果によっては証拠にもなるし、断る理由が無いな)
レオは、何も無い空間から杖を取り出した。
「わかりました。行ってきます」
葉っぱを腰に巻きつけた鞄の中に入れると、杖にまたがって空へと飛び上がる。
(すぐに戻ってきてやる)