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怪しい医者を揺さぶってみましょう。

 出てきたのは、頬がこけた、だんご鼻の中年の男だった。髪は後ろに撫でつけられ、ひげも剃ってあり、それなりに清潔感はある。羽織った白衣にたたみ皺が付いているのも、旅をしてきたと聞けば、そういうものかと納得はできる。


 ただ、医師団のような凛とした感じには見えない。


「これは、村長さん。後ろの方々は? 見たところ、患者さんではなさそうですが」


「彼等は、医師団のスイさんの知り合いだそうです。より腕の良いお医者様とお話がしたい、と言うので、お連れしました」


 村長の言葉に、マッシュは目と口を大きく開いた。


「腕が良いなどと。私は、各地を回りながら勉強中の身ですよ? スイ殿の方が、私などより経験がよほど豊富ですし、すばらしいお医者様ですよ」


「ご謙遜を。先ほど、スイさんともお話してきました。腕の良いお医者様だと、褒めていらっしゃいましたよ」


(嘘だけどね)


 レオは、目を細めた。ライカの視線を感じる気がするが、無視する。


「スイさんほどの腕の医師が、信頼されるのです。ぜひ、お話を聞かせていただけないでしょうか?」


 マッシュは、困ったように視線をさまよわせていた。


 おもむろにライカが、ローブの(たもと)から小さな革袋を取り出す。彼は手のひらで、袋の底を押した。チャリチャリという音がする。あえて、貨幣の音を聞かせたのだ。


「礼金も用意している」


(うん。嘘だよね)


 そう思うが、レオは笑顔を崩さず、うなずいた。マッシュは革袋に視線を留めたまま、「わかりました」と同意を示した。


(わかりやすくて助かるな)


 マッシュの口元はにやけ、締まりがない顔をしている。


 村長は、マッシュのことなど気にすることなく、「それでは、私はこれで」と頭を下げて、母屋に戻っていってしまった。


(たとえ疫病を治した人でも、村長にとっては、よそ者なんだな)


 母屋の木戸を開ける後姿を、レオは横目で見た。彼にとって、小さな村の長という役目は適任かもしれない。


「どうぞ、お入りください」


 レオ達を促すマッシュの目は、革袋に向けられたままだ。


(こっちは、医者に向いてないような気がするけど)


 レオは眉を寄せながら、離れの中に入った。 外壁は石造りだったが、内部は床や壁、天井にいたるまで、すべて木の板が貼られている。小さな集落と思えない凝った造りだが、壁を二重にすることで寒さを凌いでいるとも考えられる。


「ほう。外と中で、ずいぶんと印象が違うな。部屋の中を拝見しても?」


 ライカに見下ろされて、マッシュは肩を跳ね上げた。主に村長と革袋を見ていた彼は、改めて見たライカの鋭い目に恐怖を覚えたらしい。


「ど、どうぞ。荒らしてもらっては困りますが」


「善処する」


 ライカが断りもなく、マッシュの手首を握る。ひっ、と短い悲鳴を上げたマッシュの手に、ライカは革袋を握らせた。


「レオは、話を聞いていろ」


 レオが返事をする前に、ライカは壁へと歩いていってしまう。勝手すぎやしないか、とは思うものの、レオは止めることをしなかった。ここで問答するのは、時間の無駄だ。


 それに、外と中でがらりと印象が変わる家の造りは、レオも興味が湧いていた。ライカの興味がどれほど大きなものかは知らないが、共感はできる。


「離れの家は、一間だけなんですか?」


 室内には、机と椅子に、空の棚と寝台。飾り気のない暖炉は、鍋を置くと火にかけれる造りになっている。今は暖炉に火が入っていないものの、一部屋で食事から寝るまでの一通りのことができるようになっていた。


 一応、マッシュを客人として歓迎する証だろうか。机の上に、花が飾られている。北部の街道脇などで、よく目にする花だ。だが、赤い花が一輪でも部屋にあれば、それなりに見栄えがする。香りも良い。


 離れで過ごして数日が経つ彼は、離れの隅々まで見知っているのだろう。首を横に振って、否定した。


「いえ。一応、奥に水場があります。と言っても、水がめがあるくらいですが。この集落は、どこの家もこのような造りのようです」


「そういえば、マッシュさんは午前中に巡察されているんでしたね」


「ええ、まあ」


 へらり、とマッシュが笑った。歯並びが悪く磨きにくいのか、ところどころ黄ばんだ歯が見え隠れする。


 彼の向こうでは、ライカが熱心に暖炉を見ていた。


「何もお出しすることはできませんが、どうぞお掛けください」


 マッシュに勧められて、レオは椅子に腰かけた。ライカは、暖炉の前にしゃがみ込んでいる。


「この村で恐れられていた疫病も、医師団の到着より前に解決されたそうですね。どこかで、同じ症例に立ち会ったご経験が?」


「いいえ。たまたま、手持ちの薬草が役に立っただけのことです」


(そんなこと、あり得るのか?)


 そう思うが、けして表には出さない。


「そうなんですね。ちなみに、その薬草は、まだお持ちなのですか?」


 マッシュの表情が、わずかに硬くなる。


「いえ。今回の件で、使い切ってしまいました」


「そうですか。残念ですけど、しかたないですね。旅の途中では、数をお持ちではなかったでしょうし。患者さんの数も、多かったでしょうから」


 レオが同情したように言うと、マッシュの表情も和らいだ。


「ええ。この集落を辞した後は、一度薬草の調達に戻ろうかと思います」


「薬草の調達場所が、あるんですね」


「ええ、まあ。ですが、これは秘密です」


「それは、残念です」


(薬草を持ち帰るのは難しいか)


 レオは内心で舌打ちをするが、粘って機嫌を損ねるわけにもいかない。まだ、聞くことはある。


「そういえば、この集落では本来、土葬がしきたりだと聞いたのですが。今回は、火葬を指示されたそうですね」


 再び、マッシュの表情が強張る。


「え、ええ。まだ体に、病原菌が残っているかもしれませんから」


「確かに。遺体から、更に他の人へ感染する可能性も、絶対に無いとは言えませんもんね。さすが、ご立派なお医者様は、後々のことまで考えていらっしゃるんですね」


 レオが笑顔で言うと、マッシュもまた表情を和らげた。


「そ、そうなんですよ」


(もう少し、揺さぶりをかけても大丈夫かな)


 レオはマッシュの様子をうかがいながら、口を開く。


「質問続きで申し訳ないのですが。今回の疫病の症状は、どのようなものだったのですか?」


「好奇心旺盛なお嬢さんですね」


 マッシュの眉尻が、困ったように下がる。しかし、不快なわけではなさそうだ。


「主な症状は、嘔吐でした。発熱に加え、痙攣(けいれん)を起こす者もいました。呼吸困難に陥ると、死に至る確率が跳ね上がるようでした」


「吐しゃ物によって、病が広がる可能性がありますね」


「ええ。いかに触らず処理するかも重要で」


 マッシュが話す途中で、戸を叩く音がした。次いで、「急患です。診ていただけませんか?」という、村長の声がする。


「お忙しいですね」


「これでも、減った方ですよ。医者など、暇な方が良いんですけどね」


 苦笑いを浮かべるマッシュに、レオは「そうですね」と同意する。


「ライカさん。邪魔になってもいけませんから、私達は失礼しましょう」


 ライカは、なぜか空の棚を眺めては、棚板を指で触っていた。レオの声に振り返ると、「わかった」と一言だけ返した。


「マッシュさん。お話を聞かせていただき、ありがとうございました」


 レオが立ち上がると、ライカも彼女の隣りに並んだ。


「もし、また機会があったら、続きをお聞かせください」


 レオはそれだけを言いおいて、外に出た。次いで、ライカも言葉なく離れを出る。戸口の脇で待っていた村長と子供が、すぐに離れの中へと入った。


 ちらりと横目で見えた子供は、肘を押さえながら、泣きべそをかいていた。顔色自体は、悪くない。その辺りで転んで、肘を擦りむいたのだろう。


「急患、というほどのことでも、なさそうですけどね」


 離れの戸が閉まったところで、レオは口にした。


「この集落には、医者というものがいないようだ。少しのことでも頼ることで、集落に繋ぎとめておきたいのだろう」


 ライカの言葉に、レオは肩をすくめる。


「そういうものなんですか? あまりに過ぎると、逃げてしまいそうですけどね。偽医者だから、特に」

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