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次の任務です。まずは、医師団団長の話を聞きに行きましょう。

 国境沿いを走る山脈の頭は、薄っすらと白くなっている。上空にいると、ローブの下に着こんでいても寒い。フードを目深にかぶり、風で後ろにいかないよう紐でしばっている。それでも容赦なく吹く風は、レオの頬や鼻を冷やした。


 杖にまたがるレオの遥か下には、小さな集落があった。森林が高い山々に抱かれるようにあり、集落は更にその中にある。


 集落には、ぽつぽつと石造りの屋根が見える。火の見櫓を中心とした小さな広場があり、集落の外れに畑と牧草地と思われる森林を切り開いた平地もあった。


 集落から少し離れた森林の中に、布張りの屋根も五つほど見えた。城から派遣された医師団の天幕だ。医師団の天幕は全面白地で統一され、団長が寝泊りに使用する天幕にだけ鮮やかな黄色い旗が立てられている。上空から見ても、旗は目を引いた。


「今回の目的地に、間違いなさそうですね」


 寒さで、息がほんのりと白く染まる。


 レオは手を震わせながらも、地図と集落とを見比べた。あまりに小さな集落は、地図にもその名が記されていない。イートミール村というらしいが、この国のほとんどの人が、どこにあるのかさえ知らないだろう。


 たとえ世に知られぬ村に派遣されたとしても、仕事を任されたことに変わりはない。レオの胸には緊張感と、ほんの少しの高揚感。そして、残念な気持ちがあった。


「そうだが。いつまでも根に持つな。二人行動が決まりだ」


 ライカに気持ちを見透かされて、思わずレオはむっと眉を寄せる。


「わかってますよ。たとえ一人が潰れたとしても、残る一人でやり遂げるためでしょう? 基本中の基本です」


「理解していればいい」


 ライカは今日も、無表情だ。寒さで体を縮こませることも、声が震えることもない。


(感覚があるのか、この男? そもそも、なんで今回も、この男と一緒なの? 別の人に変えてくれたっていいのに)


 リゼの手足となって動く人間は、レオとライカの二人だけではない。他に、もっとレオとの相性が良い人もいるはずだ。


 それなのに、リゼは交代を言い渡すでもなく、笑顔で二人を送り出したのだ。


「殿下は、いったい何をお考えなのでしょうか? 私の得意魔法は、水に氷。ライカさんは火炎。相性最悪だと思うんですよね」


「初めて顔合わせした時は、補い合えたら嬉しい、と言っていなかったか?」


(覚えてるんだ)


 レオは驚きつつ、目を逸らした。「はあ、そうでしたっけ」と、あたかも気のないように思える返事だけをする。


(だとしても、人の仕事の成果をとったことに変わりないし)


 ぎりり、と奥歯を噛みしめる。思い出し怒りは不毛だが、こみ上げてくるものはしかたがない。


「ところで、そろそろ下に降りないか。医師団の団長に会おう」


 そう提案するライカの声は、いつも通りの響きだ。レオの様子など、意に介していないのだろう。


「はい。そおですね」


 レオは顔をぶすっとさせたまま、杖の高度を下げていく。地上に降りると杖を消して、さっさと歩きだした。振り向きはせずとも、足音でライカが付いてくるのがわかる。レオよりも体重が重い分、踏みしめる音も少しだけ大きい。


(まあ、今回は私としゃべる気もあるみたいだし。前回よりは、マシか)


 少しでも前向きに考えなければ、やっていられない。溜息を吐くと、真顔に戻した。憮然とした表情で、医師団の団長に会うわけにもいかない。団長は、レオの事情など知らないのだ。


 天幕の外で動く医師団の団員達は、みんな忙しそうだった。器具や布類を運ぶ者に、それらを煮沸消毒をする者。煮沸消毒をした布を魔法で乾かし、器具を拭く者。衣服や寝具を洗う者。団員達の食事を用意する者。


 各地へ派遣されることに慣れている彼等は、細かに役割分担をし、卒なくこなしていく。彼等の動きは手早いが、かといって慌てた様子も見られない。


「すいません。団長にお会いしたいんですけど、どちらにいらっしゃいますか?」


 団員の一人を引き留めて、尋ねる。交代で寝ている可能性もあるし、村を訪れていることも考えられる。しかし、返ってきた答えは、そのどちらでもなかった。


「一番奥の大きな天幕の中にいらっしゃいますよ」


 団員は、嫌な顔一つせず教えてくれた。切羽詰まっていない証拠だろう。


 レオは礼を言うと、奥の天幕を目指した。相変わらず、ライカは無言のまま付いてくる。今回は、レオに任せてくれるつもりだろうか。


(いや。また、いいところだけ持っていくつもりかも)


 レオは、ぶんぶんと頭を横に振って、天幕の中へ入った。


 途端に、消毒と薬草の匂いが、強く鼻についた。ゴリゴリという、薬草をすり潰す音が小さく聞こえている。簡易の寝台が十台以上も並べられているが、使用中のものは無かった。


「スイ団長は、いらっしゃいますか?」


「ここに、おりますよ」


 レオが尋ねると、天幕の隅で話し込んでいた五人の内の一人が、手を挙げた。同時に、すり潰す音も止まる。調合の相談でもしていたのかもしれない。


 団長のスイは、細目の美人だ。長い髪を、後ろで一括りにしている。医師団は城の医療も一手に引き受けているため、レオも何度か彼女の世話になっていた。


「王太子殿下のご命令により、集落の視察に参りました」


「ええ。先に、知らせをいただいております」


 スイが立ち上がると、他の四人はすり鉢を手に天幕を出ていった。入れ替わるように、レオとライカが椅子に座る。出ていった内の一人が、三人分の茶を運んできてくれた。


 彼が出ていった後、レオはさっそく茶を口に含んだ。薬草も入っているのか、ほろ苦さと酸味のある独特な味がする。


「申し訳ありません。外に出る時は、お茶に整腸剤を入れているんです」


 レオの表情の変化に気付いたのか、スイは困ったように笑った。レオの隣りで、ライカは無味の水のように一気に茶を飲み干している。


「なるほど。まずいな」


(この男に、気遣いとか無いのかな?)


 レオは、ライカに呆れた目を向けた。彼は気にせず、口を開く。


「報告の通り、既に疫病は治まっているようだな」


 ライカの言葉に、スイは「ええ」と肯定した。


「この村で、次々と人が死んでいる。そう報告を受け、会議の結果、我々医師団が派遣されました。ですが、私達が到着した時には既に、ほぼ治まっていたのです」


「城にも、そのように報告されていましたね」


 レオは懐から紙を取り出し、視線を落とす。


「医師団が到着する前に、一人の医師が、薬草を使って治療した。なんでも偶然、集落を訪れたとか」


 紙の上半分には、医師団からの報告の書写。下半分には、第五部隊による報告が書き込まれている。上半分は書写を仕事にしている者の字だが、下半分は第五部隊の誰かの直筆だろうか。字の癖が強くて、読みづらい。


 上下の内容は、ほぼ同じだ。医師団が到着する前に、医師が現れたこと。医師が、村人を治したこと。現在は、後遺症と思われる患者を、医師と医師団が協力して診ていること。


「後遺症の患者を診ているんですか? それにしては、少ないような」


 レオは、使われていない寝台に視線を向けた。


(まあ、必ずしも寝台が必要とは限らないけど)


 スイに視線を戻すと、彼女は苦笑いを浮かべていた。


「後遺症の患者は、(くだん)の医師が診ています。我々のところに来る患者は、ケガをした者や風邪の初期症状、食当たりなどですね。疫病に関することは、治した医師の方が信頼されるようです」


「そうですか」


 レオなら、迷いなく医師団を訪ねるだろう。しかし、それはスイの腕を知っているからだ。


 集落の人々は、医師団の腕を知らない。偶然訪れた医師が疫病を治したという事実がある以上、彼に信頼が傾くのは当然と言える。


「もう一つ、お聞きしたいのですが。第五部隊からの報告では、葬儀についても書かれています」


 上下でほぼ同じ文章ではあるが、下には更に一文、付け加えられている。


「村では土葬がしきたりとなっているが、今回は火葬が行われた。医師団が到着した時には、葬儀も既に?」


「はい。我々は、ご遺体も見ておりません」


「疫病ですから、迅速に遺体を処理した、ということでしょうか?」


「おそらくは。ご遺体に、病原菌が残っている可能性がありますので。致死率の高い疫病では特に、我々も気を遣います」


「もっともそうに聞こえるがな」


 レオは、ちらりとライカを見た。彼の表情に、大きな変化は見られない。

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