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王太子殿下の魔術師 ―氷と炎は相容れないと思います―  作者: 朝羽岬
第一章 氷の魔術師と炎の魔術師
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初手柄! ……のはずだったのに。

「裏側かっ」


 レオはすぐさま杖にまたがり、空へ飛び立つ。


 広場を越え、集合住宅も越えると、裏通りは土煙が舞っていた。その中を走り去る男と、彼を追うエストの姿が見える。


「エストさんっ」


 レオが杖の高度を下げると、エストが振り返った。


「男は、壁を突き破って逃走を開始しました。得意魔法は、土。魔術師としては、並みか、それ以下でしょう。体格は、中肉中背。黒髪に、白髪混じりの男です。上着は黒。下は灰色。ローブは羽織っていません。首から、白い札をぶら下げています」


 エストは、早口で男の特徴を述べた。邂逅(かいこう)したのは短時間だったはずだが、よく見ている。騎士団の中で、経験を積んだだけのことはある。


 だが今は、感心している場合ではない。


「わかりました。私は、上から追跡します」 レオは再び、杖の高度を上げた。上空からだと、逃げる男の足取りがよくわかる。彼は、エストよりも足が速いようだ。男とエストの差が、徐々に開いている。


 しかし、分岐点ごとに騎士団が現れ、逃げ道は一本しか用意されていない。


 やがて男は、エストが狙う第六区画の裏通りへと逃げ込んだ。事前に聞いていた通り、両側には五階建ての建物が隙間なく並び、窓はおろか裏口すら無い。後ろからエストが追っていることはわかっているから、彼は前か上に逃げるしかない。


 だが、彼の前方に、四人の騎士が現れる。男は怯むことなく走ると、壁に魔法で足場を作り、彼等を飛び越えようとする。


「させるかっ」


 レオは、一気に急降下した。狭い場所では、杖はかえって邪魔になる。多少威力は落ちるものの、杖が無くても魔法は使える。杖をしまうと、壁に氷の足場を次々に作り、蹴って飛ぶ。


 男も同じように、土の足場を作って飛んでいるが、足場を作る速度はレオの方が上だ。その分だけ、走る速度もレオの方が速くなる。


 逃げる男との距離が縮まる。


(いける)


 レオは、ニヤリと笑った。


 男が振り向きざま、小刀を投げてくる。レオは咄嗟(とっさ)に、指先に魔力を集めた。


 氷の(つぶて)を作り出し、小刀に向けて放つ。小刀に礫が当たり、軌道が変わる。ケガをすることもなく、難なく男を捕える……はずだった。


 突然、レオの首根っこを掴む者がいた。


「ぐええっ」


 レオは潰れたカエルのような声を、喉から発した。何が起こったか理解する間もなく、後ろに引かれ、地面に転がる。


(仲間がいたのか?)


 喉を擦りながらも、すぐさま上体を起こす。


 いたのは、男の仲間ではなかった。味方のはずの青銀髪の魔術師だ。


 黒いローブを羽織った広い背中を見て、レオは目を見開いた。


「ちょっと、何す」


 目の前に立つ男の手から、ごうっという音と共に、火柱が走る。火柱は男を円状に囲みこんで、逃げ場をなくした。ライカを挟んでいても熱を感じるのだ。円の内側にいる男は、たまったものではないだろう。


「男の身柄は、確保した」


 駆け寄ってきた騎士団に、抑揚の無い低い声でライカが言う。


「わ、私の手柄がっ」


 座り込んだまま、レオはわなわなと体を震わせた。そんな彼女に、ライカが手を差し出す。ただ、何の言葉も掛けはしない。顔も、無表情のままだ。


「必要ありません」


 レオは立ち上がると、ライカに背を向けて、ローブの裾を払った。


(いいとこだけ来て。何なの、この男は)


 腹立たしさと、やるせなさが、交互にレオの胃のあたりに沸き起こってくる。


 その後、エストにどのような声を掛けられたのかも、どうやって城に帰ったのかも、レオはまるで覚えていなかった。




 明るい室内に、男の低い声が流れ続けている。


(こんなに長々と話せるんだ)


 窓の外を眺めながら、レオはそんなことを考えていた。ああ、いい天気だな、とも。


 王太子の執務室から見上げる空は、今日も澄み渡っている。床から天井まである窓は開けられていて、涼やかな風が、花の甘い匂いを運んでくる。


(あの風の中を飛べたら、気持ちいいだろうな)


 レオは、自身が空を飛ぶ姿を思い描いた。それだけで、暗い気分も晴れていくような気がする。


「報告は、以上だ」


(どこまで飛ぼうかな。久々に、西の国境まで行くのもいいかも)


「うん。ご苦労様」


(ただ、気分のまま飛ぶのもいいかも。あの雲を追いかけてみるとか)


「ところで、レオ」


「は、はいっ?」


 流れる雲に思いを馳せていたレオは、急に名前を呼ばれて、肩を跳ね上げた。


 一気に、現実に戻された。レオは清々しい空の上ではなく、執務室の中にいる。苦笑するリゼとオーリス。戸惑いが隠せていないエスト。呆れた目を向けるライカ。


 また、レオの気持ちが沈んだ。


「何を、そんなに拗ねているのかな?」


「べ、つに。拗ねてなど、おりませんが」


 そう言いながらも、レオはリゼから視線を逸らしてしまう。拗ねている、と言っているようなものだ。


「手柄をとられた、とでも思っているのだろう」


(いや、実際にとったんでしょうがっ)


 レオは、隣りに座る男を睨み上げた。横腹に鉄拳を食らわせてやりたくなるが、寸でのところで我慢する。ライカは、無駄に体格がいい。痛い思いをするのは、レオの方だ。


「心配することはないよ」


 諭すような優しい声音に、レオは再びリゼを見た。


「君の活躍も、エストから報告を受けている。男を瞬時に追い詰めた、と」


リゼの言葉に、エストが「ええ」と肯定した。


「あの時、上空から追われたのは正解でした。あの男は、上にいるレオ殿に気付いておらず、まるで警戒しておりませんでした。だからこそ、行く手に騎士団が現れると、上に逃げる選択をしたのです」


満足げに、リゼはうなずいた。


「君の活躍は、僕も誇らしく思うよ。でもね、レオ」


 そこで急に、リゼの声が低くなった。機嫌が悪い時や、怒っている時のものだ。


「危ういところだった、とも、ライカから聞いている。助けに入らなければ、ケガをするところだったんだって?」


「ぬなっ」


 レオは、再度ライカを睨み上げた。彼は無言のまま、窓の外を見ている。


(素知らぬ振りは、できるのかっ)


 レオはこぶしを握り締めながら、もう一度、リゼに向き直った。


「あのくらいであれば、簡単に対処できます。あの時だって、危険は回避できていました。あとは捕まえるだけだったのに、この男が」


「レオ」


 レオは、ぴたりと言葉を止めた。リゼの目が、笑っていない。


 リゼは、滅多に怒らない。その分だけ、怒った時のリゼは、レオに寒気をもたらす。それはオーリスも同じなのか、自身が怒られているわけでもないのに、身を固くしていた。


「僕は、幼馴染として兄妹のように育った君に、ケガなんてしてほしくないんだ」


 怒っているはずなのに、リゼは温かい言葉をくれる。ありがたいが、受け取るわけにはいかない。


 レオは屹然(きつぜん)と、リゼの目を見返した。


「ですが、私の家は」


「うん。代々、我が王家の守護を務めてくれているよね。でも、ケガをしていい理由にはならないな。僕に長く仕えたいと願うなら、尚更だ」


 リゼの目が、今度は心配だと語っている。リゼは王太子という立場もあってか、口から出る言葉より、目で本音を語っていることが多い。幼い頃から付き合いがあるレオには、よくわかる。


 レオは、頭を下げた。


「申し訳、ございませんでした」


「うん。ただ、勘違いはしないでほしいんだ。僕は、レオを心配しているけど、信じてもいるんだ。さっそくだけど、次の仕事を任されてくれないかな?」


「はいっ。何でしょうかっ? 何でも、お申しつけくださいっ」


 勢いよく顔を上げたレオは、目を輝かせる。


 リゼは一瞬だけ目を丸くした後、苦笑を浮かべた。

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