猫化の呪いを解く方法は、『王子と姫』だそうです。
城の中庭の一角には、温室が設けられている。温度と湿度は一定に管理され、夜でもほのかに明るい。観賞用の木や花ももちろんあるが、多くは薬として使用されている。常時何かしらの花が咲き、実を付けていた。
レオは温室特有の温度と湿度とを肌に感じながら、ゆっくりと歩いていく。事前に、オーリスにリゼがいることは確認済みだった。
温室は、基本的には医師団が管理している。だが、たまに王族も世話をしに来るらしい。今、花と向き合っているリゼも、ハサミを手にしていた。
「リゼ」
声を掛けると、リゼは立ち上がって振り向いた。
「やあ、レオ。もう歩いても、大丈夫なのかい?」
「うん。ようやく、お許しが出たよ」
リゼの傍に、レオは歩み寄った。
「起きてから、ずーっと父上と兄上に代わる代わるお説教されたんだよ。まあ、褒められもしたんだけどね」
レオは、盛大にため息を吐いた。
「起きてる時間のほとんどを、お説教か『寝てろ』で耳が埋まるんだから、参っちゃうよ」
はははっと、リゼは声を出して笑った。
「それだけ心配したってことだよ。僕だって、すごく心配したんだから」
「うん。薬草茶、リゼが摘んでくれたんだってね。ありがとう」
枯渇した魔力は、何もしなくても自然に回復はする。しかし、回復を促す効能がある薬草を使えば、回復速度は上がる。
目覚めてからのレオは、朝と夜に欠かさず薬草茶を飲まされていた。その内の数回は、リゼが自ら摘んだ物だと、スイが教えてくれたのだ。
礼を言うと、リゼは苦笑した。
「これくらいしか、してあげられることがなかっただけだよ」
「充分だよ。普通は、王太子自ら部下のために薬草を摘むとか、ありえないからね」
「そうかもしれないね。レオだからこそ、かな」
リゼはハサミで切った花を、レオに手渡した。今夜の薬草茶の材料だろう。
「リベルグのことは、まだ何も聞いてないんだけど。あれから、どうなったの?」
リゼが歩きだしたので、レオも付いていく。レオを気遣ってか、リゼの歩行速度はいつもより遅い。
「香のおかげで、無事に呪いは解けたよ。蘇生された人々は土にかえり、幻覚作用のせいで狂暴化した人々は我に返った。宗祖を返せ、と武器を振り回す信者もいたけどね。すべて捕まえたよ。狂暴化した人達には精神的に治療が必要だし、住民達の間で摩擦もあるみたいだけど。とりあえずは、落ち着いたかな。リベルグだけでなく、他の都市も似たような感じだね」
温室の奥には、長椅子が用意されている。管理時の休憩用のものだ。リゼに促されて、レオは腰掛けた。
「ただ、今回、信者は貧しい人達に偏っていただろう? この件については、僕達王家の人間や各都市の市長達にも問題がある。僕達は、あまりにも彼等を放置しすぎてしまった。このままでは、またマドニ教のようなものが現れれば同じことになるし、暴動が起きてもおかしくはない。僕達は真摯に、彼等に向き合っていかなければならないんだ」
リゼは、いつだって国を思い、だからこそレオ達を動かしている。だが今は、いつも以上に、声に熱がこもっていた。
「私も協力するよ。リゼが私を思ってくれるように、私だってリゼの力になりたいんだから」
「ありがとう。でも、ほどほどにして欲しいかな」
「なんで?」
「宗祖が、いたくレオを気に入ってしまっていてね。看守が嘆いていたよ。お嬢さんに会わせてくださいって、毎日うるさいらしくて。魔法封じの牢に入れてあるから、脱走する心配はないのが幸いだけど」
「あんな人に、気に入られてもな」
レオは、眉間に皺を寄せた。人から好かれるのは、良いことのはずだ。それなのに、寄せられる相手が彼かと思うと、嬉しいと感じることができなかった。
「気に入るといえばね、レオ。僕は、ライカのことも複雑に思っているんだよ」
困ったような表情を見せるリゼに、レオはきょとんとする。
「複雑って、どういうこと?」
「あんな公の場で、口づけするなんて」
ぎょっとしたレオは、ぶんぶんと勢いよく首を横に振った。
「ちがっ。あれは、賭けだったのっ。呪いを解かないと操られたままだったから、必死だったのっ。サガンさんから、ライカさんにとっての『お姫様』であればいいって聞いて。私、ライカさんと組んでから、かばってもらってたから。いけるかもしれないって思って。それに、口づけって言っても、鼻の頭だからねっ」
「レオは、そういうつもりだったと思うよ。でも、油断はできない」
「油断って。そんな、敵じゃないんだから」
「いいや。レオは、何にもわかってない」
ずいっと、リゼはレオに顔を近付ける。
「いいかい、レオ。例えば、騎士は姫を護衛するものだよね? 騎士にとって、姫は文字通り『お姫様』なわけだ。レオが考えているのは、いわば守る対象のことだろう?」
「うん、そうだね」
「でも、今回のライカにとっての『お姫様』とは、守る対象というわけではないんだ。レオが寝ている間に、宗祖が猫化の呪いの解除方法を話したんだけどね」
レオは、目を丸くした。彼が素直に解除方法を教えるとは、思ってもみなかったのだ。
「そうなんだ。呪いの解除方法って、何だったの?」
「王子と姫」
「お、王子と姫? どういうこと? リゼの口づけが必要ってこと?」
困惑するレオに、リゼは嫌そうに眉を寄せた。
「ごめん。端的に言い過ぎた。今のは、あくまで宗祖が言った例えだよ。ライカが王子だったとしてってこと。お互いが想いをよせ」
「殿下」
植物の陰からライカが現れて、リゼは言葉を止めた。ライカの姿を見て、レオは瞬く。
「あれ? ライカさん、猫の姿に戻っちゃったんですか?」
「ああ。日が昇っている時は人の姿だが、沈めば猫に戻ってしまうらしい」
レオは、温室のガラスの向こう側を見た。自室を出た時は、まだ夕刻に差し掛かるくらいの時間だった。しかし今は、空がだいぶ暗くなっている。
「そうなんですね。私が、本物のお姫様じゃないから、中途半端な状態になってしまっているんですね。やっぱり、お姫様を探しに行きませんか? それとも、殿下に口づけしてもらった方が」
ライカが、ジロリとリゼを見た。
「いったい、何を吹き込まれた?」
「ああ、いや。宗祖に聞いた言葉を、そっくりそのまま伝えてしまっただけだ。僕は、ライカに口づけする気はないから、安心してほしい」
「そんなこと言って。ライカさんが、このままでもいいんですか? この世には、協力的な王子様もいるはずです。やっぱり、探しに行きましょう?」
頬を膨らますレオに、ライカは長い息を吐いた。
「いや。しばらくは、このままでいる。まだ、どこかにマドニ教の信者が潜み、何かを企んでいるかもしれないからな。落ち着くまでは、城から離れない方がいいだろう。それに」
ライカは、横を向いた。
「そのうち王子と姫の意味がわかり、完全に呪いが解ける日が来るかもしれない」
「そんな日が来てたまるかっ」
急に叫んだリゼに、レオは目を見開いた。
「リゼ? 何言ってるの? 猫のままじゃ、ダメでしょ」
「もちろん、呪いは解除しないといけないよ。でも、今のは、そういう意味じゃないんだ」
「どういう意味なの?」
「レオは、知らなくていい。まったく。やっぱり油断ならないな。レオとは、他の者を組ませた方が」
ジト目でライカを見下ろしながら、ぶつぶつと呟くリゼの言葉に、レオは「ええっ」と声を上げた。
「そんな。ようやく対等って認めてもらえたのに。ううん。魔力枯れしたから、対等とは言えないかもしれないけど。でも、もっと努力するし」
「対等どころじゃなくなるから、ダメなんだよ」
リゼの言葉に、レオは困惑するばかりだ。ライカは呆れた顔をして、レオとリゼを交互に見上げている。
「私の魔力が強くなると困るの?」
「いや、そうじゃなくて」
意味がわからないままのレオと、「育て方を間違えた」と頭を抱えるリゼの問答は、オーリスがリゼを呼びに来るまで続いたのだった。
王太子殿下の魔術師 ―氷と炎は相容れないと思います― ≪完≫




