きっと大丈夫。私は、ライカさんの『対』ですから!
「絶対に、炙りだしてやる。レオ、香の煙を」
「え? 煙ですか?」
レオは戸惑いながらも、煙の中に手を突っ込んで、増幅させる。
「まだ距離がありますけど、どうするんですか?」
「こうするんだよ」
ライカも煙を増幅させると、レオが増幅させたものと合わせる。すると、最北の見張り台を助けた蛇よりも、更に二倍の太さがある大蛇ができあがった。
煙の大蛇は上空をはい、信者達が守る建物に巻きついていく。信者達が慌てて大蛇をどかそうと試みるが、煙でできているのだ。掴みようがない。布で仰いだところで、すぐに形を戻してしまう。
信者達が混乱している間に、騎士団が動いた。魔法が使えない者は、次々に信者達を捕らえていく。魔法が使える者は香を焚き上げ、煙を増幅させていった。
リベルグの街全体が、徐々に煙に支配されていく。レオは、ローブの袖で口元を覆った。
「香りは良いですけど、ちょっと煙たいですね」
「それが狙いだ。レオとの初の任務でも、使った手だがな」
突如、大蛇が巻きついた建物の三階部分から突風が吹いた。大蛇の体の一部に、穴が開く。
隙間から、杖にまたがった宗祖が飛び出してきた。彼はレオとライカの姿を目にして、動きを止める。
「くっ。また、お嬢さん方ですか」
宗祖は、何度も咳込んだ。煙にいぶされて、逃げ出してきたらしい。
「今回は、騎士団もいます。絶対に、逃がしませんよ」
「俺の姿も、戻してもらおうか」
宗祖は涙目になりながらも、ライカを見た。
「その姿、お気に召されませんでしたか? 残念です」
「召すわけないだろうがっ」
毛を逆立てるライカのローブを、レオが引っ張って止めた。
「挑発には乗りませんよ」
「今、乗りかけていらっしゃいましたけどね」
宗祖が半笑いで、ライカを見る。ライカは尚も、鋭い目を彼に向けている。
「まあ、いいでしょう」
宗祖は、肩を竦めた。
「それより、あなた方は悲しいことをなさいますね。この香で、街中の死者達が土にかえってしまったことでしょう。蘇生した人間と再会できて、信者達は喜んでいたというのに」
レオは、宗祖を睨んだ。
「そういう、同情を誘うような話にも乗りません。蘇生した人間や幻覚作用を施した人間に、呪いを掛けましたよね? 彼等に、人を襲わせたのは誰ですか? 真に悲しい行為をしているのは、あなたの方じゃないですか」
「私の行為を理解していただけないとは。本当に、残念です」
宗祖は、首を横に振った。それから、ぽんっと一度手を打った。
「そういえば一つ、言い忘れていたことがありました」
ほほ笑んだ宗祖は、魔法石を取り出した。
「呪いの効果があるのは、蘇生した人間や、幻覚作用を施した人間だけではありません」
青い石が、怪しく光だす。すると、ライカがまたがる杖の先が、レオに向いた。二本の前足も、彼女に向けられる。
「私が呪いを掛けた人間もまた、同様の効果を示すのですよ」
「レオ。逃げろっ」
二本の前足から、火球が現れる。火球は、レオの体を楽に飲み込めるほど、大きく膨れ上がっていく。
レオは、杖を後退させた。まだ組まされて半年も経っていないが、ライカがこれほどの魔法を使うところを見たことが無い。今までの間ずっと、対象物以外に延焼しないように調節していたことがわかる。
「街ごと、灰におなりなさい」
宗祖が、笑った。おおよそ、人から崇められるに値する人間の笑みではなかった。彼が本当に神に仕えているのだとしたら、神は神でも邪神だろう。
火球が、ライカの前足から、徐々に離れていく。進みは、ゆっくりだ。避けることなど容易い。
しかし、レオが避けるわけにはいかなかった。背後には、リベルグの中心部がある。火球を消さなければ、壊滅的な被害が出てしまう。
「レオッ」
口だけは、自由に動かせるらしい。ライカが、焦ったように呼ぶ。
「魔術を使える者達は至急、火球に対処せよっ」
下から、リゼの命が飛んだ。すぐに火球の両側から、騎士団が水や氷の魔法で攻撃する。しかし、火の勢いは収まらない。
(手加減無しのライカさんが、こんなに強いだなんて。どうすれば、みんな助かる? 何か、方法が……あった)
レオはローブのポケットから、魔法石を取り出した。ネズミ退治のために、特別に借りたものだ。結局は使わずに、返し忘れていた。
「そのような小さな魔法石で、どうするおつもりです?」
宗祖が、あざ笑う。借りた魔法石は、彼が持つ物よりも小さい。簡単に、手の中に収まってしまう。
(でも、大丈夫。きっと、いける)
レオは、火球に向かって手を伸ばした。
「私は、ライカさんの対ですっ」
手の中の物が、増幅する。片手では持てなくなり、両手で抱え直した。
「一方的に守られるだけの存在には、なりたくないんですっ」
青い石が、光る。石に、火球が吸い込まれていく。
レオの手には、薄い水の膜が張ってある。やけどを防ぐためだ。おかげで、熱さは感じない。
やがて石は、火球を吸い込みつくした。火球を飲み込んだはずなのに、石は熱を持っていない。色も、涼やかな青のままだ。
ふうっと息を吐くレオを、宗祖が興味深げに見ていた。
「まさか、魔法石自体を増幅させるとは。やはり呪いを掛けるなら、あなたの方が良かった。あなたを操れたなら、どんなにかおもしろいことができたでしょう。実に、残念です。しかし、こうしてあなたと遊ぶのも、また一興。さて次は、どうしましょうね」
レオは魔法石を腰に巻き付けた布鞄の中に突っ込むと、ライカの元に飛んだ。次の手を、宗祖に打たせるわけにはいかない。
(でも、これは賭けだ)
失敗したら、ものすごく恥ずかしい。でも、やってみるしかない、と心に決める。
「すいません、ライカさん」
レオは杖から手を離して、ライカに抱き着いた。
(ほんっとーに、ごめんなさい)
謝りながら、レオはライカの鼻の頭に口づけを落とす。
「あの、私は、姫でも何でもないんですけど。代わりに魔力を込めてみたんですけど。あ、ちゃんと口は避けましたよ。でも、やっぱりダメかも」
早口でまくしたてていると、ライカの顔から毛が無くなっていった。徐々に体が大きくなり、比例して服やローブも伸びる。
成功して安心した途端に、レオの杖がぐらついた。それを、ライカの手が掴んで支える。筋張って指の長い、人の手だった。
「でかした、レオ。これで、操られることもない」
ライカが、会心の笑顔を見せる。対して宗祖は、怒りと賞賛、無念さを混ぜたような、複雑な表情を浮かべていた。
「本当に、残念でなりません。あの時お嬢さんを、こちら側に引き込めていたなら」
「そうしたら、俺がおまえに後悔させていただけだ。レオと力が同等の『対』だからな」
ぶわっと、レオの中で嬉しさが込みあがった。レオは笑顔で、宗祖に向かって手を伸ばす。
「あなたの負けです。おとなしく、捕まってください」
氷の蔓が宗祖へと伸び、巻きついていく。更に魔術を使える騎士達が、彼等を取り囲んだ。しかし、宗祖はレオを呆然と見つめるだけで、抵抗らしい抵抗をしなかった。
レオの杖が、更にぐらつく。魔力枯れを起こしたのだ。
ライカはレオを抱き寄せると、自身の杖に移動させた。
「もう、休んでいい」
ライカが、レオの耳元でささやく。彼女の手から、杖が滑り落ちた。
レオの記憶があるのは、そこまでだった。




