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王太子殿下の魔術師 ―氷と炎は相容れないと思います―  作者: 朝羽岬
第五章 宗祖の呪いと浄化の香
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念願だった別行動、のはずなのですが。

 リベルグの街が、ぐんぐんと近付いてくる。浄化の森の集落は丸太小屋ばかりだったが、リベルグの街は石造りの建物ばかりだ。南側から街の様子が見えないようにするためだろうか。リベルグの壁より高い建物は無い。通りも狭く、入り組んでいる。街中のいたる所に、見張り台が設けられていた。


 更に近付くと、街の様子がよりよく見えるようになる。最北の見張り台の上は、年齢も性別も様々な人々がぎゅう詰めになっていた。若い男性数人が、外階段を昇って来る人間を長い棒で押している。


(仲間割れでもしているのかな?)


 眉を寄せながら、レオは更に近付いた。外階段を上ろうとする人間の顔が見える。肌は、土気色をしていた。


「あれ、蘇生された人だ」


 レオは近くの建物の屋上に降りると、袋から香炉と香を取り出した。やや遅れて、ライカも屋上に降り立つ。


「ライカさん。火を、お願いします」


 レオは香炉の中に適当に香を入れると、ライカに差しだした。ライカが、香に火をつける。すぐに、煙と共にすっきりと鼻に抜ける香りが立ちだした。


「こんなのじゃ、間に合いませんよね?」


 レオは不安気に、立ち上る煙を見た。父がパイプで吸った煙を吐き出す時と、同じほどの量しかない。焚火の方が、まだマシだ。


そんな彼女に、ライカは目を細めた。


「だからこそ、魔法があるんだろう」


 ライカは、煙に前足を突き入れた。すると、煙が膨れ上がり、巨大な蛇へと姿を変えた。煙の蛇の胴回りは、レオが三人いてようやく腕が回るほどの太さがある。


 煙の蛇はずるずると頭から地上へと落ち、見張り台に向かい、外階段を飲み込んでいく。蘇生された人々は、飲み込まれると砂に化していった。


 蛇はそのまま空へとはい伸び、霧散する。香の香りが、レオ達に降り注いだ。


「すごいです。これなら、街中に香を広めることができますね」


「だが、二人だけでは効率が悪い。第三部隊なら、魔術師が大勢いるだろう。協力を請いに行くぞ」


 ライカは香炉を一つ取り出すと、香を入れて火をつけた。


「杖に、火のついた香炉をぶら下げていけ。他にも、襲われている奴等がいるはずだ。助けながら、殿下をお探ししよう」


「わかりました」


 レオは杖の先に香炉を括りつけると、浮き上がった。数秒の後、ライカも同じように浮き上がる。


「ここからは、しばらく別行動だ。レオは、西へ行け。俺は、東を行く。殿下を見つけたら、蝶を飛ばせ。俺も、何か目印を飛ばす」


 レオはうなずくと、ライカとは逆方向に飛び始めた。念願だった一人行動のはずなのに、いざとなると緊張して、杖を掴む手に力が入り過ぎてしまう。


(しっかりしないと)


 レオは、ぺちっと軽く頬を叩いた。それから、リゼと騎士団を探すため、下を見る。


 しかし、あちらこちらで、人間と狂暴化した人々との小競り合いが起こっていた。狂暴化した人々は、容赦がない。対して、人間の中には、生前の彼等を知っている者もいるのだろう。武器を振るえず、苦戦を強いられている。


(これじゃ、リゼを探すどころじゃないよ)


 レオは指を開いたまま、煙の中に突っ込んだ。五本の煙の渦ができて、通りへと降りていく。煙の渦は、各々違う方向へと向かうだろう。ライカが作り出した蛇ほどの太さはないが、香の効果に問題はないはずだ。


 レオは、ふうっと息を吐くと、リゼ探しに戻った。


「リゼーッ。どこにいるのっ? リゼーッ」


 大声で呼びかけながら、飛び回る。騎士団の誰かが、敬称を付けなかったことを父や兄に報告するかもしれない。そうすれば、後で大目玉をくらうかもしれないが、今はそれどころではない。


 しばらくそうしていると、「レオッ」と呼ぶ声が聞こえた。リゼの声だ。


 声がした方に飛んでいくと、生きた人間同士での小競り合いが起こっていた。一方は、騎士団だ。その中にリゼの姿を見つけて、レオは高度を下げる。


「リゼ。何をやっているの? 争っている場合じゃないよね?」


「それは、そうなんだけどね」


 リゼは、困ったように眉尻を下げた。


「マドニ教の信者達に、行く手を阻まれているんだよ」


 レオは、睨み合う両者の相手側を見た。老若男女問わず、人がひしめき合っている。騎士団の数よりも、ずっと多い。


「あの人達、みんな信者なの?」


「みたいだね」


「蘇生された人達は、あの人達の縁者じゃないのかな? 大変なことになっているのに、あの人達には、わからないのかな?」


 レオだったら、父にも兄にも、もちろんリゼにも、見境なく人を襲ってほしくはない。


「彼等もまた、洗脳されているのかもしれないね」


 リゼは切なげに、信者達を見る。


「きっと彼等には、蘇った人々以上のものが、この先にあるんだよ」


 大切な人以上のものなんて、と喉まで出掛かったが、レオは止めた。妄信する人々にとって大切なものは、神であり、そして。


「この先に、宗祖がいるかもしれないってこと?」


「たぶんね」


(人を傷つけて、盾にして、何が宗祖だっ)


 レオは奥歯を噛みしめて、氷の蝶を作り出す。ライカとの約束だ。リゼを見つけた印に、空へと放った。


「リゼに一つ、お願いがあるんだ。これ、香炉と浄化の香」


 レオは袋を、リゼの前に置く。


「魔術が使える人達に、煙の拡散を手伝ってほしいの。私は、向こう側に行ってくる」


「向こう側って。宗祖を探しに、一人でかい?」


 丸くなったリゼの目を真っ直ぐに見ながら、レオはうなずいた。


「今、捕まえないと、あの人は同じことを繰り返すと思う。それに、一人じゃない」


 レオは、空を仰いだ。蝶を見つけたライカが飛んでくるのが見える。


「わかった。行っておいで」


 リゼは、柔らかく笑っている。レオも、同じように笑顔になった。


「はいっ」


 レオは杖にまたがると、上空へと浮き上がる。ライカの傍に寄ると、信者達の更に奥を指差した。


「ライカさん。向こうに、宗祖がいるみたいです」


「なんだと?」


 下にいる時は気付かなかったが、上空に出るとレオが指差す先に建物があるのがわかる。頭から白い布を被った人々が出入りし、出入り口の周りの壁だけ白く塗られている。壁面すべてを塗っている時間が無かったのだろう。


 ライカは目を細め、鋭い歯をむき出しにして笑った。

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