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王太子殿下の魔術師 ―氷と炎は相容れないと思います―  作者: 朝羽岬
第五章 宗祖の呪いと浄化の香
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浄化の香を分けてもらいましょう。

 兄が「んんん?」と唸りながら、通行証を確認する。彼の目は、輝きを増した。


「すっげー。姉ちゃん、王太子様の幼馴染なのかっ?」


「ええと、はい。そうですけど」


「よし。案内してやる」


 兄がふんぞり返ると、弟も「そうだ、あんないしてやる」と言って、同じように上体を反らした。


「はい。お願いします」


「こっちだ。付いてこい」


 兄弟は、ずんずんと元来た道を引き返し始めた。レオは、自分の通行証を見る。


「幼馴染という肩書が役に立つ日がくるとは、思いもしませんでした」


「だろうな」


 通行証をしまうと、二人は兄弟の後を追った。彼等は迷いなく、森の奥へ奥へと進んでいく。


 いくつかの分岐点を越えた後、ようやく家が見えだした。都市部と違い、全面に丸太が用いられている。


 レオの鼻でも、森や土とは違う匂いがわかるようになった。甘い香りや酸っぱい匂いに、苦みのある香り。様々な匂いが、入り混じっている。


「全部、香の匂いでしょうか?」


「たぶんな。俺には、少々きつい」


 鼻の辺りにしわを寄せたライカは、両前足で鼻の辺りを押さえている。


「父ちゃーん。城から、王太子殿下の幼馴染が来たー」


「こーんなにでっかくて、まほうが使えるネコをつれてるー」


 兄弟が、干し草を運ぶ男性に駆け寄った。男性は干し草を置くと、レオ達を振り返り見た。


「城から?」


「はい。王太子殿下のご命令で、参りました。呪いを解くための浄化の香を、いただきたいのです」


「浄化の香、ですか」


 男性は、ライカを見下ろした。


「残念ながら、猫化を解除する香は、ありませんが」


「だそうですよ。残念ですね」


 レオも、ライカを見下ろした。


「猫も重要だが、今はそれどころではないだろう。今すぐ狂暴化を止めねば、大変なことになるんだぞ」


 胡乱な目をレオに向けるライカに、男性は眉を寄せた。


「狂暴化、ですか?」


「ああ。マドニ教という新興宗教があるんだが。そこの宗祖が蘇生魔法と幻覚作用を悪用し、狂暴化の呪いを仕掛けている。現在、狂暴化した蘇生者にリベルグが襲われ、城に応援要請が出されているんだ。今後、他の街や村でも起こりうる。既に、芽がまかれている都市もあるからな」


「魔術研究機関の長、サガンさんによると、この呪いは浄化の香で解けるとのことで。分けにいただきに伺ったんです」


「そういうことですか。では、相当な量の香が要りますね」


 男性は思案気に、あごを擦った。


「わかりました。長にも掛け合い、ありったけの在庫を確保しましょう。おまえ達も、集落のみんなに声を掛けてきてくれ」


「わかった」


 仕事を任されて、嬉しいのだろう。兄弟は目を輝かせると、走っていってしまった。


「お二人は、あちらの東屋(あずまや)でお待ちください」


 言うだけ言って、男性も走り去ってしまう。残された二人は、柱と屋根と椅子だけの建物に入った。東屋の脇に井戸があり、かまどもある。かまどには薪が入れられていて、鍋と器も置かれている。誰でも沸かして飲んで良いようだ。


「研究機関や医師団の人達も、ここで待っているんでしょうか?」


「たぶんな。香の作り方は、集落内でのみ受け継がれる秘伝らしい。あまり歩き回ってほしくないんだろう」


「なるほど。それもあって、森に入るのに制限があるんですね」


 レオ達は湯を沸かして、飲みながら待つことにした。器を両手で持って手を温めながら、ゆっくりと飲む。胃の辺りが温まり、レオはほうっと息を吐いた。


「体が、あったまりますね」


「そう、だな」


 返答しながらも、ライカは眠そうに目をこすっている。レオは、口元を緩ませた。


(かわいいっ。そういえば、猫ってよく寝るんだっけ?)


「あの、ライカさん。今だったら、お昼寝しても大丈夫ですよ。これから、長丁場かもしれませんし」


「そう、だな」


 ライカは目をこすりながら、ふらふらとレオのそばに寄る。レオの太ももに頭を乗せると、目を閉じてしまった。


(こ、れは。俗に言う『ひざまくら』というやつでは?)


「あ、あの、ライカさん?」


 レオが声を掛けるが、ライカは既に穏やかな寝息を立てていた。


「寝るの、はやっ」


 頬や肩が冷気を感じる中で、ライカの頭が乗った太ももの辺りだけ、温かい。


(猫って、あったかいところが好きなんだっけ?)


 つまり、ライカはレオで暖をとることにしたのだ。かまどの前で丸まるよりは、毛が焦げる心配もなくて良いのだろう。


「リゼにもオーリスにも、やったこと無いんだけどな。まあ、いっか」


 レオは冷めかけたお湯を飲みながら、時折ライカの毛をなでる。その間、男性は文字通り、集落を走り回って浄化の香をかき集めてくれた。


 レオ達に渡されたものは、両手に抱えなければ持てない大きさの麻袋に詰め込まれた香と、十を越える香炉だった。葉や根を(いぶ)し、干した花と聖水を加えたものらしいが、詳しい材料はやはり教えてもらえない。


 香だけでも重たいが、陶器でできた香炉は更に重い。


「これを抱えて歩くのは、さすがにちょっと」


「そうでしょうな」


 男性と共にやって来た長が、うなずいた。


「特別に、森の上空の飛行許可を出しましょう。緊急事態ですからな」


「本当ですか? ありがとうございます」


 レオは、深々と頭を下げた。


「礼など、いりません。早く持っていってさしあげなさい」


「はい。飛べますか、ライカさん?」


「問題ない」


 ライカは気まずそうにレオから目をそらしながら、答えた。眠っていたライカを起こした時、すぐに状況を察した彼は、文字通り飛び起きたのだ。


 ヒゲをピンと張り、目を皿のように開けて、「す、すまない」と口にしたライカを思い出して、レオは笑った。


「私は気にしていませんよ」


「少しは気にしろ」


 溜息を吐いたライカとレオは、取り出した杖に各々袋を括りつける。またがって浮き上がると、兄弟から「おおっ」という歓声が上がった。レオは兄弟に手を振ってから、ぐんぐんと高度を上げていく。


 森の木々が足の遥か下になったところで、浄化の森が薄い壁に包まれた。こうなると、たとえ忘れ物をしていたとしても新しく申請を出し、許可が出なければ入ることができない。


「森の中で時間を取られちゃいましたけど、会議は終わっているでしょうか?」


「さあ。どうだろうな」


「杖の水平が保ちにくいですけど、速度は出せそうですか?」


 香炉の半分以上を、ライカが受け持っている。油断すると、杖は重い先端へと傾いてしまう。


 しかし、速度を出すには姿勢を低くして、杖を水平か、やや先端を下げ気味にしなければならない。前後に傾き過ぎて体を立てると、空気抵抗を受けて速度が落ちてしまう。


「問題ない。魔法は普段通りに使えるし、体が小さい分だけ空気抵抗も少なそうだ」


 人間の姿のライカを、レオは思い出した。長身だし、肩幅も広い。


「猫になって良かったですね」


「良くない。さっさと行くぞ」


 ふんっと鼻から息を吐いて、ライカが先に飛び始める。


「待ってくださいよ、ライカさん」


 レオも慌てて、ライカを追い始めた。

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