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王太子殿下の魔術師 ―氷と炎は相容れないと思います―  作者: 朝羽岬
第五章 宗祖の呪いと浄化の香
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人にはあまり見せたくないのですが、しかたありません。

 北方の山岳地帯の(ふもと)に、浄化の森は広がっている。以前訪れた集落よりも更に北西にあたり、一段と寒い。標高の高い山々は雪が被っていて、冷たい風が麓まで吹き降りてくる。


 上空にいても凍える寒さだが、陽の光が届かない森の中も足元から冷えた。


「この辺りは、まだまだ冬の気配が残っているんですね」


「そう、だな」


 今のライカは、立派な毛皮をまとっているようなものだ。それなのに、レオよりも震え、背を丸めている。


「こんなところで丸まって、そのまま寝ないでくださいよ?」


「大丈夫、だ。寝は、しない」


 そう言いつつも、更に背が丸まっている。


(まったく大丈夫じゃなさそうなんだけど)


 レオは、ひょいっとライカを抱え上げると、足早に歩を進め始めた。巨大な猫は、それなりに重さがある。


「おい、離せ」


「そうは言っても、すぐに丸まっちゃうじゃないですか。ただでさえ足場が悪くて歩きにくいんですから、おとなしくしていてください。落としますよ」


 レオの腕から逃れようと、懸命にもがいていたライカの動きが止まる。しかし、口だけは動きを止めない。


「猫は、高い所から落ちても平気な生き物だ。俺だって、落とされても、うまく着地してみせる」


「この前は、『俺は俺だ』とか言ってたくせに。ほんとに落としますよ?」


 「まったく。声と口は、かわいくないんですから」とレオは呟いて、ため息を吐いた。


 浄化の森は、獣道らしきものこそあるが、遊歩道のような整備された道は無かった。落ち葉が積もり、折れた枝や幹が転がっている。足元に気を付けていないと、ライカ共々転げてしまいそうだ。


「飛べたら楽なんですけどね」


 浄化の森の上空は、許可のない飛行が禁止されている。昔から神聖な場所とされているのもあるが、むやみに人を立ち入らせないことで環境を守るためだろう。


「手つかずの森って感じですね、ここ。本当に、人が住んでいるんでしょうか?」


「魔術研究機関の連中は、たまに来るという話だからな。間違いなく集落はあるだろう」


「まあ、そうなんでしょうけど」


 浄化の森に住む香草使いが作る香は、呪いの浄化に効くものだけではないらしい。睡眠補助や精神安定、気管の炎症抑制など、様々な種類の香があるという。


 そのため、魔術研究機関の人間だけでなく、医師団も香を分けてもらいに来ることがあるというのだ。


「浄化の森は、どの街からも距離があるからな。王城の人間でも、各機関長の許可が必要だし。一般人も狩猟や採取目的での立ち入りはできるが、それも各市庁舎の許可があればの話だ」


 ライカは上空を指さした。浄化の森は、常時泡のような薄い膜に覆われている。各機関長や各市庁舎は立ち入り許可を出すのと同時に、立ち入る人数と日時を香草使いの長に連絡するらしい。香草使いの長は、連絡された日時に薄い膜の一部に穴を開け、立ち入る人数分だけを通すという。


「管理が徹底されているからこそ、来る人間が限られる。立ち入る人間が少ない分、森が荒らされることも、ほぼ無いんだろう」


「なるほど。それは、良いことなんでしょうけど」


「けど?」


「似たような景色に見えて、不安になってきました。獣道も、分かれ道が無いとも限りませんし」


 レオはライカを下ろすと、布袋からサガンに貰った地図を取り出した。地図には、あらかじめ印が付けられていた。赤と青の二つの丸が、離れた位置にある。


「この二つの丸は、何でしょう?」


 レオは身を屈めて、ライカにも地図を見せた。


「この丸は、魔法だろう。どちらかが集落で、どちらかが俺達だと思う」


「じゃあ、とりあえず動いてみましょうか。ライカさんは、地図を見ていてくださいね」


 ライカに地図を持たせると、レオは再度ライカを抱え上げた。そのまま、十歩ほど歩いてみる。


「どうですか? 丸は動きました?」


「ああ。青い方が動いた」


「じゃあ、赤が香草使いの集落。青が現在地ってことですね。ライカさんは、このまま地図を確認していてください。寝てはダメですよ」


「わかっている」


 ライカは不満げに、ふんっと鼻息を吐いた。


 レオは時折、きょろきょろと視線を左右に動かしながら、足元を気にしながら歩いていく。危惧していた通り、分かれ道もあった。都度、うとうとしているライカを起こし、間違いに気付いたら引き返しを繰り返す。


「結構な時間、歩いていると思うんですけど」


 道を間違えた分だけ、時間も掛かっているはずだ。魔法の印が付いていても、この状況なのだ。地図が無かったらと思うと、恐ろしい。レオは思わず、身震いした。


「地図だけ見ると、もう少しのはずなんだがな」


 ライカは、鼻をひくつかせた。


「うん。木々の匂いに混ざって、いろいろな香りがする。人工物だ。道は、間違っていない。下ろせ。後は、鼻に頼る」


 レオはライカを下ろして、地図を受け取った。ライカは二本足で、獣道を歩きだす。


 レオも、すんすんと空気の匂いを嗅いでみた。しかし、ライカの言うような複雑な香りは、感じ取ることができなかった。


「私には、よくわかりませんけ、どっ?」


 ザッという耳慣れない音と共に、視界からライカが消えた。


「え? ライカさ」


「レオ」


 辺りを見回していると、上からライカの声が振ってきた。見上げてみれば、網の中で大きな猫がもがいている。


「ラ、ライカさんっ。大丈夫ですか?」


「これが、大丈夫に見えるのか?」


「ですよね。すぐに下ろして」


 レオは、杖を取り出した。だが、魔法を使う前に、耳が足音を捕らえる。


「兄ちゃーん、とれたー?」


「獲れた、獲れたー」


 足音の方に目を向けると、二人の少年が満面の笑顔で走り寄ってくる。十歳前後だろうか。揃いのチュニックを着ている。


彼等はレオに気が付くと、足を止めて睨みつけた。


「だれだ、おまえたちは?」


「それは、オレ達の獲物だぞ」


 レオは困惑しながら、網の袋を指差した。


「獲物って。もしかしなくても、この人のことですか?」


 問うと、兄と思われる方が顔をしかめた。


「人って。姉ちゃん、目が悪いのか? どう見ても、猫だろ?」


「いや、今はそう見えますけど。事情が、あるんですよ。服を着ていますし、魔法も使えるんですよ」


「魔法?」


 その時、網を中心にして風が渦巻いた。兄弟は悲鳴をあげて、お互いに抱き着く。風の魔法で網を切り、脱出したライカは、レオの隣りに降り立った。


「俺を食おうとは、いい度胸だな」


 ライカは毛を逆立てて、鋭い歯をむき出しにする。


「ね、猫がしゃべったっ」


 兄弟は、じりじりと獣道を後退する。尚も追おうとするライカを、レオはローブを引っ張ることで止めた。


「獲物じゃないって、わかりましたか? わかったら、お詫びと言ってはなんですが、集落まで案内していただけると助かるんですけど」


「ただの猫じゃないっていうのは、わかったけどさ」


 兄の方が、疑わしそうにレオを見上げる。


「何の用で、ここに来たんだよ? 普通の人間は、この森に入っちゃダメなんだぞ」


 兄の言うことに、弟がこくこくと首を縦に振る。そもそも、許可が無ければ入れないということを、兄弟は知らないらしい。


「王太子殿下のご命令でって言っても、ダメですか?」


「証拠は?」


「証拠ですか」


 鋭い目を向けられて、レオは困ってしまった。レオがリゼの手足として動き出してから、まだ数回しか任務をこなしていない。そのいずれも、指令書など無かった。


(あと、城の者だと証明できるものといったら)


「お城の通行証なら、あるんですけど」


 あまり人に見せたくないのだが、しかたがない。身分が幼馴染だとか、世間一般的には馬鹿げた話だ。笑われる覚悟で、レオは通行証を取り出した。

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