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王太子殿下の魔術師 ―氷と炎は相容れないと思います―  作者: 朝羽岬
第五章 宗祖の呪いと浄化の香
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『お姫様』の定義って難しいです。

 休息を、と命じられたレオとライカだったが、結局は一緒に魔術研究機関の一室に篭っていた。ライカの呪いを解く手がかりを、一刻も早く掴むためだ。魔術研究機関には専門書が多く収蔵されているし、城に所属する魔術師であれば本を借りるのに許可もいらない。


 二人が朝から晩まで専門書を読みふけって、もう三日目になる。


(そのままでも、かわいくていいと思うけど)


 そう思いながらも、レオは協力している。元々狙われたのは、レオだった。自分が猫にされたとしたら、やはり一刻も早く元の姿に戻りたいと思うだろう。一応、かばわれた引け目みたいなものもある。


(そういえば、私もライカさんも風の魔法で応戦しようとしたけど、押し負けたってことだよね。魔法石で増幅したせいだろうけど)


 宗祖は、魔法石を常に持ち歩いていることがわかっている。更に、予備まで持ち歩く念の入れようだ。一つ壊したところで、意味がない。次に出くわした時、同じように押し負ける確率は高い。


(次は、カエルとかにされたら、どうしよう)


 想像して、レオは青ざめた。宗祖に出くわす前に、呪いの解除方法を習得しておくべきだとも思う。


 しかし、元の姿に戻る方法が、なかなか見つからない。いや、見つからないというのは、少しばかり語弊がある。


 サガンはスイとソドムと協力するかたわら、ライカの呪い解除のために古代魔法学の本にも手を出してくれている。古代語の解読は難易度が高いが、現代では使用されていない魔法陣や呪術などが書かれているのだ。


 だが、解除する方法として出てくる術は、術者に直接解除してもらうか倒す。あとは、よく物語で目にする方法ばかりだった。


「やっぱり、お姫様に口づけしてもうらのが、一番手っ取り早いんじゃないですか?」


 本から顔を上げたライカが、レオをジト目で見た。


「他人事だと思って」


「そうは言いますけど。あの宗祖が、呪い解除に協力してくれるとは思えません。今回の一連の動機を吐かせないとならないので、倒すわけにもいきませんし」


「俺も、そう思いはするが。そもそも、この国に姫はいないぞ」


「そこなんですよねー」


 レオは、天板に突っ伏した。


 リゼには弟が二人、いとこも六人いる。だが、全員男性だ。遠縁をあたれば女性もいるかもしれないが、姫と言っていいものかは不明だ。


「直系の女性というと、殿下のおばあ様しかいらっしゃらないと思いますけど。どこまでが、『お姫様』と言って差支えないんでしょうか?」


「難しい問いですね」


 レオは、上体を起こした。いつ入ってきたのだろう。二人が篭る部屋に、数枚の紙と分厚い冊子を抱えたサガンが立っている。


「精神論から言いますと、いくつになっても『お姫様』で良いでしょう。老若男女関係なく、ご本人が望まれて『自分は姫だ』と申しても構いますまい。ですが、こちらをご覧ください」


 サガンは分厚い冊子を机の上に置くと、真ん中辺りのページを開いた。あらかじめ栞が挟まれており、すぐに目的の箇所を指し示す。


「呪いを解く『お姫様』の条件は二つあり、どちらか一つを満たしていれば結構。一つは、王家直系で身体的に乙女であること。もう一つの条件は、王家直系でなくとも、呪いに掛けられた人物にとっての『お姫様』であること」


「ライカさんにとっての『お姫様』?」


 レオは、首を傾げる。


「それ、なぞなぞか何かですか?」


「本気で言って……るんだな」


 なぜかライカから呆れたような目で見られ、レオは口を尖らせた。


「何なんですか?」


「いや、いい。よくもまあ、それほどまでに、にぶ……いや、その歳まで純真無垢に育ったものだと感心したまでだ」


(感心って。今、絶対にバカにしたよね?)


 更に口を尖らせるレオに、サガンも「殿下も罪なことをなされる」と首を横に振った。レオには、益々もって意味が分からない。


 いつまでも姫の話をされるのは都合が悪いのだろうか。ライカは「それより」と言って、話題の方向を少しだけ変えた。


「結婚しても、子供がいても、魔法は使えるだろう。しかし、呪いの解除はできない。世の中、不思議なものだな」


「ええ。たいへん興味深く、難しい問題です」


 サガンは、ほんの少しだけ口元に笑みを乗せる。冊子を閉じると、改めてレオとライカを見た。


「砕けた魔法石の呪いの調査結果が出ました。これから殿下に、ご報告に参ります。お二方も、いらっしゃいますか?」


「行ってもいいんですか?」


「お二方は、直接関わられた当事者でもいらっしゃるので」


「じゃあ、行きます」


 レオが立ち上がると、ライカも椅子を下りた。


「ライカさんは、ここで調べていても良いんですよ?」


「いや。俺も、聞いておく。元に戻ることも大事だが、あの魔法石も気になる」


「では、参りましょう」


 再び冊子と紙とを抱えて歩くサガンに、二人は付いていく。


 城内でのライカは、二足歩行をしている。人前でも構わず人間の言葉で話す。しかし、奇異の目を向ける者は、誰もいない。城内に、魔法研究機関があるせいかもしれない。


 リゼは、自身の執務室にいた。レオが訪問すると笑顔を見せる彼が、今日は神妙な面持ちのままでいる。戸の脇で控えているオーリスも、緊張したような面持ちをしていた。


 リゼの前には、レオの兄のサイがいた。王付きの彼が、リゼの執務室に来るのは珍しい。余程のことが起こったのだろう。サイもまた、険しい顔をしている。


「兄上。何か、あったんですか?」


「ああ。大変な事が起こった。緊急会議を開くため、殿下にもご参加いただけるよう、お伺いに参ったのだ」


「リベルグから、救援要請が入ったそうなんだ」


 リゼの言葉に、レオは目を見開く。


「救援要請? 隣国が、攻めてきたんですか?」


 リベルグは、南方にある大都市だ。リベルグの南には大森林と大河があり、更に南下すると南の大国・パロットがある。


 パロットは、半分が海に面していて、船による貿易が盛んな王政国家だ。国王は、陽気で大らかな人物であるらしい。ただ、同時に領土に貪欲な面があり、心に鋭利な刃物を持つとも噂されている。


 しかし、レオの問いに、リゼは首を横に振った。


「すぐには信じ難い話だと思う。僕も、いまだに半信半疑なんだけど。蘇生した人々が、周囲を見境なく襲っているというんだ」


「え? どういうこと?」


 リゼの言ったことが、すぐに飲み込めない。レオが戸惑っていると、サガンが一歩前に出た。


「魔法石に掛けられた呪いについて、ご報告に参りました。おそらく、今お話になられた件とも関係があるかと存じます」


「話してみてくれ」


「御意。では、こちらをご覧ください」


 サガンは執務机に歩み寄り、数枚の紙を広げて置く。レオ達は、執務机を囲んだ。


「魔法石には、狂暴化の呪いが掛けられておりました。呪いの対象は、二通りございます」


 中央にある紙を、サガンは指差した。


「一つは、蘇生した人間。一つは、幻覚作用が生じた人間」


「それって、あの薬草と入れ物っ」


 弾かれたように顔を上げたレオに、リゼがうなずいた。


「疫病の件もネズミの件も、偽医者が関わっていたね。彼は、マドニ教の信者だということも判明している。この前レオが懸念していた通り、リベルグにもマドニ教の息が掛かっているのかもしれない。サイ。宗祖の居場所は?」


「いまだ、見つかったとの報告は、上がってきておりません」


 サイは、目を伏せる。


「そうか」


「ですが、朗報もございます」


 サガンは、左側の紙を指差した。


「この呪いには、解除する手がかりが見つかりました。北方の浄化の森には、香草使いがおります。彼等が作る浄化の香が、大いに役立ったと」


「役立った? ということは、過去にも似たような事例があったんだな?」


「御意」


「その事例の確認と、法の整備を進める必要がありそうだね。でも今は、急を要する。僕は、会議に参加しなければならない。サガンも共にきて、陛下にも同じ話を頼む」


「御意」


 サガンは、深々と頭を下げた。


「レオとライカは、今すぐ北方に向かってくれ。浄化の森に行って、浄化の香を取ってきてほしい」


「わかりました」


「お任せください」


 レオとライカも、リゼに頭を下げる。


「うん。それじゃ、僕はもう行くから」


 リゼは、サイを引きつれて、執務室を出ていった。


「では、これを」


 サガンは、一枚の紙をレオに手渡す。


「浄化の森の地図です」


 それだけ言うと、冊子と数枚の紙とを抱えて、執務室を出ていってしまった。


「それじゃ、私達も準備して、浄化の森に行きましょうか。運が良ければ、ライカさんの呪いも浄化されるかもしれませんし」


「そうだな」


 ライカの耳とヒゲが、ピンと張っている。呪い解除の希望が見え、いつも以上にやる気が出たのだろう。


「お気をつけて」


 オーリスに見送られながら、レオ達も執務室を後にした。

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