やっぱり、あなたが露天商でしたか。
「ほんとですか?」
「お嬢ちゃん? どうしたんだい?」
露天商が不思議そうに、レオを見上げる。彼には、ライカの声が届いていないらしい。
「い、いえ。なんでも、ありません」
慌てて否定している間にも、ライカは椅子の匂いを嗅ぎ、東に向かって走りだしてしまった。
「あ、待ってくださいよっ。あの、ありがとうございました。失礼します」
レオは露天商に頭を下げると、ライカを追いかける。
東へ走るライカは、大通りとの交差点を通り過ぎ、更に東へと駆けていく。レオはライカを呼びながら、必死に大道芸の観衆を掻き分ける。
大通りから二つ目の細い路地に入る頃には、レオはへとへとになっていた。
「ラ、ライカさん、ちょっと待ってくだ」
「そこだっ」
レオの存在を気に留めることなく、ライカはゴミ捨て場の蓋を開けた。
「猫の化け物っ」
ライカに恐れおののいた痩せぎすの男が、立ち上がる。顔が見えると、レオは目を見開いた。
「あの時の偽医者っ」
白衣が、毛織物に変わっている。しかし、間違いなく、集落に現れた偽医者だった。
彼はレオを見て、目を丸くする。
「どうして、ここに?」
「それは、こっちの台詞です。今度は、何を企んでいるんですか?」
「た、企んでいるなどと人聞きの悪いっ。俺は人助けをしたんだ。村じゃ毒を治してやったし、ここじゃネズミを駆除してやったじゃないか」
「村の人の死因は、毒ではなく疫病だったはずですけど。火葬を指示したのは病原菌が残っているかもしれないから、と言ったのは、あなたですよ?」
「どういうことか、説明していただきたいものだな」
「く、くそっ」
男は、ゴミ捨て場から出ようともがく。だが、思いのほか箱の壁面が高かったらしい。足を上げきることができず、苦戦している。
「逃がしませんっ」
レオは素早く杖を取り出すと、ゴミ捨て場ごと氷の檻に閉じ込めた。しかし、このままでは、リゼに突き出す前に凍死してしまう恐れがある。
レオは腰に巻き付けた布鞄からロープを取り出すと、魔力を込めた。魔力が込められたロープは、蛇のように男にはい寄っていく。氷の檻の隙間から中に入ると、寒さに凍えている男に巻きついていった。
氷の檻を消す。すると、ロープでぐるぐる巻きになった男が、ゴミ捨て場の箱の中に転がった。
「見事だ。俺の炎では、同じことができない」
(ライカさんに、褒められた)
レオは目を丸くした後、えへへっと笑った。照れくさいような、心の底から嬉しさが込み上げてくるような、少し浮ついたような思いが、レオの中にあふれていた。
城内には、会議室が複数設けられている。数十人入ることができる大きな部屋もあれば、わずか数人しか入ることができない小さな部屋もあった。
今、レオがいるのは、十人前後で使われる会議室だ。明り取り用のすりガラスは壁にはめ込まれ、開くことができない。大きな円卓と十五脚の椅子が並べられている。騎士団の報告会などに使用されることが多い。
現在は、レオとライカ、リゼと彼の秘書であるオーリス。他に、医師団団長のスイ。薬学研究機関長のソドム。魔法研究機関長のサガン。偽医者の取り調べ責任者であるロウガが集められていた。
「駆除剤の分析結果が出ましたので、ご報告いたします。薬学研究機関と協力し、照合した結果、先日イートミール村で使用されたコールセンの根と一致いたしました」
スイの報告に、ライカが「やはりな」と声を漏らした。
そんなライカとレオに、ロウガが顔を向ける。豊かな口髭を蓄え、額には迎え傷がある。昔は、騎士団第一部隊の切り込み隊長だったらしい。
「既に、ご存知でしょうが。駆除剤を売っていたという露天商と、集落に現れた偽医者が同一人物であるということは、確認が取れております。そこのお二人がはっきりと顔をご覧になっておられますし、本人自らも証言いたしました」
「駆除剤について気になる点が一つ」
サガンが、手を挙げる。黒いローブから覗く手首は、筋張っていた。
「入れ物に、呪いが掛かっておりました」
「呪いですと?」
ロウガは円卓に手を突き、身を乗り出した。
「手にした人間に、幻覚作用を引き起こす呪いです」
レオは食堂の女主人を思い出して、首を傾げた。
「実際に使用したっていう人に会いましたけど、特に変わった様子は無かったですよ?」
「そういえば、レオは駆除剤を受け取ったんだったね。何か影響は?」
リゼの問いに、レオは首を横に振る。
「私は、布袋に小分けしてもらった物を受け取っただけですから。入れ物自体には触っていないし、見てもいないんです」
「確かに、蝶によって医師団に届けられた物は、粉しか入っておりませんでした。マルエルから押収した物についても、直接手を触れぬよう周知しておりましたので」
レオの後を、スイが引き継いだ。レオが送った蝶のおかげで駆除剤だということは、事前にわかっている。医師団達は、細心の注意をもって取り扱っただろう。
「そうか」
リゼは、ほっと息を吐いた。
「直接、手を触れられていないのは幸い」
サガンも、ほんの少しだけ口元を緩める。
「呪いの発動には、術師によるきっかけが必要です。魔法と同様と考えていただければ、よろしいかと」
「そういえば、あの偽医者が使ったという薬草も、幻覚作用をもたらす仕掛けがされていましたよね」
レオが言うと、サガンはうなずいた。
「まず、人口の少ない村で実験を行ったのかもしれません。薬草と樹液の併用がうまくいかず、呪いに切り替えた」
「気になる点は、それだけではございませんぞ」
ロウガが、どんっと勢いよく円卓の上に白い板を置いた。青い半円に十字。マドニ教の信者の証だ。
「あの男の持ち物です。奴は宗祖に、毒と解毒薬、両方を渡したと申しております。更に、先日の魔法石の不正売買をしていた男。あやつも同じ物を所持しておりました」
「そう繋がるか」
ライカは憎々し気に、マドニ教の信者の証を見た。レオは、リゼに顔を向ける。
「宗祖は、かなり大きな魔法石を所持していました。予備まで持ち歩いています。幻覚作用をもたらす仕掛けを他の町でもやっていて、一気に呪いを発動させるつもりかもしれませんね。どんな幻覚を見せるのかまでは、わかりませんけど」
「そうだね」
リゼは賛同した後、全員を見回した。
「ロウガは引き続き、あの男の取り調べを頼む」
「はっ」
ロウガは、短く答えた。
「スイとソドム、サガンは協力して、幻覚作用を取り除く手段がないか探ってほしい」
「わかりました」
「かしこまりました」
「御意」
スイとソドムとサガンが、それぞれに応じた。
「王にもご報告し、全力で宗祖の捜索にあたる。レオとライカは、一旦休息を。ただし、指示があり次第、即動けるよう、城内に留まるように」
リゼの命に、レオとライカはうなずいた。




