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王太子殿下の魔術師 ―氷と炎は相容れないと思います―  作者: 朝羽岬
第一章 氷の魔術師と炎の魔術師
2/27

初任務に初打合せ。いつの間にかライカさんが仕切ってますけど。

 クレイン王国の騎士団には、いくつかの隊が存在する。


 今回、レオ達と協力することになった第五部隊は、補給や索敵が得意な支援部隊だ。各部隊の中でも隊員同士の連携が最もうまく、平時は失せ物探しや捕り物に召集されることが多いらしい。


 部隊長のエストは、小柄だが手足が長い男だった。細身で、体だけ見れば少年にも見える。しかし、顔には深いしわが刻まれ、部隊長として指揮してきた年月を物語っていた。


 レオとライカは、城にほど近い宿の個室で、エストと向き合っていた。要人の寝泊りに使われる部屋は防音性に優れ、密談にもよく利用される。


「我々の調査により、潜伏場所の位置は絞り込めています」


 エストは、よく日に焼けた指で地図をなぞった。表面がささくれ立つほど使い込まれた地図だ。


「第五区画の西側、ですか」


 レオは、目を瞬かせた。この辺りであれば、たまに遊びにいくため土地勘がある。


「ええ。最近、重量がありそうな箱を持った男が、頻繁に出入りしております。ですが、どの建物かが、わからないのです」


「どういうことですか?」


 レオは、首を傾げた。


「男は、地下を通っているらしいのです。ここが入り口です」


 エストが指さした場所は、広場だった。周囲には店があり、水場や娯楽施設もある。常に人通りが多く、にぎやかな場所だ。


「私も休日、たまに行きますけど。大荷物を持った人も、少なくないですよ」


「なるほど。人を隠すには人の中、か」


 レオの言葉に、ライカは納得顔であごを擦った。


「地下には、入ってみたのか?」


「ええ。入り口の周辺のみですが。中は暗く、人が四つん這いになって進むほどの広さしかありません。掘ったままで補強などは特にされておらず、崩れやすそうな地層です。故意に潰されれば、部隊はひとたまりもないでしょう」


 ふむ、とライカは相槌を打った。


「おそらく、男は長居するつもりが無いな。足がつくことを警戒しているんだろう。退去する時は、地下道を埋める気でいるに違いない」


「それだけ、警戒心の強い人物、ということですか?」


「ああ。もしくは、背後に大きな組織なり怖い人物がいるなりして、悟らせるわけにはいかないのかもしれん。俺達が派手に動けば、すぐに逃げ出すだろう」


 レオが質問しても、さすがに今は、ライカも嫌な顔をしない。エストがいる手前、ということもあるかもしれないが。


「人を地下道に入れることなく、でも相手に気取られないように潜伏場所を見つけ出す必要があるんですよね?」


 ううん、とレオは唸った。


「水を流し込むと、崩れちゃいますよね。壁を凍らせて補強するのは、相手に気取られそうですし」


 今回、レオの得意魔法は使用しない方が良さそうだ。目をつむり、腕を組み、何か他にないかと頭をひねる。


「そうなると、(つた)を伸ばすとか、煙を使うとか」


「それだ」


 ライカの声に、レオは弾かれたように目を開いた。


「え? どれですか?」


 きょとんとするレオに、ライカは心底呆れたといったような顔をする。


「自分で言っておいて、気付かないのか? 煙を使う。崩れる心配がないからな。火事と勘違いした男が、逃げ出すかもしれんが」


「では、同時に誘導し、追い込みましょう」


 エストが更に、地図をなぞった。サリザリッという音がする。


「更に西の第六区画のこの裏通りは、両脇に高い建物が建ち、窓も戸もありません。捕り物では、ここに追い込むのが定石となっています」


「なるほど。建物内に逃げ込まれる可能性がないわけか」


「ええ。第五区画よりも捕まえやすいかと。もちろん、第五区画で捕まえられるに越したことはありませんが」


「よし。俺が、地下道に煙を送り込む。窓から煙が漏れる建物が、潜伏場所だ」


「では、我々は誘導にあたります」


 ライカとエストの間で、とんとん拍子に話が決まっていく。なんとなく置いてきぼりにされているような感じがして、レオとしてはおもしろくない。


(いつの間にか、ライカさんが仕切ってる。元々は、私の案なのに)


 自分で自分の発言が有力な候補だと気付かなかったことは、遥か上の棚だ。


「レオといったか。おまえは、どうする?」


「私は、出てきた男を追います」


 ふてくされたレオは、ちらりと横目でライカを見る。ライカは、レオの様子など気にならないらしい。


「わかった。相手に気取られる前に動こう」


「ええ。すぐに部隊を配置させましょう。半刻後に決行、ということで」


 エストは頭を下げると、部屋を出ていった。ライカと二人、部屋に残されるが、特に会話は発生しない。


 レオは何もない空間から杖を呼び出すと、壊れていないか点検する。白銀色の杖は、鳥の羽が彫刻されていて美しい。先には、紫水晶が付いている。レオが一番好きな色だ。


 お気に入りの杖は、王太子付きの魔術師になると決まった時に、祝いにと父がくれたものだ。傷一つなく、よく磨かれている。


(昨日の夜、よく磨いておいたから当然だけど)


 レオは、ため息を吐いた。手持無沙汰だ。さっきはよく仕切れたな、と思うほど、ライカはしゃべらない。


(私とは、あまりしゃべりたくないんだろうな)


 同じ空間に居づらくなってきて、レオは立ち上がった。


「ちょっと早いですけど、私ももう行きますね」


 出口に向かいかけたところで、「レオ」と呼ばれた。振り返るが、呼んだ男は自身の杖の先を見ている。碧玉を掴むワシは、翼の先まで細かく彫刻がされている。目には黒曜石が埋め込まれた、凝った造りの杖だ。


「煙に(いぶ)り出された男の特徴を、よく見ろ。一挙一動もだ」


(一応、新人に忠告くらいはするのか)


「わかりました。感謝します」


 それだけ言って、レオは廊下に出た。


 すりガラスの向こう側は明るいが、レオの心は重くて暗い。どれだけ床を強く踏んでも、毛足の長い絨毯は靴音を吸収してしまう。階段で、本物の宿泊客とすれ違った。二人組の彼らは、楽し気に街中での出来事を話している。レオには、少しだけうらやましく思えた。


(まあ、あの人達は息抜き。私は、仕事だから)


 そう割り切って、宿を出る。後方で、「ありがとうございました」というドアマンの声が聞こえた。


 道に出たところで杖にまたがり、第五区画にある広場を目指して飛ぶ。ライスウォークでは、魔術師は珍しくない。魔術師のほとんどが、何らかの形で王城に勤めているからだ。空のあちらこちらで、魔術師が飛んでいる。


 レオは、杖で空を飛ぶのが好きだった。悲しいことがあっても、たいてい風が消し去ってくれる。今も、風で赤銅色の髪がなびき、紺色のローブがはためいた。


 広場は、今日もにぎわっている。立ち並ぶ店への呼び込みに、子供達がはしゃぎ回る声。楽器を持ち寄って好きなように演奏したり、木陰で読書や昼寝をする人もいる。水場には水鳥たちがゆったりと浮かび、その様子を描いている画家もいた。


(煙騒ぎが起きたら、この人達も逃げ惑うだろうけど。その辺りは、第五部隊の人達が、うまくさばいてくれるかな)


 レオは、広場前の建物の屋上に、ふわりと降り立った。下を見下ろして、位置関係を確認する。


 地下道の入り口は、レオの位置からは右斜め前方にあたるはずだ。しかし、木が並んでいるせいで、入り口らしき穴は見えない。


(まあ、潜伏場所だし。入り口を隠すのは当然か)


 次いで、向かい側に並ぶ三つの建物を見る。同じ大きさに同じ外観で、いかにも集合住宅といった新築の建物だ。まだ、どの部屋も入居者がいるようには見えない。それ故に、潜伏場所として使われているようだ。


(入居が始まってしまえば、潜んでいられなくなるよね。本当に、最初から長居するつもりがないんだな)


 建物の陰に、騎士団と思わしき人間がいるのも見える。おそらく広場には、一般人に紛れて様子をうかがっている者もいるだろう。彼等がいるということは、潜伏場所にまだ男がいるということだ。


 やがて、ライカが広場に歩いてくるのが見えた。


 魔術師の多くは、黒や紺色のローブを羽織る。広場にも、黒いローブを着た魔術師が、ライカの他にも数人いる。それにも関わらず、ライカは目立った。上背があり、体格にも恵まれているからだろうか。


(この作戦、失敗したらあの男のせいだと思うけど)


 レオが呆れつつも見守る中、ライカが木の向こう側へと消えた。


 こうなると、レオからでは何をしているのか見えない。見えるのは、広場にいる数人が、怪しみながら木の向こう側を気にしている様子だ。彼等は気にしながらも、後から同じようにのぞき込もうとする通行人を遠ざけている。


(もしかして、あの人達は騎士団の人かな)


 一般人がライカに近づかないよう、一芝居うっているようだ。


 更に様子を見ていると、三つの集合住宅のうち、中央の建物の窓から煙が立ち上った。悲鳴を上げる広場の人々を、一般人に紛れていた騎士団が避難させていく。


 煙の量が増したところで、どんっという爆発音が響いた。

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