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マルエルの下水道は、とってもきれいです。

 マルエルの上空は、首都のライスウォークよりも温かく、少し湿った風が吹いている。


「ネズミが増えた理由って、何でしょうね? 作為的に増やせるものなんでしょうか?」


「さあな」


 杖にまたがった二人は、マルエルの街並みを見下ろしていた。


 マルエルには、三階建て以上の建物が無い。水色に統一された壁に、紺色に統一された瓦屋根が並んでいる。ほとんどの道が、荷車を通すために幅を広く取られている。中でも目を引くのが、主要の通りの両脇に並ぶ露店の屋根だ。黄色や赤といった華やかな布が使われていて、風が吹くたび波打っていた。


「この街は、昔から人の往来が激しく、下水も早くに発達したと聞く。故意に食べ物を放置したとして、ネズミばかりが急速に増えるかは疑問だな」


「そうですね。それなら一緒に、他の害虫も湧きそうに思いますけど」


 レオは腐った食べ物に群がる虫を想像して、首を横に振った。


「まあ、理由よりも先に、ネズミ退治をするべきだろう」


「魔法で、うまく駆除できるといいですね」


 城を出る前に、リゼと今回の方向性は決めてある。


 ネズミの多くは、下水道に潜んでいる。ネズミだって、危険を察知すれば表には出てこない。見えるネズミを火炎で炙るより、下水道全体を()てつかせる方が効果的だ。


 そこで、市長の承諾を得たうえで、レオが下水道全体を凍らせることになっている。特別に、サガンから新品の魔法石も借りていた。


「まずは、市長にごあいさつに行かないと」


 レオは、ローブのポケットを軽く叩いた。丸く硬い感触が、布を通して手のひらに伝わる。


「そうだな。先触れは届いているはずだが、事が事だからな」


 二人は街へ降りると、大通りを歩きだした。大通りは人と声、ライスウォークや周辺都市では嗅ぎ慣れない匂いで、あふれ返っている。


「さすが、果物の本場。あちこち山積みですね」


「香辛料も多いな。珍しい食べ物も多いだろう。後で、食べに行くか?」


(初めて、ライカさんに誘われた気がする)


 ぱあっと、レオの心が明るくなった。


「行きたいです!」


 しかし、すぐに疑問が湧く。


「でも、猫って香辛料、大丈夫なんですか?」


「俺は、人だ」


 ぶわっと、ローブから覗くしっぽが膨らむ。道行く子供が「かわいい」と声を上げ、ライカは器用に顔をしかめた。


 マルエルの市庁舎は、木で組まれた二階建てだった。シオリルクなどの都市と比べると、随分と素朴に見える。ただ、庭は豊かな緑と池があり、ちょっとした庭園のようだ。


 市長の部屋も、随分と解放的だ。床から天井まである大きな窓は開け放たれ、ベランダに出られるようになっている。ベランダには市長の飼い犬が寝そべり、手すりでは小鳥が遊んでいた。


「申し訳ございません。先触れは、いただいていたのですが。ネズミは既に、ほぼ駆除ができておりまして」


 レオ達が訪ねると、市長は開口一番にそう言った。布で、額を拭いている。


「できているんですか?」


「ええ。せっかく、巨大な猫まで連れていただきましたのに」


 開きかけたライカの口を、レオは慌てて塞いだ。手のひらに、硬いヒゲの感触がする。


「ネズミが大量発生しまして、城にご報告させていただいたのですが。直後に、とある旅の商人が現れましてね。駆除剤がある、と」


「それで、途端にネズミが駆除できたんですね?」


「仰る通りです」


(どこかで聞いた話と似てるな。疫病に見舞われた集落に、偶然医者が訪れたんだっけ)


 レオは、ため息を吐いた。


「駆除できて、良かったです。ただ、私達はネズミ駆除と共に、ネズミの大量発生の原因究明についても請け負っています。後で、医師団も加わる予定です。街を調査させていただいても、よろしいですか?」


「もちろんです。調査に関しても、先にご連絡をいただいております。また、同じことが起こるとも限りません。局員にも協力させますので、お願いできますでしょうか?」


 マルエルの市長は、頭を下げた。


「もちろんです。こちらこそ、よろしくお願いします」


 レオは、笑顔で答えた。


 マルエルには、下水道局という部署がある。そこの局員の案内で、下水道を見て回ることになった。


 古くから使用され、何度も手入れされてきた下水道だ。手入れしやすいように、歩道が整備されていた。


「立派な歩道があるんですね」


「ええ。私達は日々、見回りを欠かしません。この歩道のおかげで、点検や修理がしやすいんですよ。資材も運びやすいですしね」


 局員は、誇らしげに笑った。下水道は、マルエルの自慢の一つでもあるらしい。


 レオは、歩道脇に流れる水に目を向ける。


「それに、思ったよりも水が綺麗ですし、臭いもきつくないです」


 ネズミが大量発生したとは思えないほど、清潔に見える。シオリルクの裏通りで見た小川よりも、水量が多い。ゴミも油膜も浮いていない。水の色はさすがに無色透明とまではいかないが、それでも都市部の川より透明度が高かった。


「マルエルの下水道は、上水道と同じように近くの湖から水を引いています。常に、水を流すためです。更に、本流より前に、いくつか支流があるのですが。そちらで数回、ろ過しておりますので」


「支流も、同じように歩道があるんですか?」


「本流よりも狭いですけど、問題なく歩くことができますよ。ご案内しましょうか?」


(原因究明のために来たんだから、全部見ておかないとダメだよね)


 レオは、隣りを四つ足で歩くライカを見下ろす。彼は気付いていないのか、顔も上げない。


(私の独断で、いいのかな?)


「お願いします」


 レオがそう答えても、ライカは顔を上げなかった。特に異論も無いのだろう。


「わかりました。では、一番近い支流から参りましょうか」


 局員を先頭にして、ライカ、レオの順で歩いていく。支流に入ると、確かに本流よりも歩道が狭くなる。しかし、縦並びで歩けば、特に支障は無かった。


 マルエルの下水道は、最終的に真っ直ぐな一本道となる。しかし、支流はレオが予想していたよりも多い。支流の先もまた枝分かれし、曲がり道が何度もあり、複雑な迷路のようだ。まとめて一本の線に換算したとすると、地上にあるマルエル市内のすべての通りよりも長いだろう。


「医師団の到着を待って、協力を請うた方がいいんじゃないか?」


 根を上げたのは、猫の姿に慣れていないライカが先だった。局員に聞こえないよう、小声でレオに提案する。


 レオは、ちらりと前を行く局員を見た。


「あの。全部見て回るのに、あとどれくらい掛かりますか?」


「そうですね。二日は掛かるでしょうか」


(さすがに、二日間歩き通しは無理かも。そんな準備もしてきてないし)


 携帯食も寝袋も持ってきていないため、局員も一度は地上に戻るつもりではいるだろうが。このまま調査していては、非効率に思える。


 それに、運動神経は悪くないレオだが、足が疲れていた。


「すいません。医師団が到着してから、改めて案内していただいても、よろしいでしょうか?」


「ええ。構いませんよ」


 笑顔で答える局員からは、疲れをまるで感じない。常日頃から、歩道を歩き回っているからだろうか。


(そういえば、最近は杖に頼ることが多かったかもな)


 杖は便利だし、乗りこなすのに体幹が必要だ。だが、脚力は落ちてしまう。


(今度の休みは、久々に街を歩いてみよう)


 レオは、密かに誓ったのだった。

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