宗祖と対決! ……ええと、あの、ライカさん?
「何が、神の奇跡だ。明らかに魔術を使用しているだろう」
レオも立ち上がって、彼の横に並ぶ。
「魔術法第十条。国の許可を得た魔術師以外の者による蘇生は禁ずる。あなたは明らかに、法律に違反しています。それとも、国から許可を得ていらっしゃいますか?」
苦笑したミハルは、首を横に振った。
「いいえ。残念ながら、許可はいただいておりません」
「では、私達と共に、来ていただけますか?」
「お断りします、と言ったら?」
「これは、お願いではありません。殿下の、いえ、国からの命令です。抵抗されるのであれば、強制的にお連れするまでのこと」
「国が何だっていうんだっ」
信者の一人が叫んだ。ライカが言っていた、役者の一人だろう。すると、続く者が次々に現れた。
「ミハル様は、親父を助けてくれた。それに比べて国は、何を助けてくれたっていうんだっ」
「そうよ。国は、搾取するだけじゃないのっ」
「俺達を見捨てておいて、今度はミハル様まで奪おうっていうのかっ」
怒りの矛先を向けられて、レオは怯んだ。父や兄から厳しく言われることはあるが、赤の他人から罵声を浴びせられるのは初めてのことだった。
そんな彼女の前に、ライカが立つ。
「蘇生魔法を使用する。それは、世の理を曲げる、ということに繋がる」
「それが、どうしたっ」
怒声が飛んでも、ライカの背は揺るがない。
「強力な魔術師を野放しにすることは、この国だけでなく、世界各国からも許されることでなない。人の世さえも壊す可能性を秘めているからだ」
(今、笑った?)
ライカの脇から見えるミハルの表情は、既に柔らかいものへと戻っている。しかし、一瞬だけ浮かんだ歪んだ笑みを、レオは見逃さなかった。
「秘めているどころではないようですね」
レオが指摘すると、ミハルの目が細く笑んだ。口にはせず、信者にはわからないだろうが、肯定したのだ。
(そんなこと、させるわけにはいかない。ここにいる人達でさえ、無事ではすまない)
レオは杖を取り出すと、両手で強く握った。
「まず、あの石を奪うぞ」
「了解です」
ライカも杖を取り出すと、前方に杖の先を突き出す。すると、通路の向こう側に転々と灯されたランプの灯が、火炎をまとった竜へと、次々に変化した。竜の体長は、レオのひざ丈ほどの大きさがある。
ある竜は天井を旋回し、ある竜は信者達の頭すれすれまで降下しては、再び飛び上がる。炎を吐き、管理者達の白い布の端を焦がす竜もいた。
「なんだ、あれは?」
「りゅ、竜とかっていう幻獣だ」
「おい、押すな」
どよめいた信者達は、我先に教会から逃げていく。誰も、ミハルの無事など確認しない。制止しようとする管理者達を払い除ける始末だ。
(どれだけ崇めても、いざとなったら逃げだすんだな)
通路から見下ろしていたレオは、虚しさを感じた。以前、ライカが言った『忠義の人のつもりになっているだけ』とは、このことかもしれない。
(いざ、同じようなことが起こった時。私は、どうするんだろう?)
レオはそう考えながら、無言で下を見下ろし続けた。
やがて、信者達がいなくなった広場に、レオが降り立つ。両腕を広げたミハルが、壇上からほほ笑みかけた。
「私の相手は、あなたがしてくださるのですか? 心根が真っ直ぐなお嬢さん」
信者が全員逃げ出しても、彼に焦る様子は無い。嘆く様子さえ無い。レオを『お嬢さん』と呼ぶが、彼の年齢はレオとさほど変わらないように見える。
「お嬢さんも、このような魔術を見せていただけるのでしょうか?」
「今は、やらない」
レオの視界の端を、竜が飛んでいく。
「そうでしょうね。お嬢さんのお得意の魔法は、氷のようですから」
レオ達が教会に侵入するところを、どこかから見ていたらしい。口元に手を当てたミハルが、笑みを深くする。
レオもまた、笑った。
「その通りです、ミハル様。故に火炎の魔法が苦手な私は、こういうことしかできません」
炎の竜が、レオの前に集まる。レオは、杖の先をミハルに向けた。竜が火炎の渦へと姿を変え、ミハルに襲い掛かる。
目を見張ったミハルは、咄嗟に魔法石を前にかざした。火炎の渦が、石に吸い込まれていく。
「魔法石は、魔力の増幅だけでなく、吸収もできるのです」
「知っています」
ミハルの言葉に、レオは動揺しなかった。魔法石の効果は、魔術師として仕事に就く者なら誰でも知っている。
火炎の渦が吸い込まれ尽くしても、レオは追撃をかけなかった。ミハルは、額にかいた汗を手の甲で拭う。
「変化の魔法にも見えましたが、これは風の魔法ですね。いやいや、驚きました。お嬢さんのことを見誤っていたようです。申し訳ございませ」
ミハルの背後から、ライカが忍び寄る。彼が気付き、後ろを振り返ろうとした時には、ライカが魔法石を奪っていた。
「なんと。後ろに、いらっしゃいましたか」
「ああ。悪い、な?」
奪ったはずの魔法石が、粉々に砕ける。ライカが力を加えたわけではない。
目を見張るライカに、ミハルが怪しく笑んだ。彼の手には、青い宝石がある。
「魔法石にも、容量というものがあるのですよ。習わなかったのですか?」
ミハルは壇上から、ライカを突き飛ばした。ライカは咄嗟に杖を掲げると、ふわりと広場に降りる。
「私のような立場の者は、特に狙われやすいでしょう? ですから、常に予備を持ち歩いているのです」
(魔法石の、予備?)
魔法石を不正に売買していた男が、脳裏に蘇る。彼の背後には、大きな組織か怖い人物がいるかもしれない、と仮定していたのはライカだっただろうか。男の特徴は、中肉中背。黒髪に白髪混じりの、白い札。
「まさか。まさか、魔法石の不正取引の買い取り先って」
「彼を捕まえたのは、あなたでしたか? お嬢さん」
魔法石を手のひらに乗せたままの腕を、ミハルはレオへと伸ばす。レオは杖の頭をミハルへと向け、構えた。
「お嬢さんは、そのままでも素敵な容姿をしてはいらっしゃいますが。もっとかわいらしいお姿など、いかがでしょうね?」
魔法石から、青い煙が上がる。煙は、早朝の霜のように、細かな輝きを帯びている。
煙が速度をもって、レオに伸びる。レオは風の魔法で応じようと、杖の頭に魔力を込めた。
しかし、魔法を放つより先に、ライカがレオの前に立った。ライカはレオに背を向け、ミハルに杖の先を向け、風の魔法を煙にぶつける。
「ライカさんっ」
魔法石で増幅された煙は、風を押しきった。ライカの体を、煙が包み込む。
「おや。違う者が掛かりましたか」
目を丸くするミハルだが、助けに入ることを想定していたのかもしれない。口元が笑っている。
「まあ、いいでしょう。せっかく助かったのです。その煙には、触らない方が良いですよ。お嬢さんまで巻き込まれてしまいますし、そのうち消えますので」
言われなくても、レオに触れる気は無い。一人が倒れても、一人が任務を遂行するための二人行動だ。
それでも、煙がどうにかできないかと、レオは風の魔法をぶつけてみる。煙は多少薄れるものの、すぐに厚さを戻してしまう。
「それでは、私はここで失礼させていただきますよ。縁がありましたら、またお会いいたしましょう」
ミハルは布をめくり、壁の向こう側へと消えていく。頭では追いかけなければならない、とわかっていながらも、レオはライカを置いていくことができなかった。
(後で怒られるかもしれない。けど)
「ライカさん、大丈夫ですか? 返事をしてください」
煙に向けて、レオは呼びかける。返事は無い。煙に包まれた時も、悲鳴さえ上げなかった。
「ライカさん。ライカさん」
レオは、何度も何度も呼んだ。喉が痛くなってきた頃、煙が徐々に薄れてきた。ライカの長身が見えてくる、はずだった。
「あの。ライカ、さん?」
レオは戸惑いながら、ライカがいるはずのところを見下ろしていた。
幼児大の猫が、床に転がっていた。




