宗祖が奇跡を起こすようです。
レオは、目を丸くした。純粋に頼られるとは、思ってもみなかったのだ。
「作れないのか?」
「いえ。たぶん、大丈夫です。やってみます」
レオは杖にまたがると、窓の傍まで飛んだ。
(何だろう。何ていうか、そう。すごく、嬉しい?)
胸が熱くなるような、自分でもよくわからない感情を抱きながら、氷で足場を作る。落ちてしまわないように、滑り止めの魔法も付与しておく。
先にレオが飛んで、足場に降り立った。窓には、何もはめ込まれていない。建築費を抑えたのかもしれない。
レオが教会に侵入すると、ややあってライカも入ってきた。
「さて。宗祖が、どこにいるかだが」
上の階は使用していないのか、真っ暗で埃っぽい。ライカは爪の先に火を灯すと、先に立った。なるべく音を立てないよう、慎重に歩を進める。
しばらくすると、鉄扉にでくわした。ライカが、ゆっくりと扉を開く。ギギギ、と軋む音が小さく鳴った。
鉄扉の向こう側は、明るいらしい。床をはう光の筋が、徐々に太くなっていく。と同時に、ざわめく声が聞こえるようになった。
「皆さま、ご静粛に。間もなく、ミハル様がいらっしゃいます。お静かに、お願いいたします」
男性の声が響く。場が静まった。時折、せきの音がするくらいだ。
鉄扉の先は、通路だった。壁沿いに設けられ、ぐるりと一周できるようになっている。手すりの向こう側には、転々とランプが取り付けられていた。火入れの時に使用するための通路だと推察できる。
二人は、そろりと鉄扉から離れると、通路に這いつくばった。それから、そうっと下をのぞき込む。
頭から白い布を被った人々が、壁側にずらりと並んでいる。教会の管理者といったところだろう。信者達は、中央にひしめき合っていた。彼等がいる場所は吹き抜けになっていて、レオ達よりも随分と下の方にいた。
「ミハルという人物が、宗祖でしょうか?」
「おそらくな」
互いに顔を近付け、小声で話す。それでも下に聞こえるのではないかと思うほど、場は静かなままだ。
二人はもう少しだけ、通路を進んだ。すると、下からざわめきが起こった。レオは、ビクリと体を震わせる。しかし、気付かれたのではなかった。
「ミハル様ー」
「ミハル様ー」
信者達が、一斉に大合唱を始めた。「ご静粛に」と制止する男の声がするが、誰も聞き入れない。
鉄扉側の壁には、広間より一段高くなった場所がある。演説台で、これから『ミハル様』が立つ場所だろう。壁の向こう側に部屋があるようで、広間とは濃紺の布で仕切られていた。
布の向こう側から、髪の長い優男が現れる。ライカと同じ青銀色の髪だが、ミハルの方が緩やかな癖が掛かっている分、ライカのものより柔らかく見える。身なりは他の人員とは違い、白い神父服に、肩の上から光沢のある青い布をゆったりと掛けている。
彼が片手を上げると、再び場が静まり返った。
「みなさま、よくお集りです。神も、お悦びのことでしょう」
男の声は落ち着いた響きを持ち、耳障りが良い。
「あの男が、宗祖だな。ミハルといったか」
「見た目だけで、信用する人もいそうですね」
この手の男が好きそうな侍女の顔が何人か、レオの頭に浮かんだ。
「さて。本日は、大変お気の毒な方がいらっしゃっています。みなさまで、奇跡を祈ろうではありませんか」
教会の出入り口から、ガラガラという音と共に、寝台が運ばれてくる。寝台の上には、女性が寝かされていた。その後を、二人の子供が泣きながら付いてくる。
「生前の彼女は、それは働き者でした。二人の子供を慈しみながら、朝早くから夜遅くまで働いていました。睡眠時間を削り、疲れも辛い時もあったことでしょう。けれど、けして笑顔は絶やさなかったのです。しかし、ついに力尽きてしまいました」
場内のあちらこちらから、すすり泣く声が聞こえる。
「信者の中に、役者を潜ませているようだな」
ライカが呟いた。職業としての役者ではなく、いわゆるサクラのことだ。場を演出することで、他の信者達の同情を誘うのだ。
「さあ、みなさま。どうか私と共に、この母子のために祈ってください」
信者達は次々と、ひざまずいていく。ミハルの前まで運ばれた寝台に向けて、一斉に両手を組んだ。
ミハルが懐から青い宝石を取り出し、頭上に掲げる。
「あれは、魔法石」
レオは、青い宝石を凝視した。ミハルの手のひらほどの大きさがある。
魔法石が、輝きだした。揺らぐ光が壁に映し出され、波打っているように見える。
「さあ、お目覚めなさい」
青い光が寝台に集まり、女性に吸い込まれていく。光がすべて女性の中に収まると、彼女はゆっくりと起き上がった。泣いていた子供達が、女性に抱き着く。
信者達から、歓声が上がった。
「あの石のおかげで、経過時間を問わず成功するようだな」
信者達の声があまりに大きく、顔を寄せているにも関わらず、ライカの声が聞き取りにくい。
(あの魔法石の大きさだと、魔力の増幅量はどれくらいあるんだろう。私は火炎魔法が苦手だけど、あれくらいの大きさがあればライカさん並みに使えるようになるのかな?)
魔法石を不正に売買していた男を思い出す。権力が欲しい魔術師なら、高額でも買うだろう。
信者達は、熱狂的にミハルの名を呼び続ける。それを、ミハルは片手を挙げることで制した。次いで、レオ達を見上げる。
「いかがでしょう? 神の奇跡は。一度ご覧になりたいと、仰っていたでしょう?」
二人に話し掛けているのは、明らかだ。ライカが舌打ちをして、立ち上がった。




