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顔が火照る、けど、この男は何も気にしてない。

「宗祖は忙しいだろうな」


 ライカはカウンターに体を向けると、酒を一口飲んだ。


「しかし、一度お目に掛かりたいものだな。宗祖様の蘇生術とやらを」


「誰かに死ね、と?」


 レオは眉を寄せながら、酒を飲んだ。注文通り、甘い香りと味が口の中に広がる。熟れた果実のようだ。


「そこまでは言わんが。さて、俺達も行くぞ」


 ライカは二人分の酒代に、協力分を上乗せした金をカウンターに置いた。立ち上がるライカに、レオは手にしたグラスとライカの顔を見比べる。


「ちょっと待ってくださいよ。まだ、飲み切ってないんですけど」


「知るか。さっさと来い」


 ライカはレオを置いて、出ていってしまった。


(なんて横暴な奴なんだ)


「すいません。ごちそうさまでした」


 結局、レオは酒を飲み残したまま、ライカを追って店を出た。


「急に、何なんです? もったいないじゃないですか」


 意外にも、出入り口のすぐ脇で待っていたライカに、レオが噛みつく。


 すると、彼はレオの手首を掴んで、建物と建物の間に引っ張りこんだ。レオの顔の横の壁に、ライカが両手を突く。完全に囲われてしまい、レオに逃げ場はない。


「ちょ、ちょっと、何するんですか?」


(顔っ。顔が近いっ)


 いつも見上げてばかりなのと、ライカの不愛想さも手伝って、強面の顔とばかり思っていた。間近で見ても目は鋭いが、整った顔をしている。リゼとは違った種類の顔の良さだ。


(あ、きれいな紫色)


 ライカは、澄んだ紫色の瞳をしていた。レオが一番好きな色だ。飲み込まれそう、と思ったところで、ドクンと大きく心臓が鳴った。


 レオは、俯いてしまった。顔が火照るのが、自分でもわかった。


「あの店員、信者だ」


 思わず、レオはライカの顔を見た。すぐに、また視線を下げたが。


「な、なぜ、信者だと?」


(意識するな。この男は、何も気にしてない)


 自分に言い聞かせ、なるべく深い呼吸をする。どうにか落ち着いてきた、気がする。


「イグニードとかいう客の腰元は見たか?」


 ライカの声の調子は、いつもと変わらない。本当に、レオのことなど気にしていないようだ。そうとわかると、レオの心も静まった。


「ライカさんに(はば)まれて、まったくもって見えませんでしたけど」


 静まるどころか、冷え切った気がする。「そうか」と応じるライカは、やはり調子が変わらない。


「あの男の腰に、四角い板がぶら下がっていた。白く塗装され、青い半円に十字が描かれていた」


「青い半円に、十字? たしか、酒瓶の中にも、そんなものを見かけた気が」


 レオは、店員の背後にあった棚を思い出した。


「信者の証だ。おそらくだがな」


 おそらくと言いつつも、ライカは確信しているのだろう。


「もし、本当に信者の証だとして。店員が、私達に対して協力的だったのは」


「よそ者が嗅ぎまわるのを見張っているのかもしれん。酒場で情報を集めるのは、基本だ」


「私達のことが宗祖に筒抜けになるのも、時間の問題かもしれないってことですね」


「ああ。他にも見張りがいると思った方がいいだろう。大通りとかな」


「そこまでする宗教って、まともとは思えないんですけど」


 渋面を作りながら、レオは右手のひらを上に向けた。手のひらの上に、魔力が集まるよう意識する。すると、空気中の水蒸気が集まり、氷でできた蝶ができあがった。


「とりあえず、情報と違わず、宗祖が蘇生魔法を使用していることを殿下に伝えます」


「その蝶でか?」


 目を見張るライカに、「ええ」とレオは肯定する。


「集落から帰ってきて、すぐに覚えました。また追い払われるのは、ごめんなので」


「俺は用事を頼んだだけだがな」


 ライカはため息を吐きながら、壁に突いた腕を退けた。魔法を使いやすくするための配慮だろう。


 レオが右手を上に伸ばすと、蝶は上へ上へと飛んでいった。氷でできた羽は、光が当たると乱反射して美しい。


「私達は、教会に乗り込みましょう」


「危険だぞ?」


「承知の上です。どのみち、私達の行動が筒抜けだとしたら、乗り込んでも乗り込まなくても、危険なのは同じだと思います」


 レオは、ライカに向き直った。


「それに私は、代々王家をお守りする家門の一員ですよ? これくらいできなくて、務まると思いますか?」


「今のおまえに何か言ったところで、聞く耳を持たないんだろうな」


 ライカは、長く息を吐いた。


「もうすぐ、祈りの時間だと言っていた。信者に紛れ込むぞ」


 折れた彼に、レオは笑顔でうなずいた。


 二人は飲み屋の前まで戻ると、信者の証を持つ人間を探した。裏路地の界隈で、マドニ教がはやっているというのは本当のようだ。対象者が、すぐに見つかった。


 髪を適当に頭の後ろで結い、首から白い札を下げた女性の後を追う。


 彼女は、無言で通りを歩いた。イグニードの父親が落ちたという橋を渡り、更に歩を進める。その頃には、周囲は白い札を持つ人間ばかりになった。


「あれが、そうでしょうか?」


「だろうな」


 前方に、白く塗装された四階建ての建物がある。周囲の建物と、高さも造りも変わらない。元々あったものを改修したのだろう。塗装が真新しい教会は、悪目立ちしている。


 出入り口の両脇には、頭から白い布を被った人間が立っていた。信者達は彼等に札を見せてから、中へと入っていく。


「正面から入るには、証が必要そうですね」


「他に入れる場所がないか、探るぞ」


「じゃあ、屋上に行ってみませんか?」


「そうだな」


 二人は、再び建物と建物の間に入った。杖を取り出すと、音もなく飛び上がる。屋根がなるべく平坦な建物を選んで、降り立った。


 遠くに、シオリルクの市庁舎が見える。市庁舎の屋根は黒色だが、他はすべて黄土色だ。大通りの建物は壁に凹凸をつけてみたり、窓にレンガを組み込んでみたりと工夫されているが、他はどこも似たり寄ったりな造りだった。


 レオ達がいる屋根から建物を二つ隔てた向こうに、教会が見える。壁は真っ白に塗られていたが、屋根はやはり薄汚れた黄土色をしている。


「屋上は、他と変わらないみたいですね」


「いつ教会に仕立て上げたのかは知らんが、間に合わせに壁だけ塗装したんだろう」


 レオ達は屋根に沿うようにして飛び、教会の隣りの建物に場所を移した。


「よく見ると、ひびだらけですね。本当に、塗っただけみたいです」


 中には、はっきりと見えるほど大きなひびが入っている箇所もある。裏側の一階部分は、蔦がはっていた。


「裏側に、大きめの窓がありますね。あそこなら、ライカさんでも通れるんじゃないですか?」


「しかし、足場が無いな。作れるか?」

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