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新興宗教なんて、本当にはやっているんでしょうか?

 シオリルクは、門から市庁舎まで、一本の大通りが貫いている。第三都市と言われるだけのことはあって、大通りは賑わっていた。


 大通りの両脇には店が軒を連ね、女性や子供、高齢者も多く行き交っている。広い交差点の中央では、大道芸が行われていた。見学人はみんな、無防備な笑顔を見せている。


「表向きは、平和そのものですね」


「怪しげな宗教が、はやっているようには見えないが」


 レオは横目で、ちらちらと行き交う人々を確認しながら歩く。


 楽しそうに、話に花を咲かせながら歩く二人組の女性。食事をどこの店にするか相談している男女。欲しい物を買ってもらって、喜んでいる子供。


 傍から見ていると、彼等はとても幸せそうに見える。


「でも、笑顔で歩いているからといって、心の拠り所が不要、とは言えないんじゃないですか?」


「一理あるな。大通りからはずれたところで、聞き込みでもしてみるか」


 大通りは賑やかすぎて、聞き込みには向かないと判断したのだろうか。大通りから道をはずれるライカに、レオは黙って付いていく。


 ライカが入った道は、大通りより道幅が少し狭かった。両脇に並ぶ店は、大通りよりも安価らしい。若い男女や子供連れ、簡素な服を着た人が多く集まっている。


 レオとライカは互いに離れすぎないよう気を遣いながら、それぞれに道行く人に新興宗教について尋ねていく。しかし、誰もが首を横に振るか、傾げるかするばかり。中には、「何それ?」と逆に聞く人もいる始末だった。


「本当に、はやっているんですか?」


「知らん。俺も殿下に聞いただけだ」


 疑わしそうにレオが見上げると、ライカが嫌そうに顔をしかめた。


「とりあえず、路地裏に入ってみるか。表とは違う話が聞けるかもしれん」


 ライカは、細い路地をあごで示した。先は、薄暗い。しかし、今いる通りとは種類の違う、妙な賑やかさがある。


「俺の傍から離れるなよ」


「わかりました」


(変な人に絡まれたところで、魔法でいくらでも対処できるんだけどな。私が魔術師だって、忘れたわけじゃないよね?)


 口元をむっと結びながら、レオはライカのすぐ後を付き従う。彼に、べったりというのは不本意だ。しかし、面倒な人間に絡まれる確率は減るだろう。


(魔力も温存しておくに越したことないし)


 レオは、そっと息を吐いた。


 細い路地は、奥へ行けば行くほど暗く、汚く、匂いがきつくなっていく。片側は、ぽつりぽつりと店があるが、反対側は建物の壁だ。酒瓶が転がっていたり、野菜くずが捨てられていたり、上着や片方だけの靴が落ちていたりする。泥酔した男が、転がっていたりもする。


 小さな橋が架けられた小川は水量が無く、淀んでいた。ゴミや油膜も浮いている。


 やがて、飲み屋ばかりが並ぶ界隈に入った。昼間だからか、明かりがついた店は少ない。昼間から営業している店からは、笑い声が絶えず聞こえてくる。


 二人は営業中の店のうちで、最も出入り口が綺麗な店を選んだ。出入り口が清掃されて、その状態が維持されているということは、まともな店員がいて、落ち着いた客が来るということだ。噂話を聞くのに、飲み屋は最適だ。絡まれて、話が聞き出せないのは困る。


 店に入ると、ライカはカウンターの隅の二席を陣取った。壁側に、レオが座るよう指示される。


(他に、客いないんだけどな)


 わざわざ隅に座る必要があるのかと、レオは首を傾げた。


「何にする?」


 声を掛けてきた店員は、レオを見て、目を丸くした。何に驚いたのか察したレオは、ジト目で店員を見上げる。


「一応、酒を飲める年齢ではあります。ギリギリですけど」


 クレイン王国では、十八歳から成人として扱われる。公共の場所や飲食店での飲酒も、同じく十八歳から可能となるのだ。


「そうか。すまないな。保護者と一緒に来たのかと思っちまった」


「俺は、こいつと五歳も離れていない」


 今度はライカが、店員をねめつける。店員は「すまないな」と、再び素直に謝った。とりあえず、客に対して謝れる分だけ、店選びは間違っていなかったとわかる。店によっては、客に暴言を浴びせる質の悪い店員がいるところもあるのだ。


「改めて、何にする? あまり酔わないやつの方が良いんだろう?」


 片目を閉じる店員に、レオは目を丸くした。彼は、レオ達が何のために訪れたのか、わかっている。


「助かります。私は、なるべく甘いので」


「俺は、辛い方がいい」


「わかった」


 店員は、背後の棚を振り返った。棚には、様々な酒のボトルが並んでいる。文字だけのラベルもあれば、白地に青インクで半円と十字が描いただけのラベルもある。黄色地に赤いインクで山を描いたラベルは、レオでも知っている。父親が好きな銘柄だ。


 店員は迷わずボトルを選ぶと、金属製の小さな器に混ぜていった。


「で? 何を知りたいんだい?」


「最近、はやっているという宗教についてです。表通りの人達は、みんな知らないようでしたけど。本当に、はやっているんですか?」


「そりゃ、表通りの人達じゃあね」


 店員は、肩をすくめた。


「マドニ教っていうんだがね。確かに、はやってるよ。ただし、この界隈で、だ」


「裏通りで?」


「どうやって信者を集めているかは、知ってるかい?」


「蘇生をする、と」


「その通りだ」


 混ぜてグラスに移し替えた店員は、レオとライカの前に、それぞれ差しだす。レオの酒は、透き通った赤色。ライカのものは、底の白から青へと綺麗に移り変わるものだった。


「そりゃ、表通りの奴等も死ぬ時は死ぬが。この界隈の死亡率は、明るい世界の比じゃないんだよ」


 金属製の器を洗いながら、店員は話を続ける。


「殴り合いに、暴行。ちょっとした小競り合いなら、日常茶飯事だ。ああ、ちょうど親父さんを蘇らせてもらったっていう客が来たよ。イグニード」


 出入り口を見ながら、店員が片手を上げる。レオ達も、振り返り見た。背を丸めた赤ら顔の男が、のそのそと入ってくる。


「こっちの客が、マドニ教について知りたいそうだ。親父さんのこと、話してやってくれねえか?」


「ああん? かまわねえが」


 イグニードと呼ばれた男は、ライカから椅子を一つ空けたところに腰掛けた。店員に「いつものな」と声を掛けてから、レオ達を見る。


「あんたら、神に(すが)ろうとするほど困ってるようには見えねえが。まあ、いいか」


 イグニードは、ボリボリと後頭部を掻いた。


「うちの親父は、昼間から飲んだくれてるような奴でな」


(自分も同じでは)


 レオは、そう思ったが、口を閉じたままにしておく。イグニードの前に、店員がジョッキを置いた。ジョッキの底から、細かい泡がいくつも浮いていく。


「たまたま見ていた奴等の話じゃ、その日も酔っぱらって、ふらつきながら歩いていたんだと。で、その先にある橋から落ちちまった」


 イグニードは、あごで向こう側の壁を示した。レオ達が歩いてきた道を更に進むと、橋が掛かっているようだ。


「それで、死んだ、と?」


 イグニードの方へ、ライカが体の向きを変える。おかげでレオからは、ライカの髪しか見えない。背中まで伸びた髪は癖がなく、美しい。


(きれいだけど、今は腹立たしいな)


 レオは毛先を引っ張ってやったが、ライカは無反応だ。仕方なく、声だけを聞くことにする。


「ああ。俺が駆けつけた時には、もう息をしてなかった。それから程なくして、呼んでもないのに、マドニ教の奴等が現れた」


「たまたま見ていた信者でも、いたんだろう」


「たぶんな。あんな親父でも、俺に残された最後の肉親だ。蘇生させてやるがどうか、と聞かれりゃ、お願いしますとしか言えねえよ。そしたら宗祖って奴が現れて、あっという間に蘇生しやがった」


「あっという間に?」


 姿は見えないが、レオの声をイグニードは拾ったらしい。「ああ」と返事が聞こえる。


「あんなの目の前で見せられちまうと、信じるしかねえだろ。ここいらには、暴行を受けて死ぬ奴もいりゃ、自殺する奴も後を絶たねえし、金が無くて病を治せず死んでいく奴も多い。信者は、日に日に増えていくばかりってな」


 ドンッという鈍い音がする。酒をあおったイグニードが、カウンターにジョッキを置いたようだ。


「まあ、あちらさんは、それが生業なんだ。しかたねえだろ。んじゃ、そろそろお祈りの時間ってやつだから、行くわ。ごっそさん」


 チャリンという、小銭が置かれた音がする。イグニードは立ち上がると、店員にひらひらと手を振って、出ていってしまった。


 レオは、小首を傾げる。


「お祈り前に酔っぱらうのって、アリなんでしょうか?」


「許してもらえる懐深い神様なんだろう」

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