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リゼは気を遣ってくれるけど。

 リゼの私室に、甘い香りが漂っていた。侍女が朝用意したばかりだという色とりどりの花に、焼き菓子。蜂蜜と薫り高いお茶。先日の茶会が再現されたかのようだ。


 すべて、普段のレオなら喜ぶものだ。リゼが、わざわざ用意してくれたものだとわかる。


 しかし、今の彼女の心は、大きな石を投げ込まれたかのように重い。真顔で、リゼに渡された紙を見下ろしている。先日、彼に託した葉っぱの調査報告書だ。


「コロル草。古代から、胃腸薬として重宝されてきたみたいだね。だが、今回使われた毒には、解毒薬としても効果が期待される」


「それは、読めばわかるんだけど」


 レオは顔を上げると、首を傾げた。


「結局、偽医者の目的は、何だったんだろう? 集落の壊滅が目的なら、解毒薬なんて必要ないでしょ? 解毒薬を試したかったっていうなら、なにもあれほど死人を出さなくても良かったと思うけど」


「そうだね。それに、もう一つ。彼が持っていた葉は、純粋な解毒薬ではなかった、という点も気になるな」


 レオは再度、調査報告書に目を落とした。コロル草の説明の下に、続きがある。


 分析を依頼した葉っぱには、あらかじめ『キリミツバ』という植物の煮汁が塗布されていたらしい。コロル草とキリミツバを同時に服用すると、極めて軽度ではあるが幻覚作用が現れるという。


「毒で意識が低迷している時に、これを使われたら、ひとたまりもないよね? 幻覚作用を引き起こすことが目的だったのかな?」


「今は、かもしれない、としか言えないかな。件の医者を捕まえて、真意を問うより他に方法がないけど。狼をもってしても、消息が掴めていないんだ」


 リゼが言う狼とは動物のことではなく、捕縛や暗殺を得意とする家門のことだ。平穏が保たれている現在は、主に犯罪者を追う役割を担っている。王家に従う家門の中でも特殊な存在で、レオ達他の家門の前には滅多に姿を現わさない。


(狼まで動く自体になってるんだ)


 レオは、項垂れた。


「ごめんね、リゼ。あの時、捕まえられていれば」


「いいや。言った通り、狼でも捕まえるのに苦労する相手だよ。誰を行かせても、結果は同じだったと思う。むしろ、逃げざるを得ないほどまで追い込んだ、と見るべきだろうね。現に、葉のおかげで、幻覚作用のところまで辿り着くことができたんだから」


(リゼは、そう言ってくれるけど。葉っぱを見つけたのは、ライカさんだし。私は運んだだけで、何もしてない)


 レオは膝の上に置いた手を、強く握った。


「ねえ、リゼ。次の仕事も、私に任せてくれるよね?」


「レオ?」


 顔を上げたレオは、リゼを見た。彼の戸惑った顔が、少し滲んで見える。


「リゼは、ケガして欲しくないって言うけど。偽医者、逃がしちゃったけど。それでも、任せてくれるよね? じゃないと私、リゼの傍にいられなくなっちゃう」


「レオ」


「リゼとは、幼馴染だよ? だけど、いつまでも対等でいるわけにはいかない。私は、王家を守護する家門なんだから、ちゃんと役に立たなくちゃいけない。父上にも、ずっと言われてきたし」


「レオ。落ち着いて」


 レオの両肩に、リゼの手が置かれた。顔を覗き込まれ、レオは瞬きをする。頬に、雫が伝った。


「もちろん、レオにも任せるよ」


 リゼが、そっと涙を指で拭う。


「ただし、今回もライカに同行させる。二人一組の規則は、絶対だからね。おそらくライカは、安全圏だと思うから」


「安全圏?」


 きょとんとするレオに、リゼはうなずいた。


「大事な幼馴染が、変な輩に襲われでもしたら困るじゃないか。その点、ライカなら大丈夫ってことだよ。ここだけの話だけど。ライカは少々、癖の強い女性に好かれる(たち)らしくて。女性には、辟易(へきえき)しているらし」


「お呼びだろうか? 殿下」


 急にライカの声がして、レオは袖で乱暴に涙を拭った。


「入室許可は出していないはずだけど?」


 入り口の近くで、オーリスが笑顔で手を振っている。おおかた、彼が許可したのだろう。


 オーリスの姿が見えていないリゼは、胡乱気(うろんげ)な顔をしている。対して、リゼの言葉を聞き流したライカは、レオを見て面食らったような顔をした。


「お泣かせに?」


 疑わし気な視線を送るライカに、リゼは眉を寄せた。


「そんなこと、するはずないだろう。レオにも、いろいろと悩みがあるんだよ」


 リゼは自ら茶器を机の端に寄せると、中央に紙を広げた。この国の簡略図だ。地図の中央に、首都であるライスウォークがあり、城がある。


「さて。二人揃ったところで、さっそくだけど頼みたいことがあるんだ」


 彼は、首都の南東を指差した。


「君達には、ここに行ってもらいたい」


「シオリルク?」


 簡略図を覗き込んで、レオは瞬いた。


 シオリルクは、国内で三番目に面積が大きい都市だ。それなりに、人口も多い。ただ、王家直轄地であるライスウォークに比べると、貧しい者への扱いが厳しいという。


 王家も報告は受けているものの、市長に投げかけるのは注意のみ、というのが現状だ。大都市の市長は有力な諸侯が任されているため、下手に手出しができないらしい。


「暴動でも起きそうな気配が?」


 無表情のまま尋ねるライカに、リゼは「いや」と否定した。


「市民の間で、新興宗教がはやっているらしい。その調査を、お願いしたいんだ」


「でも、信仰の自由は許可されていますよね?」


 ライカがいるため、丁寧語で尋ねるレオに、リゼはうなずいた。


「もちろん。ただし、法律に触れない限りは、という条件はある」


 リゼはサイドテーブルに積まれた本の中から、分厚い一冊を持ってくる。机の上に置くと、どん、という鈍い音がする。あらかじめ栞が挟まれていて、彼はすぐに目的の箇所を示した。


「魔術法第十条。国の許可を得た魔術師以外の者による蘇生は禁ずる」


「この法に、その宗教は抵触している、と?」


「その可能性がある」


 ライカの問いに、リゼが答える。


「この宗教は、信者集めに『蘇り』を利用している、との報告が上がっている」


 「んん?」と言いながら、レオは首を傾げた。


「『蘇り』を利用って、どういうことですか? 先に誰か死んだ人がいないと、蘇生なんてできないですよね?」


「それに、蘇生魔法の成功率は、時間経過と共に下がると聞く」


「その通りだよ、二人共」


 リゼは、本を閉じた。


「シオリルクの日々の死者数がどの程度なのかは、把握できていない。とりあえず、ライスウォークと同程度だと仮定しよう。毎日、都市のどこかで死者は出る。ただし、皆がみんな、蘇生を希望するわけではない。となると、急激に信者を増やせるかは微妙な線だと思う」


 ライカは、はっきりとうなずいた。彼自身、誰かの蘇生を望むことはないのだろう。


 対して、レオはよくわからなかった。まだ、大切な人を亡くしたことがないからだ。仮に、リゼを失ったとする。そこに蘇生魔法を提示されたら、(すが)るかもしれない。ただ、それは自分が魔術師だからだ。


 仮に、自分が魔法を使えない状態になっていたとする。見ず知らずの人に魔法をかけてくれと頼むかは、その時になってみないと答えが出ない気がした。


「蘇生の成功率に関しては、三つの仮定が考えられる。一つは、宗祖は時間経過に関わらず蘇生できる確率が変わらない、高度な魔術師である。二つ目は、宗祖は蘇生魔法が使えない。仲間と共謀し、蘇生に成功したように見せかけている。三つ目は、宗祖は蘇生ができるものの、時間経過と共に成功率が下がる。そこを補うため、故意に死者を作っている」


(つまり、信者を増やすために殺しているってこと? だとしたら、許せないんだけど)


 レオは、眉を寄せる。まだそうと決まったわけではないが、ろくな宗教ではなさそうだ。


「二人には、信者集めについて調査してきてほしい。あまり期待はできないけど、市長に協力を請うても良い。後追いで、応援も送る。宗祖が高位な魔術師である可能性もあるし、魔術を使えるのが宗祖のみとも限らない。二人共、充分に気を付けるように」


 もし、宗祖が本当に高位の魔術師だとしたら、正直に言ってレオは敵わない。


(ライカさんは、どうなんだろう?)


 ちらりと、横目でライカを見上げる。相変わらず、不愛想な顔をしている。


(よくわからないな。とりあえず、気を付けていこう)


 レオは両手に力を入れると、真っ直ぐにリゼの目を見た。


「わかりました。行ってまいります」


 リゼは何も言わず、ただうなずいた。


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