結果が出ました。黒確定です!
レオが集落に戻った時には、すっかり日が暮れていた。昼間より一段と寒く、レオは杖をしまうと両手に息を吹きかけた。
「おかえりなさい」
暗い中、青年はたいまつの火を頼りに、家畜の世話をしていた。小屋の奥で、弟も掃除をしている。
「ただいま戻りました。ご遺体は、どうなりましたか?」
「無事に掘り起こすことができました。中で、スイさんとシャロンさんが鑑定を行っています。外は冷えるでしょう? 温かいスープも用意してありますから、中へどうぞ」
「ありがとうございます」
レオは両腕を擦りながら、家の中に入った。途端に、カップを手にしたライカと目が合う。
「薬草と思わしき葉は、どうなった?」
尋ねる彼は、やはり無表情だ。リゼのように、目で物語ることもしていないように見える。
(オーリスが言ってたように補い合える日が来るとは、とても思えないな)
レオの心が、また冷える。
「薬学研究機関に、調査を依頼してくださいました。ですが、結果が出るまでに時間が掛かるかもしれない、とのことです」
「そうか」
それだけ言って、ライカは一枚の戸に視線を移した。戸の向こうに、スイとシャロンがいるのだろう。
作業を終えたのか、兄弟が中に入ってくる。レオが何も持っていないのを見て、青年は彼女にスープを差し出した。
「ありがとうございます」
根野菜入りのスープは、冷えてしまったレオの心をほぐしてくれる。
「葉っぱの分析も、遺体鑑定も、魔法でぱっと、というわけには、いかないんですね」
特に答えは期待していなかったが、戸を気にしていたはずのライカが口を開いた。
「それは、そうだろう。火炎の魔法が得意だからといって、焦げ跡を見て、なぜ焦げたのかわかるわけではない。死体とて同じだ」
「なるほど」
(まあ、確かに私だって、濡れた物を見て、原因がわかるわけでもないしな)
魔法は便利ではあるが、万能ではないのだ。レオは、ため息を吐いた。
兄弟の好意により、彼等の家に泊まらせてもらうことになった。人数分の寝台も寝具も無いが、綺麗な水が楽に手に入り、屋根があるだけでもありがたい。野宿では、自力で居場所を見つけるところから始めなければならないのだ。
床は固いし、底冷えする。レオはなるべく身を縮めて、ローブにくるまった。
(今夜は、眠れないかもしれないな)
そう思っていたが、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。村と城との往復で、疲れていたのかもしれない。大丈夫じゃない、と言ったリゼの見立てが正しかったといえる。
レオが床から起き上がると、ちょうど戸の向こうからスイが出てきた。遺体鑑定が終わったようだ。
レオに気付いたスイは、あくび混じりに「おはようございます」と言った。緩んだ彼女の姿を見るのは初めてだ。気だるげな彼女は、色気があった。ふふっと笑うと、更に増す。
「なんだかんだ、気遣われていますね」
レオは疑問に思いながら、周囲を見回す。大きな漆黒のローブが、レオのローブの上から掛けられていた。
(ライカさんの、だよね?)
無言で漆黒のローブを見下ろしていると、外からライカが戻ってきた。顔を洗ってきたらしい。布で顔を拭いている。
「おはようございます、ライカさん。意外と、仲間思いなんですね」
ほほ笑むスイからは、先ほどの気だるさを感じない。気の抜けた顔を見せる人間を選んでいるようだ。
「風邪をひかれても、たまらんからな」
眉を寄せたライカは、漆黒のローブを拾い上げると、さっさと身にまとってしまった。徐々に、レオは寒さを感じるようになる。
(一枚で、だいぶ違うものなんだな)
腕を擦っていると、兄弟も外から戻ってきた。家畜の世話をしていたようで、服に干し草が引っかかっている。
スイが、部屋の中を見回した。
「みなさん、お揃いですね。鑑定結果が出ました。今、よろしいでしょうか?」
お揃いですね、と言いつつも、シャロンがいない。戸の向こうで、休んでいるのかもしれない。
「断る理由は無い。聞かせてくれ」
ライカの言葉に、スイはうなずいた。
「結論から申し上げますと、死因は毒であることが判明しました。国の南側に自生する、コールセンという植物の根が使われています。この辺りで自生している例は、ありません。それにも関わらず、村の人の多くが犠牲になりました」
「故意に毒を摂取させられた、ということになるな」
ライカの言葉に、スイが「ええ」と肯定する。
「幸い、と言いますか。シャロンが、患者に接した経験があり、解毒薬も知っています。他の者でも、南に派遣された経験がある者なら、知っているでしょう」
「それほど、ありふれた毒、ということですか?」
「ええ。食用の山菜と葉の形が似ているので、誤って食してしまう人が毎年出るそうです」
(致死率がそれなりにある毒が、ありふれてるって。南に行ったら、気を付けよう)
レオは、冷気のせいではない寒気に、身を震わせた。
「南では知名度の高い毒を使った。ということは、医師団のことをさぞ警戒しただろうな。あちこち派遣される医師団なら、当然知っている者がいる。だから、薬草を始末せざるを得なかった、か」
眉を寄せるライカに、スイが再び「ええ」と肯定する。
「焼け残った葉の調査を依頼されたそうですね。その葉が解毒薬であると判明すれば、あの医者の疑わしさは決定的なものとなります。ただ、どうやって、コールセンの根を服用させたのか。更に、なぜ医者に化けて解毒薬を使用したのか、という疑問もありますが」
「ああ。疑問に関しては捕まえて白状させればいいだけだが、葉の調査に時間が掛かるらしい」
「その間、医者の動きが気になりますね。他に、おかしな事をしないといいんですけど」
スイが頬に手を当てて、息を吐いた。ふむ、とライカが呟く。
「念のため、見に行く必要があるな。レオ、行くぞ」
レオが返事をしないうちから、ライカはローブを翻して、外に出ていってしまう。
「ちょっと。置いてかないでくださいよっ」
レオは慌てて、ライカを追った。彼は、振り返りもしない。
(行くぞって言ったくせに。一緒に行動する気があるのか無いのか、どっちだよ)
心の中で悪態をつきながら、小走りでライカに追いついた。
既に夜は明けているはずだが、森の中は薄暗かった。そんな中でも、小鳥達は気持ちよくさえずっている。時おり、ざっと枝葉が音を立てるほどの風が吹いて、その度にレオは身を震わせた。
集落に出ると、既に村人の何人かは動き出していた。昨日、井戸の傍で出会った少年の父親に、「おはよう」と声を掛けられる。彼は、木桶を手にしていた。
「おはようございます。井戸汲みですか?」
「ああ。畑に水をやるためにな。嬢ちゃん達は、どうしたんだい?」
「お医者様に、お伺いしたいことがあるんですけど。もう起きていらっしゃるんでしょうか?」
父親は、うーんと唸りながら、頭をかいた。
「さすがに、起床時間までは知らないな。訪ねてみたら、どうだい?」
「そうですね。そうしてみます」
父親と別れると、二人は偽医者が居候している離れに向かった。忍び足で戸に近づき、レオがそろりと取っ手を掴む。
(鍵が掛かっていない?)
郊外では、深夜帯でも鍵を掛けない家がままあると、兄に聞いたことはある。不用心だなと思いつつも、これ幸いと戸を勢いよく開いた。
家の中は明かりが灯されておらず、薄暗かった。物音一つしなければ、人の気配も無い。
「この家、隠れる場所なんて、ありましたっけ?」
「いや。限られているはずだが」
ライカが手のひらの上に火の玉を作り、建物の中に入る。暖炉に火の玉を入れると、部屋の中がほんのりと明るくなった。
更に指先に火を灯したライカが水場を確認している間に、レオは部屋を一周してみる。がらんとした部屋に、眉を寄せた。
「荷物が、どこにもありません」
戻ってきたライカに言うと、彼は舌打ちをした。
「逃げられたか」
「まだ、近くにいるかもしれません。探しましょう」
レオはライカの返事を待たずに、外へ出ようとした。そこへ、ランプを手にした集落の長と出くわす。
「あなた達ですか」
物音を不審に思って、見にきたのだろう。レオとライカだとわかると、村長はふうっと息を吐いた。
「こんな朝早くに、何事ですか?」
「つ、連れが腹痛を訴えまして。お医者様に診ていただこうと来たのですが、いらっしゃらないんです」
レオは、ちらりとライカを振り返った。腹痛の振りをしているのだろうか。両手で腹を押さえ、背を丸めている。
「ですから、近くを探してみようかと」
「わかりました。私も協力しましょう」
長は、他の住民にも声を掛け、集落総出でマッシュを探した。レオも腹痛の振りをするライカを置いて、森の中を捜索する。
しかし、ついにマッシュを見つけることはできなかった。




