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王太子殿下の魔術師 ―氷と炎は相容れないと思います―  作者: 朝羽岬
第一章 氷の魔術師と炎の魔術師
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初顔合わせ。意思疎通は……無理そうです。

 レオは、ほんの少しの緊張と大きな喜びを胸に、王太子の執務室に立っていた。目の前には、優しくほほ笑むクレイン王国の王太子こと、リゼがいる。


(ようやくだ。ようやく、この場所に立てた)


 リゼより一つ年下のレオは、彼の遊び相手に選ばれて以来、幼馴染として幼少期を過ごした。その頃からずっと、将来は彼の力になりたいと願ってきた。王付きである父親からも、この先もリゼと共にいたいなら、彼の手足となれと言われ続けた。


 リゼ付きの魔術師となるべく、十二歳の誕生日を迎えると同時に、リゼの元を離れた。王国史や地理などの勉学はもちろんのこと、魔術の鍛錬も行った。父や兄のしごきにも耐えてきた。


 たまに、リゼが差し入れを送ってくれることもあったが。


(十五の誕生日にもらった焼き菓子、おいしかったな。また、くれないかな。おっと)


 焼き菓子を想像して、つい顔が緩みそうになる。レオは一度、ぺちりと軽く頬を叩いて、真顔を作り直した。


「君が成人し、僕の傍に戻ってきてくれたことを、うれしく思うよ」


 幼馴染だからこそわかる、本当にうれしい時の顔だ。この顔を向けられようものなら、世の少女たちは黄色い声を上げ、卒倒する者も出るだろう。


 リゼは、澄み渡った空のような瞳に、柔らかい金髪を持っていて、物語の王子様が現実世界に現れたのではないかと噂されるほど、整った容姿をしている。


 残念ながら、幼い頃に見慣れてしまったためか、レオが心をときめかせることはないが。


 ただ、幼馴染が心から喜んでくれると、レオも同じように心が温かくなる。彼のために数年間がんばれるほどには、彼のことが大好きなのだ。


 同じく、幼少期はリゼの幼馴染として育ち、今は彼の秘書となったオーリスも、ほほえまし気に二人を見守っている。レオより五つ年上の彼は、幼い頃から二人の兄役だった。


 王太子の執務室は、幸せな空気で満たされていた。


「さて、レオ。今日から、僕の手足となって動いてもらうことになるんだけど。二人一組でという決まりがあることは、もちろん知っているよね?」


 「もちろん」と、レオはうなずいた。王付きである父や兄も、同じように二人一組で任務にあたっている。一人が行動不能に陥ったとしても、もう一人で任務を全うするためだ。


「よし。それじゃ、今日から君と組むことになった魔術師を紹介するよ。オーリス」


 オーリスは一礼すると、部屋を出ていった。しかし、すぐに人を引き連れて戻ってくる。あらかじめ、部屋の外で待機させていたらしい。


 オーリスが連れてきた人物を見て、レオは少しばかり口元をひきつらせた。


「ライカだ」


 威圧的な、低い声音だった。


 手には杖を持っていて、漆黒のローブを羽織っている。恰好は確かに、魔術師のものなのだが。


(剣士の間違いでは?)


 そう疑ってしまうほど、袖口から覗く手首は太い。首も太く、筋がはっきりとしていて、ローブの上からでも体が鍛え上げられていることがわかった。背も高く、目つきは鋭い。青銀色の長い髪は美しいが、同時に冷たい印象を受ける。


 正直に言って、怖い。


「レ、レオです。今日から、よろしくお願いします」


 どうにか笑顔を作って、ライカに右手を差し出した。


 しかし、ライカはピクリとも動かない。こういう時、差し出した右手はどうしたら良いのだろう。


(きっと、小娘と思われてるんだろうな)


 固まってしまった右手を、レオはどうにか引き戻す。


(オーリスよりも年上だろうな。経験豊富そうだから、私みたいな新人と組まされるのは、おもしろくないんだろうけど)


 レオは、そう推察した。おとなげない、とも思った。兄だったら、新人と組んでも嫌な顔はしないだろう。


 溜息を吐くレオに、リゼが苦笑を浮かべる。


「ああ、レオ。たぶん勘違いしていると思うけど。ライカは、僕と一つしか違わないよ」


「えっ?」


 レオは、まじまじとライカの顔を見上げた。つまり、レオとライカは二つしか違わない、ということになる。


「よく、年上に見られませんか?」


 つい、聞いてしまった。ライカは無表情のまま、「そうだな」とだけ答える。


(とりあえず、質問には答えてもらえるんだ)


 ほんの少しだけだが、前向きになれた。意思疎通ができなければ、仕事にならない。少なくとも、そこは回避できそうだ。


(あとは、得意なことと苦手なことは、あらかじめ知っておいた方がいいかも)


 よし、とこぶしを握って、質問をするべく口を開く。


「ちなみに、なんですけど。ライカさんの得意魔法は、何ですか?」


「火炎だ」


「そうですか。私は、氷なんですよ。補い合うことができたら、うれしいです」


 とびきりの笑顔を作ったつもりなのだが。


(へ、返事がない)


 ライカは口を閉ざしたまま、レオを見下ろしている。いったい何を考えているのか、わからない。いや、寄った眉を見れば、機嫌が悪いだろうことだけはわかる。


(これ、意思疎通無理なのでは?)


 ライカと組んで仕事をこなすなど、到底できそうにない。しかし、ようやくリゼの前に立てたのだ。弱音を吐くわけには、いかなかった。


 レオは、ぐっとこぶしを握った。


「ところで、殿下。初めての任務は、どのようなものでしょうか?」


 尋ねると、リゼはわずかに顔をしかめた。『殿下』と呼んだことが、気に食わないらしい。


(しかたないよね。もう子供じゃないんだから)


 レオが黙して待っていると、観念したのか、リゼは口を開いた。


「既に、騎士団を向かわせてはいるんだけどね。魔法石を不正に売買しているという男が、ライスウォークに潜伏しているらしいんだ」


 魔法石は、魔術師の魔力を増幅させる効果がある石だ。増幅量は石の大きさで決まり、さほど効果のない砂粒のような石は、街中にある魔道具屋でも買うことができる。しかし、小指の先以上の大きさのものは、許可のない取り引きを禁止されている。犯罪組織の悪用を阻止する狙いもあるが、いたずら目的であっても、国民に危険が及ぶ場合があるためだ。


「君達には、先行している騎士団第五部隊と協力し、潜伏場所を突き止め、男を捕まえてほしいんだ」


「わかりました。お任せください」


 レオは姿勢を正すと、はきはきと応じたのだが。なぜかリゼは、長旅に子供を出す母親のような顔をしている。


「いいかい? 既に、騎士団が赴いているんだからね? くれぐれも無茶はしないように。深追いもダメだ。わかったね?」


 主人直々に、ここまで念押しされる手足が、他にいるだろうか。


(そんなに信用できないのかな?)


 レオは、そっと溜息を吐いた。

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