蜜蜂ダンス
学校の帰り道、お日様の光は強いけれどまだ比較的空気が乾いているものだから、暑さもそんなにきつくなく、長袖シャツを着ていてもそんなに苦にならない、そんな日の午後、学校を休んだ友達の家に行こうとしていつもの道から細い路地に入ろうとした時、その路地から突然現れてこちらの方へ歩いて来る白い杖を持ったおじさんに出くわした。それは全くの不意打ちだった。
僕はびっくりして、我ながら何を思ったのかおじさんの前でくるりと転回した。だからこのおじさんの右斜め前を、学校の方へ向かって歩くことになってしまった。これはまずい、このままでは友達の家に行けない。預かっている宿題や連絡帳を友達に渡すことが出来ない。そこでもう一度向きを変えようとした。この時僕の真後ろには誰もいなかったんだからもう一度百八十度転回すればいいだけの話だった、はずだ。ところが何故かそのことに全く思い至らなかった。この時の僕はおじさんの前方スペースを使って大きくUターンするしかないと思い込んでしまった、らしい。そこで次のような計画を立てた。右側はすぐに車道だから、申し訳ないけどおじさんの前を斜めに横切って歩道の左端に行き、更にもう一回おじさんの進行方向を今度は大きく旋回しつつ横切って、そのまま方向転換をしてやろう、と。そしてそのように実行した。
ところがおじさんの歩みは思ったよりも早く、方向転換をする際おじさんとぶつかりそうになってしまった。そのため慌てて体を傾けながら、そして傾いた自分の体のバランスを取りながら、おっとっと、とおじさんの背後に回り込もうとした。足元は覚束なく足取りもよれよれだったけれど、何とか接触事故を起こすことなく、体勢も立て直すことができた。そして漸く当初の目的、友達の家に通じる小さな路地への侵入に成功した。
けれどこの不格好な行動、何とも情けない有様だった。この一連の不細工な動きでもって、僕はご丁寧にも八の字を描いて歩いたことになる。蜜蜂の尻振りダンスじゃあるまいし、やっぱり慌てるとろくなことがないや。
ただ、おじさんとすれ違う時、おじさんの口元が微かにほころんでいるのが見えた。きっとおじさんの心の中では、僕の動きがはっきりと見えていたに違いない。視覚以外の聴覚その他鋭い感覚器官でもって、僕の馬鹿々々しい動きを頭の中で正確に映し出し、面白がって見ていたんだろう。
誠に失礼致しました。