EP6 2054年1月13日 嵐が嵐を呼ぶ 謎の個体名<桔梗>見参 ☆
ポーン
______<桔梗システム稼働率が80%に達しました。完全コンプリートまで残り30分>
灰原哀のような可愛い合成音声が、今は使われていない狭い倉庫内に響いた。
その<桔梗>とは、緊急時に備えて両親が残した物だったのか、未だにシステム維持動力となるエネルギーが、Gフィールドエンジンから常に供給されていたのだった。
個体名<桔梗>______それには、一体何の目的があるのだろうか。それを知るのは、創造した今は亡きレイジー博士の両親のみであり、バニラ・アイスもその存在を知っているだけで、詳しい事は知らないのだ。
ブツブツ
照明のない部屋で、一人呪詛を吐くしかないのは<桔梗>だ。
「糞、この状況は全く歯痒いな!まだなのか。緊急事態だと言うのにもっと、もっと早く出来ないのか!」
バニラ・アイスが<桔梗>と呼んだ何者かは、完全起動までの時間が待てない程の焦りに満ちていた。
いったい何が原因で緊急事態なのだろうか。
しかし<桔梗>が、自力で不完全な状態で無理やり起動しても、それでは<桔梗>の重大な使命を遂行出来なくなる。それを恐れた桔梗は、残りの30分が拷問にも等しく思えるのだった。
______個体名<桔梗>がレティキュラム号の艦内に存在すると言う事は、つまりレイジー博士と関係している事になる。そして<桔梗>の存在を知っているバニラ・アイスは、敬愛し過ぎるご主人様に、一年間その事を話す事はなかった。
その理由は分からない。バニラ・アイスはご主人様に、レティキュラム号の艦内で起きている事を伝えねばと、今は不本意ながら決意を固めていた。
『いずれこんな事態が来るとは思っていたけど、意外に早くなってしまったわ』
もうあと30分もすれば、個体名<桔梗>が起動してご主人様の元へと飛び込んで来るのは明白なのだ。だから今の内に、ご主人様と嫌な白パンチラ女ジョロジョロに説明しておいた方が、混乱を避ける為には最善だろうと判断したからだ。
それは、まるでバニラ・アイス自身の為に言い聞かせているようだった。
『桔梗は......生ゴミではないから問題にはならない筈。邪魔になるのは、あの白パンチラゴミ女のみ!』
______いつも脳天気なバニラ・アイスが、不気味な顔をして何かを演算をしているのか、無口になったのをレイジー博士は気づいた。
「ん?そんな怖い顔をして、どうかしたのかバニラ?アイス?」
おい。
はっ!
「......あのご主人様、突然ですが30分後に台風が直撃する事になります。落ち着いて対応してもらえれば、実害は無いかと思いますので......そこんとこヨロでしゅ」
「はぁ?糞ウサギ、何よいきなり台風だなんて!」
台風と訊けば嵐だと、当たり前のようにレイジー博士とジョーは思ってしまったのは仕方がないだろう。
「嵐が来るのか______未知の惑星に着陸した途端、台風とは。まぁレティキュラム号なら問題は無いが、そんなに慌てなくても大丈夫だろうバニラ?」
ジョーもうんうんと黄色いヘルメットを揺らして頷きながら、糞ウサギを見下してケラケラとあざ笑っていた。
「いえご主人様、台風と言っても人型をした喋る台風でしゅ......まぁ実際にご覧になった方が早いかと。もうすぐ向こうから飛び込んで来ますから、その時はヨロでしゅ」
「喋る台風って何だ??」
バニラの言っている事を理解出来ないのはジョーも同じで、早速仲良し口論が始まった。
「アハハ、この糞ウサギ、遂にAIに虫でも湧いたのかなぁ~?文字どうりのバグだよねぇ~。いっそ作業用アンドロイドのAIに換装すればぁ? 折角いっぱいあるんだしぃ」
(作業用アンドロイドとは、両親がレティキュラム号建造に使ったコピーアンドロイド48体の事であり、それが艦内倉庫に今でも起動可能な状態で保管されていたのだが......)
「うるさいな!IQがカスで年増の白パンチラ生ゴミ女!」
「へん、生身の美女が、自分の魅力を博士にアピールして何が悪い!」
「ご主人様は、そんな太い大根足に興味ない!」
「ニャニィ、全ての男を魅了して来た、信頼と実績、悩殺120%のボクの美脚を!」
かぶら足だ!
バチバチぃ
「まぁまぁ二人共、台風じゃないんだしさ、向こうから何かが来るのなら待っていればいいだけだろう?」
私は危険が無いと判断すると、ゆったりとお気に入りの藤製の椅子に座り込んで、自分で淹れたコーヒーカップを片手に、今後の事に思考を切り替える事にした。
「待っている間に、ジョーも飲んだら? この豆は上等な<ドウシタモンジャロ>なんだよ」
「迷った時とか精神を集中したい時に飲むと効果があると言う......あ、うん、博士が淹れたんなら安心よねぇ、糞・ウ・サ・ギちゃん」
『ふん、その白パンチィ、夜中にこっそり剥いで捨ててしまえば......ジョロジョロは替えを持っていない......つまりノーパン。むふふ』
バニラとジョーの目が不気味に交差して笑っていた。
「お前達、いつも仲が良くて私は嬉しいよ」
あはは
おほほ
☆☆
<ドウシタモンジャロ>と言う珍しいコーヒーを一口、私は口に含んで舌の上で転がすと、その独特な香りで頭が冴え渡って来る。
「糞ウサギ、アンドロイド風情が、人間の傾国美女に勝てると思って?」
「破産でもしたのか? 魅力とは私のように内面から湧き出るものよ!ジョロジョロは年増でIQがカスで生ゴミ」
にゃにお~!!
シャァ~!!
バニラは兎も角、ジョーには効果が無いようで、30円位の安物インスタントで十分だと理解した私だ。
______私が考えているのは、異世界の中世か近世の貴族社会で、暫くこの星に留まらなくてはならない事だ。
これから私達三人は、目立たないように生活しながら、元の世界に戻る方法を研究しなくてはならないのだ。
あ!
その時、私は逆に考えた。
「いや待てよ、次世代AIやGフィールドエンジンの秘密を守るなら、いっそこの星で暮らす......そんな選択肢もありか......バニラ・アイスとジョーの3人だけで。案外それもいいかも知れないな。だけど、それにはこの世界の事をもっと知らなくては......」
タタタ
!ピコ ピコ
バニラのウサ耳が、あの来訪者の到来を感知して、ドアの方向で動きを止めた。
「ご主人様、ターゲット来ました」
「噂の台風か」
ガコン キィィ
気密ドアが開いてそこに立っていたのは、バニラ・アイスによく似た美少女だった。
「ほぉ、君が台風なのか? 随分とまた可愛らしい台風だね」
は、はひぃ!
ガク ガク
レイジー博士がそう語り掛けたにも関わらず、桔梗は股間を震わせて固まり昇天寸前に陥った。
あうあう
桔梗の口は金魚のようにパクパクするだけで言葉にならず、頬が真っ赤に染め上がっていった。
「ご主人様、あれが台風の個体名<桔梗>です」
「名前は桔梗か、おいどうした?」
バニラ・アイスはこの現象を知っていた。
『不味い! これは次世代AI-myu特有の<ハイパーインパクト刷り込み効果>!』
バニラ・アイスが最初に見た男性はご主人様である......もちろん、レイジー博士に奉仕するようにプログラムされているので、その効果は抜群に機能していた。
「いいえ違うの。私のはそんな<ハイパーインパクト刷り込み効果>じゃない!これは真実不変の愛。桔梗のはただのプログラムのバグであって、それは後で削除すればいい。私のご主人様に、これ以上邪魔者が増えて堪るもんですか!」
そうこうしている内に、桔梗が我に返って片膝をついた。
ザッ
「し、失礼すました主様。私Dr. 立木陽介様と奥様のDr. 立木ロイス様に命を受け、ここで生まれた桔梗で御座います。主様の守護を命じられたこの身、この度の緊急事態勃発の為、起動に時間がかかりますたが遅れて参上すまし汁」
「私がすましたすまし汁?? 言語回路がまだ不調だな」
あっけにとられた私だが、すぐに事態を把握するのは早かった。
「緊急事態勃発とは、私達が異世界に転移した事か? Gフィールドエンジンも停止したからか。ふむ、それで起動を。つまり桔梗は、私を守るガーディアンで、バニラ・アイスより前に両親が作っていたと......道理でバニラ・アイスに顔と体が似ていると思った訳だ。となるとバニラ・アイスもハイパー4Dプリンターでコピーされていて、桔梗が原型と言う事になるのか?」
バニラ・アイスも桔梗も、アダマンタイト合金骨格に、合成人細胞でエルフっぽい人間の女性を形成していて、見掛けも触れても暖かく、人間と区別がつかない。
流石にAIだけはハイパー4Dプリンターでコピーは出来ない。どうやら次世代AI-myu96の試作版で、<myu69>だと言うのだ。
「69から96まで、随分とナンバーが跳んでいるのが気になるが、AI-myu96の為に、それほどの試行錯誤を繰り返したんだろう」
これを訊いてバニラ・アイスの口角が上がった。
「はは~ん。つまり桔梗は私より劣っているのよね。じゃぁご主人様の第一守護者はこの私、バニラ・アイスだって事を覚えておくのよ桔梗」
ムッ
桔梗はバニラ・アイスの言葉に目を吊り上げたが、何か言いたい事を我慢したようだった。
『こいつめ! お前より私のほうが先輩なのだぞ!この糞ウサギ!』
その桔梗の容姿はバニラ・アイスと双子のように見える。桔梗が原型なのだから当然なのだろう。今は私の前で傅いていて、見事な太腿が深いスリットから大胆に主張しているのだ。
「ほう美しいな(アンドロイドだけど)。桔梗は赤いチャイナドレスなんだね。それよく似合っているよ」
ぽっ ぽっ
「お、お褒めに預かり光栄で御座、御座候。チャイナドレスはご両親のDr. 立木陽介様の御趣味で、奥様も大層好んで着ておられました」
はぁ?レイジー博士が早漏?
呆れた声を上げたのはジョーだった。
「博士のご両親は御立派だったけど......重度のコスプレプレイマニアだったのね......はぁ、糞ウサギと言いとても残念な事で」
ジョーがポツリと零した言葉に、桔梗がまた激怒した。
先程のバニラ・アイスの言葉と、ジョーの言葉を許せず反論に出たのだ。
「この身こそ主様の為に、一番に作られたのです。二番煎じの糞ウサギやかぶら足に言われたくない! それに創造者のDr. 立木陽介様の崇高な御趣味で用意して頂いた、チャイナドレスまで愚弄するとは! 万死に値するのです!」
桔梗はチャイナドレスを着ているにも関わらず、中国の代表的な武器トンファーではなく日本刀を抜き放った。
シャララ
その眼光は鋭く、バニラ・アイスとジョーに殺気を放った。
「あらら、このボク、ジョーとヤルって言うの?」
「新参型落ちのポンコツが!バニラ・アイスが返り討ちにしてやる!」
_____私はこの状況を興味を持って静観していた。
「誰が一番強いのか......それを知っておくのは、これから異世界で暮らすには必要な情報になる」
はッ、御心のままに!
レイジー博士の言葉は絶対だった______
「主様のお許しが出たようだ。お前らも異存はあるまい!」
「「無い!!」」
「アチョォ~亀頭流48手抜刀術!」
おぉ、そんな悩ましい流派が!
「小癪な!ボクの秘奥義、とくと味わいなさい!」
はぁぁぁ 南友千葉拳!
何だそれ? 初耳ダジョー!
「出来損ないのAIが!私がバラバラにしてやる!」
AI-myu96殺法!
初めて訊いたよバニラ!
こうして一人と二体の実力検証が始まったのだった。
「バニラ、ジョー、それに桔梗の戦闘力!うむ、この戦い、実に興味深い!」