EP4 2054年1月11日 レイジー博士のこの腕は し 死んでも放すもんですか!
______博士は敵ライバル国から姿を隠す為に、バニラとジョーにとっては、博士との愛の逃避行を胸に秘めた、決死の火星航行の幕開けとなった。
しかし二人とアンドロイド一体が、初めての宇宙を眺める事に飽きるのは早い。
何しろ景色は、いつまでも漆黒が続くばかりで、ジョーにとって甘いムードの欠片も作れなかったのが歯痒かった。
「博士ぇ、流れ星が奇麗ね」とか、「夕日が博士とボクの二人を祝福しているみたい」など、メロドラマのようなそんなシチュエーションは皆無なのである。そう絶対に無かったのである。
そこで......。
第四惑星の火星までは、60分位で到着すると聞いたジョーが、私の事をあれこれ聞きたいと、彼女が彼氏におねだりするような顔をするのだ。
ジョーが女最高の武器、必殺<甘え上手>を繰り出したのであった。
男はこの手に非常に弱い生き物である。誰しも覚えがあると思う。
スナックのお姉ちゃんの甘い言葉一つで、姉ちゃん会いたさにスケベ心を満載にした男達が、何度も店に通う鴨ネギ蟻地獄。<女の顔は請求書>であると肝に刻むべし。
『ハメリア合衆国情報部の男なんて、ふっチョロかったし』
「あのさぁ~博士ぇ、考えてみたらボク、博士の事を全然知らないのよねぇ~。ハメリア合衆国から聞いている情報って、実は殆ど無かったのよえ~」
うふ
カチン
『この生ゴミが!私とご主人様だけのシークレット・ゾーンに、土足で割り込むなんて!許すまじ!』
Aiアンドロイドなのに、女性特有の嫉妬センサーが瞬時に発動。<請求書>と<請求書>の戦いが始まった。
女心に異常なほど疎い青年博士は、そんな女の戦いが起きているとは全く思いもしていないのだが。
ただ時間だけはあるので、暇つぶし程度に思った博士が、ジョーの話相手をする事にしたのは、これから二か月も火星で一緒なのだからと.....軽く考えていたからで、ジョーの必殺<甘え上手>は見事空振り三振、ストラック・バッターアウトのオウンゴールなのであった。
『くそ、なんて事? ハメリア合衆国情報部で通じたボクの色気が、全く通じてねぇし!この朴念仁には』
顔で笑って心で泣いて......情報部のスーパーアイドル、ジョーにとって初めての屈辱的な経験で思わず涙ぐんでしまった。
グㇲ
「ん?ジョー鼻声だけど風邪かな?」
するとバニラ・アイスがクっ クっと笑い、ジョーを哀れみの目で見据えていた。
「バニラ・アイス!この邪魔者が!」
◆◇◆◇
_____「私の父は日本人、母がハメリア人で出会いは、二人共ハメリア合衆国<次世代Aiの開発チーム>に所属していたんだ」
「キャ、職場恋愛だったのね、あぁんボク羨ましいぃ~。機密で縛られた情報局じゃあり得ない話だけど、宇宙船の中も一種の出会いの場よね」
ジョーにして見れば、宇宙船という閉鎖空間で、退屈した男と女がいい感じに発展しても不思議ではないのだ。
「うん?今良く聞こえなかったけど」
「内緒よぉん」
ギロォ
『糞生ゴミが! 私は生まれた瞬間から博士に超フォーリン・ラブ、黄金の鐘がガンガン私達を祝福したんだから!』
鐘をガンガン鳴らしては、かえって悪魔を召喚しそうなのだけど。
一方通行出口無し。完全にバニラの妄想なのだが、果たしていくら高性能とは言え、Aiがそのような妄想を抱くものなのだろうか。
バニラ・アイスの機能は、天才青年でも全てを把握していなかった。
______「両親が結婚して、あのジャーブラ島に移り住んでから私が12歳になるまで、両親がハメリア合衆国にも秘密にして建造していたレテイキュラム号と、次世代Aiの研究を私は毎日傍で見て育ったからね、まだ子供なのに設計データなんかも理解していたよ」
「す、凄いじゃない!だけど」
ラボを兼ねたレテイキュラム号を、両親が二人だけでは建造は出来ない。いったいどうやって作ったのか、ジョーが抱いた疑問は当然だろう。
「建設用のロボットを作るのは両親にとって児戯でね、超ハイパー4Dプリンターで作った作業アンドロイドが48機が、処狭しと動き回ってた」
超ハイパー4D、それは内部構造まで完全に再現する超高性能プリンターで、ボタン一つで何から何まで再現してしまうスーパーコピーマシンである。但し作業アンドロイド1機をプリントアウトするのに丸1日を要するマシンで、その結果、完成までに48日を要した訳だが、それでも画期的な方法だった。
「流石IQ280! イヨッ大天才!ご両親もスゲ~」
「はん! 私のご主人様なら当然よ、でもジョロジョロ、フッあなた年増でIQがカス。何の役にも立たない」
バチバチ
「そんな訳で完成間近いアンドロイドに、次世代Aiを組み込むのも私には、それほど難しくなかったんだ」
『この糞ウサアンドロイド! どうしてくれようか......作業ロボットのAiとすり替えるとか......フっそれがいいかも』
______バニラ・アイスに組み込んだ次世代Ai(myu-96)とは
それは今までのプログラムAiとは別次元と言って良いだろう。
次世代と言う言葉が相応しくない、両親が自己学習能力を飛躍的に高めた、超自信作だと言っていた。
無限に学習し、自分で判断し行動が出来るこのAiは、もはや自我をもっていると思える程の性能を発揮しているのだ。
この<次世代Ai-myu-96>を、ハメリア合衆国に提供する事は決して良い結果を生まないと判断した両親は、次世代Aiの作成は開発不可能で中止と報告し、その後チームを離脱していた。
それでもハメリア合衆国の要望が続く中、レテイキュラム号の建造にも忙しかった両親が、友達のいない息子のメイドとして作った、戦闘能力を持った万能アンドロイドに、次世代AIを組み込む手筈だったが、ライバル国の手によって暗殺されてしまった。
青年博士は次世代Aiの存在を知ってはいたが、両親の死後まだ12歳の少年が、アンドロイドを起動する事はなかった。
その次世代Aiは、起動する時を静かに待ち続けて、そしてやっと1年前、青年博士が27歳の時に思い立ち、Aiを更に自分の嗜好に合わせて改良し完成させたアンドロイドに、<バニラ・アイス>と名付けて起動したのだった。
しかし起動した途端、青年博士が予期しなかった事がAiに起きていたとは、今でも気づいていないのだ。
それはなんと<ハイパーインパクト刷り込み効果>である。
起動した男性の人間に恋をする。Aiがそんな感情を持つ筈がない。
しかし青年が知らない内に、次世代Aiの恋の炎がバニラ・アイスの中でメラメラと着実に燃え上がっていたのである。
それ故、ご主人様に近づくメスを、生ゴミとして全て排除する事が最優先事項となった。
______ジョー・ドミニク・ルフェーブル
IQ150を誇るハメリア合衆国情報局エリート・エージェント。26歳独身なのは、既婚では情報活動に支障がある為だ。
ジョーは30歳になる前に、寿退職すればいいと考えていたが、実は彼女を知る情報局員なら、誰もが憧れのブロンドのボッキュン ボクっ子美女である。
また銃器とナイフ、爆薬、毒薬などに精通しているのに、バニラが仕込んだ強力下剤に気づけなかった苦い経緯がある。
青年が住むジャーブラ島に、任務で初めて赴いた時既に、ジョーの♡はドキュンと撃ち抜かれていた。
今は博士と添い遂げる夢と覚悟を持っている。格闘技は達人級で、真空波を生み出す<南友千葉拳>の使い手であるが、青年博士は知る筈も無い。
______天才青年科学者
IQ280を誇る事のない、実に欲のない28歳の青年。ただ両親の残した発明を世に出す事は、更なる世界の悲劇の元となる事を良しとしない信念を持つ。
好きな物はバニラ・アイスクリームとウサギ。その為にアンドロイドのバニラ・アイスには、父が残し母親が着ていたバニーガールのコスチュームを着せている。父親のオタクを色濃く受け継いでいるのは血筋であろう。
バニラ・アイスにご主人様と呼ばれるのは、案外心嬉しく思っている。
◆◇◆◇
簡単に博士の経歴が終わった。
10分程度しか経過していないが、その時ラボで何かの緊急アラームが起動したのをバニラが素早く察知した。
「どうした?バニラ」
「ラボ内で何かのシステムが起動したようです」
『でもこの反応は!』
「そんなシステム、僕は知らないが。兎に角行ってみよう」
はい、ご主人様。
「え?何んなの?敵なの?」
しかし二人と一体が急いでラボに駆けつけても、何の異常も確認出来なかった。
「おかしいな、レテイキュラム号の機体に損傷は無いし。処女航海だからシステムが誤作動したと思う」
とご主人様は早々と結論を出したが、バニラは違った。
『あれは確かに起動反応。ここはこのまま様子をみて、人間のメスだったら......ふふ、これ以上生ゴミを増やしてなるものですか!』
「なぁ~んだ誤作動かぁ~、良かったぁ~ボク、てっきりルルシア帝国の工作員が侵入してたかと」
落ち着きを取り戻し、火星までの航行確認をバニラに任せると、私は火星生活に必要な装備を確認しておく事にし、バニラに指示を出す。
「バニラ、船体電磁シールドは展開しておいて」
「はい、ご主人様」
「さて、食料と水に発電システム、船外服に移動ローバーもOKだな。万が一、火星にモンスターが存在していたら厄介になるけど......武器までは装備していない.が.....どうしたものか」
博士は万が一を想定し、携帯型の武器を作る事を考え始めた。同時に怪我をしても、救急セット位しか無いのも大きな問題になった。
______火星までの距離の半分を航行した時、ナビ席のバニラが異常を感知したようだ。
「ご主人様、火星航行システムがエラー、宇宙空間に太陽も火星も、その他の星もロストしています!」
ガクぅぅン
「あ、たった今Gフィールドエンジンが停止しました!人工重力場停止、生命維持システム停止、全システムがダウン! このままではご主人様は死んでしまいます!」
それを聞いて装備確認をしていた船外服を、博士とジョーが装備したが、それでも酸素は1時間しかもたない。
Gフィールドエンジンは、惑星が存在する限り推進出来る。それが突然停止するなど考えられない事なのだ。
「こんな馬鹿な事が! では私達を乗せたレテイキュラム号は、いったいどこに存在していると言うのだ!?」
1時間以内に問題を解明し、Gフィールドエンジンを再起動しなければ、生身の私とジョーの命が無い。
バニラは焦る。何としても生ゴミは兎も角、ご主人様だけは助けなければ、この先自分が存在する意味が無くなってしまうからだ。
パワーを失ったレテイキュラム号の船内は、非常電源の赤いランプだけが燈っているが、システムがオールダウンしていれば、原因を究明する事はもはや不可能で、船内に重い空気が流れ始めた。
「博士、私達......ここまでかな。最後に博士の本当の名前を教えてよ。ボク知らないんだ......」
「しっかりしろジョー! 私はレイジー、レイジー・タチキだよ」
そう......レイジー博士。
______船外服を来た者同士が抱擁しても、伝わって来るのは無粋な金属の硬い感触だけだった。
「すまないジョー、君を巻き込んでしまった」
博士もジョーも覚悟を決めていた。バニラが如何に次世代Aiであろうとも、学習していない現象には答えられない。もう成す術が無かった。
『ご主人様と私の愛の逃避行......こんな所が終着駅......たった一年の愛だった』
パュアァァン
突然、船外に出現した光体が急速接近したかと思うと、あっと言う間にレテイキュラム号はその光の中に飲みこまれてしまう。
「何だ? 何が起こった? バニラ・アイス! ジョー!」
博士が気づけば、右腕にバニラ・アイス、左腕にジョーの腕がしっかり絡みついていた。
「「この腕は、し、死んでも放すもんですか!」」