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EP38 二つ名<サイレント・マーダー>


______レイジー印・ドラッグストア建築工事が始まって2週間、完成にはまだ4週間はかかるけれど、店舗開店と例の悪だくみが楽し過ぎて、私の毎日はとても充実した日々を送っていた______のだ......その筈だった。


◇エイプ子爵家から離れた倉庫地下室◇

「これは貴様にしか出来ない依頼だ」

燭台が一つだけ燈る薄暗い部屋には、木製テーブルに載った銀のカップが二つとボトルが一本。その銀色がオレンジ色をした炎だけを、ユラユラと映し出していた。


「これは上等なワインでな、子爵様がわざわざお前の為に取り寄せた差し入れだ。まぁ飲んでくれたまえ」

 酒は大抵、場を繕うのに役立つのだが、目の前の人物はそうでは無い。


「依頼の話をする時は酒を飲まん。貴様が飲めばいいだろう」

テーブルにはフードを被った男か女? と対面するエイプ子爵家の執事イエーガーの姿があった。


「年代物なんだが、それは勿体ないことだ。元冒険者ランクA......姿の見えない暗殺者と恐れられたお前だ。相手は青二才の薬師が一人。まず失敗など有り得ないと思うが?」

「ふん、それは誉め言葉なのか。まぁいい。で歳は?」

『歳? 薬師の歳を気にするのか?』


 執事イエーガーは何故、歳を気にするのかを疑問に思ったのだ。しかし詮索は裏稼業の者に対しても御法度、ここは子爵の命令さへ守ればいいのだ。


「そうだな。冒険者登録時の話では28歳で独身、武器はナイフが一本だけと、ヘナチョコもいいところだそうだ」

どこの世界でも、情報など簡単に漏れるものだ。それは冒険者組合のフロアで酒を飲んでいようが、登録時の会話など耳に届いてしまうあたり、守秘義務などあったものではない。


 ほう

「そのヘナチョコ一人を抹殺するのに、B+のスペラーが失敗したと訊いたが?」

 チィ


 それは突然の大魔法によって、邪魔が入ったとだけは訊いていたが、それがSランクだとまでは知らない執事イエーガーであった。舌打ちは、それが失敗した事まで知っていた事に苛立ちを覚えたのだ。


「詳しくは私も知らない。兎に角、スペラーが超高威力の爆炎魔法を使ったが、相殺されたと私は訊いただけ。それがどんな魔法だったかも知らない」

「相殺したのか!」


 情報としては頼りなさ過ぎる。失敗に終わった理由は、依頼がどんな小さなものであっても、成功するか否かを左右する事になる。

その点において、依頼者は慎重に事を運ぶタイプでは無いと感じた。


失敗する理由とは、殆どが己の慢心から来るもので、依頼者はその辺りをよく理解していないのだろう。

 執事は表情から、納得のいかない雰囲気を感じた。


「情報が足りなければ、自分の目と足で直接調べるがいい。奴ならナイトメア亭の二階を根城にしている。それと蛇足になるが、美少女の娘三人と年増が一人いる。恐らく家族かもしれんが、念の為に知らせておこう」

 ピク

「今、年増といったか?」

 あぁ、それが?

「歳は?」


 またかとイエーガーは思ったが、そこはもうどうでもいいのだ。一刻も早く薬師を始末さへすれば、イエーガーの暮らしは安泰なのだから。

「確か26歳と訊いたが」

 ......。

「そうか了解した。この依頼、確かに受けよう。しかし今度の報酬は、いつもの倍だと子爵に伝えておけ」

『こ、こいつ!』


 自分より遥かに年下の癖に更に依頼料を倍増。Aランク相手では勝ち目のない執事イエーガーは、腹の中が煮えくり返っていたが、事を台無しには出来ず素直に頭を下げたのだった。


「......そう伝えておこう」

謎の元Aランク。イエーガーが知る限りでは南方の出身らしく、二つ名を<サイレント・マーダー>と言うだけで、どんな魔法やスキルを持っているかは謎なのだ。

エイプ子爵は、過去にこの暗殺者を雇った事がある。そうやって自分の邪魔者を葬って来たのだ。己の地位を守る為にだけ。

そしてもう一つ。


 この<サイレント・マーダー>は、デルモンド王国に存在する闇組織に所属していると言う事だけだ。

「では、これで失敬する。依頼は10日間以内に終わらせる」


 そう言うと、<サイレント・マーダー>は執事イエーガーの目の前で消えた。消えたと言うより闇に溶け込んだと表現するのが相応しかった。

「何だ今のは。あれが二つ名の由来なら、狙われたら気配も感じさせずに殺せるだろう。敵なら恐ろしい奴だ」


 地上に出て森の中にまで入り込んだ<サイレント・マーダー>は呟いた。

 「姉さん」

 とだけ。

 そして、ピャ キィンと言う音がしたかと思うと、そこに今まで立っていた大木が真っ二つになって倒れたのだ。


 ◇10日の命◇

______この瞬間、<サイレント・マーダー>に狙われたレイジー博士の命の灯は、あと10日間以内となってしまった。



◇偽聖母様3Dホログラム装置◇

 その後、三日が何事もなく経過して、件の3Dホログラム装置が完成した。

見掛けは丸い台座。その周囲にはLEDと紫外線照射装置が仕込んであって、殺菌と神々しさを演出するようになっている。

更に内蔵スピーカーで、ジョーがアテレコで有難い聖母様の御言葉を話せるようになっているのだ。


 ここでカモが騙されて祈りのポーズをとったら大成功、台座からくじが出て来るという寸法である。

そのくじこそが私の財源となり、ナイトメア亭の収入にも大きく貢献するのである。

「クっクっ聖母様の御利益様様だぜ」

思わず私の中に巣くう、ダークサイドの私が出て来てしまった。

 ジィ~ ジィ~


 何度も言うようだけれど、これは私の実験と検証なのだよ。

祈る事が、異世界人の免疫にどういう効果を齎すのかがメインの検証なのであると。

Renoには、そこんとこを強くAIに叩き込んで貰いたいものだ。

 ジィ~ ジィ~

 なんだ、そこに居たのかReno。

「ずぅっとぉ、ここにぃ お り ましたぁ!」



______その日の深夜、俗に言う丑三つ時。

私はバニラ・アイス、桔梗、Renoを引き連れて、墓地の最奥へと足を運んでいた。

重い聖母様3Dホログラム装置を持たせて、レティキュラム号から運んで来たのだが、台座をなんとバニラ・アイスが一人でヒョイと、しかも時速80kmですッ跳ばして来たのである。


 私もRenoに背負われて、同じく80kmで到着した訳だ。

「主様、周囲に異常はありません。ささ、今のうちに台座を」

警戒警護の桔梗に促されて、私は場所を指定してバニラに台座を置かせて終了となった。

その足でナイトメア亭の二階へと戻り、さっさと眠りにつこうとしたのだけれど、明日の試運転が楽しみでどうにも眠れなかった私なのだ。


「あ~、バニラ、悪いけどコーヒーを頼む」

 ドウシタモンジャロの熱燗で?

「そうそう熱燗でって、コーヒーカップごと鍋で煮てどうする!」

バニラのAIが日々、お茶目と言うか何とも......子を持つ親の気持ちが、少しずつ分かるような私だった。




______遠目で見る限り普通の青年だったが。しかしあの台座は随分と軽いのか? それに何の為に墓地に置いたのだ?」

遠視魔法に限らず、三体の娘達では魔法の発動を感知出来ない。それもレイジー博士に無害な魔法なら尚更である。


それでも深夜と言えど、あれから魔法の発動を警戒していたモーリンさんは別だった。

慌てて私の二階へと駆け上がって来たのだ。

丁度、バニラ・アイスがバカをやっているところで、私の安否を確認すると、ホッとした安堵の表情を見せた。


「レイジーさん私、たった今、魔法の起動を察知したのよ。攻撃魔法じゃない緩い魔法だったけれど無事で何よりだったわ。でも油断しちゃダメよ」


「狙われていた? また?」

攻撃魔法では無いにしても、油断し過ぎだった。しかしAIを搭載した娘達では、魔法の起動予兆を察知する事が出来ない。これは魔法を熟知していなければ、私でも解決出来ない問題なのだ。


「桔梗、あの時も察知出来なかったんだよな?」

全センサーに反応は有りませんでした。

桔梗を責めるのは酷と言うもの。バニラもRenoも同様なのだから。


「またあの爆炎魔法なら、私が対処するから安心して」

そう言ってモーリンさんは部屋を出ていった。


 物理的な現象なら娘達で対応が出来る。しかし魔素に関しては私は素人なのだ。

「とりあえずはモーリンさん頼り。ナイトメア亭に居る限り、魔法には対処して貰える」

そう娘達に納得してもらい、そのまま眠れぬ夜が明けていくのだった。

 

 ふあぁ~

「お早う兄貴ぃ今日もいい朝なのよさ。うん? 兄貴の目に隈ちゃんが。ボクはもう、そりゃぁグッスリと。ボクのお肌はデリケートだからねぇ」

私もジョーのようなバリケートな性格だったらと、羨ましく思ったり思わなかったり。


 



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