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EP20 2054年1月30日 新薬開発とツンデレ冒険者組合長の想い


______今日も早朝から、冒険者組合受付嬢のルチアの前には、<レイジーマイシン>を求めて長い行列が出来ていた。

「お父ちゃん、これでは」

「あぁ分かっているさバニラ」


私が冒険者組合に卸した400カプセルでは、全く足りていない現実を、嫌でも実感させられてしまった。

「これは困った事に。しかしあの男の振る舞い、許せん!」

「父上、桔梗、ここで騒ぎを起こしては」


 並んでいるとは言えない横暴な男は、噂を訊きつけた王国の貴族である。

我先に買い付けようと、冒険者組合に押しかけておいて、命令調で声を荒げているのが腹立たしい。


「我が名門エイプ子爵家を蔑ろにするのか!金ならいくらでも出すと言っているだろうが!」

 怒鳴られているのはルチアだが、荒くれ冒険者を毎日あしらって来ているのだ。貴族程度にビビッてはいなかった。


「ですから薬が足りていないのです。無理を言わないで下さい!」

『このサルぅ、黙って帰れ!』

『ほう、あの小娘は根性があるとみえる』


「クッ、こんな娘じゃ話にならん、マスターアデリアを出せ!」

揃いも揃って、貴族の言う事は自分勝手すぎるのだ。


『いくらでも出すだって? その金は、税金の名で領民から巻き上げた金だろうが? 自分で稼ぎもせずに、全く貴族と言う奴は贅沢三昧ばかりしやがって』


 地球のどんな国家でも税は取る。しかし税は形を変えて国民に還元し、暮らしやすい生活と社会の安定を図る為に徴収しているのである。それは一部の国家を除いての話だが。


「おい、どこの貴族かは知らんが、横暴すぎると思わないのか?」

「あ、レイジー様!」


「御覧の通り、レイジーマイシンは10分で完売しました。どうしましょう」

ルチアは白衣のレイジー博士達への疑惑より、今は謎の高熱病で薬を求める客の対応で悩んでいた。


「すまないねルチアちゃん。私もこれが限界でこれ以上の増産は......」

『ちゃん!』

「やはり無理ですか」

 儲けも大事だけど、緊急時には出来る限りの事をするのが人間と言うものなのだ。

 貴族だろうが平民であろうが、命の重さに変わりは無い。

それを地位と逆らえない権力、暴力で思うがままに振る舞う貴族達は、もはや盗賊と何ら変わりがないと私は思うのだ。


「ルチアちゃん、私の<レイジーマイシン>のせいで、争いが起きるのは私の本意ではない。これは私が何とかするから」


 すまなそうな顔で私を見るルチアに言えるのは、今はそれくらいだった。

 責任を感じている私の言葉は、疑惑を持っているルチアの心をうった。

『まだ怪しいけれど、悪い人じゃないかな......イ、イケメンだしぃ、私をルチアちゃんだなんて、いやだぁ~ん』

 ドキドキ


「私が薬を作っているレイジーだ。暴力を振るうなら、今後お前には絶対に売らん!」

 なッ、あんだとぉこの無礼者がぁ! 

「下賤な貧民の分際で、栄光のエイプ子爵家に向かってなんたる態度! 只では済まさんからな白いの。薬がないなら今日はこれで帰ってやるが、よーく覚えておく事だ!」

 ふん!

 ぽぁぁ~ん

 

 ルチアは一瞬、ボーっとしかけた自分の頬を、両の手でパンと叩いた。

 ふぅ

「お見事ですレイジー様、それとあのアホ三人が来てますよ。回復したようで良かったです」


 今日の冒険者組合には、コローナ高熱病から復帰した三馬鹿トリオも、朝から姐さんを待ち侘びて顔を出していた。もちろん片隅で安エールを飲みながらの通常運転だ。


「「「あぁ、姐さん!!!」」」

「ゲッ、どこから沸いて出た! あんた達はずっと寝てていいのよさ」

「「「ごっつあんです」」」

 ど太い三重奏がフロアに響き渡り、すっかり全快のご様子。


「あいつ等、体力がある癖になんで感染したんだ? 仕事も殆どせずに酒ばかり......そこに原因があったりするのか?」


 酒を飲んだ後は体が熱くなる。しかしそのまま寝込んで体が冷えると、体力があっても風邪をひく事もある。

体温が低いとウィルスは活発になるし、普通、風邪をひくと高熱でウィルスを殺そうとするのは、よく出来た体の防衛反応なのだ。


 実は、超高価なグレートポーションを飲むと一時的に体温がカーッと上昇するとルチアが教えてくれた。

「やはり熱か?」


 それは細菌などの治療に限ってのケースで、怪我にどうしてポーションが効くのかは謎のままだ。

「私は魔素とか魔法が何なのかは全く分からない。しかし科学で魔法の代用出来る事もある筈だ」


 ルチアは、貧困世帯は黒パンと野菜屑スープが主体で、一般家庭でも一日二食が普通だと言った。

「なんでも好きなように食える貴族とは大違いだろう。それで栄養も体力もない貧困層の子供から先に感染した」


◇◇

 私は両親の死後、料理を一人で生活して来た経験で、食材と調理の知識は持っている。

「異世界でも一般家庭で手に入る安価な食材......それは完全栄養食の<卵>だ。卵に不足しているビタミンCは、私が合成して提供すれば、栄養改善と免疫力の向上には役立ちそうだ......」


 体力+免疫力の双輪で、病気にかかりにくくするのも、薬師の仕事だと私は思うのだ。

「卵に含まれるリゾチームは、細菌を殺す作用があって、ビタミンB群まである。殻はカルシウム.......これは古来、日本で作られた民間風邪薬の<卵酒>なのだ」


 しかし<卵酒>では効き目に差があるのは明白。要は普段、家庭に腐らないよう常備してあればよいのでは?

「風邪かなと思った時に飲む。そのいい例が<富山の置き薬>だろう。コンビニやドラッグストアが無い異世界、<富山の置き薬商法>はいける!」


 次にこの異世界で、ビタミンやカルシウムの概念がないのは、何でも魔法に異存して来たからだ。それに研究するのは新しい魔法ばかりなのである。


 栄養不足が原因となって、抵抗力の低い子供から未知の病原菌に体が負けたのだ。ジャッカル達三人は、不摂生な生活が続いて感染したと思うけど。


「これはチャンスだと思う。例えば小瓶詰めした卵酒を<レイジー薬品店>の商品として販売するのだ。ドラッグストアは品揃えが命だし、幸いに美人と美少女?店員が四人もいるから」


 将来的な<レイジードラッグストア>の夢は置いておいて、異世界の住人達は、地球で知られている普通の薬品が、特効薬のように良く効くのではないかと私は思うのだ。


 うーむ

「安価で大量にすぐに作れる薬となると......ビタミン剤かな」

これもサンプルを作ってみて、コローナ高熱病にも効果があるかを検証したらどうだろう。

「勿論、これは異世界人の体に良く効くと期待しての話だ」


______私は姐さんと娘三体を二班に分けて、<レイジーマイシン>の量産と<総合ビタミン剤>のサンプル生産を始めたのである。

こんな忙しい時に、三馬鹿トリオでも使いたいものだが、猫の手よりも間に合わないのは分かり切っている。

それと姐さんのアジトは見せたくないので、この案は速攻で却下した。

「あいつ等、本当に使えねぇし。これからどうしたらいいんだよ」


 その時私は、ある事に気づいた。

『あの間に合わない猫の手......そうか! 猫ならぬその手が』


 冒険者組合の酒場にいた三馬鹿トリオを振り払って、私達が立ち去ろうとした時、背後から響いたあのキツイ口調で固まってしまった。


「待てFランク糞薬師、貴族相手にあの啖呵は見事だったと言っておこう。ところでお前達はどこで寝泊まりしている? 最低Fランクでは当然、稼ぎは少ないと思うが、安くて旨い宿屋なら紹介出来る。なぁーに、不本意だがルチアを庇ってくれたあたしの気まぐれだ」

 わざわざ最低Fランクと糞を強調しやがって!きつくて嫌味な奴だ。


『うふ、これでレイジー様の居場所が訊けるかもぉ。あたしの気持ちの裏を詠んでね!わくわく』

 活動拠点の宿屋情報がなくて正直、私は有難かった。

「今はキャンプ生活をしているよ」

『ちょっと兄貴ぃ、キャンプでどうやって薬を? と訊かれたら拙いよ』

 しかしアデリア組合長は、そこまで何も考えなかったようだ。


「......そうか。ならばこの大通りから西、徒歩で十分(じゅうぶん)、宿屋<ナイトメア亭>がある。少々難ありだが、金のない貴様には宿代が安い上に静かでよかろう。広い土地に建っているからサルでもすぐに分る」


「サルと<悪夢>ですか? でも安いなら......取り合えず情報ありがとう組合長」

「ふん、礼などいらん」

『きゃぁ~、お礼を言われちゃったぁ!傭兵で稼いだお金と、卸した薬代で<ナイトメア亭>なら10日は持つとは思うけど、アレに気に入られるといいな......レイジー様がんば! でもあのサルがどう出るか、前途多難だけどその時はあたしも一肌脱いでって、キャー、レイジー様の前でスッポンポンだなんて、あぁ~ん出来るかなぁ』


それは一肌脱ぐの意味が違うのだけど、キツイ顔と言動の裏側で、こんな乙女心があったとは、ルチアやレイだろうと知る者はいない。





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