報酬受け取り。伝承と指輪
「あの後、眠れましたかな?」
「ええ、ぐっすりと。ご歓待ありがとうございました」
リリーが見直された後に始まった宴は飲めや歌えのどんちゃん騒ぎとなった。村の人達も影狼から受けていた抑圧の反動からか多いに盛り上がっていた。そんな姿を見れて僕も元気をもらえた気がするし、リリーも肉を頬張りながら楽しんでいた。
現在、報酬として古代遺跡に関する情報を教えてもらうためにヴァルドビーさん宅の客間にいる。木製の椅子をすすめられて僕とリリーは座っている。
「それはなによりです。アルト殿の話は村の者達にとっても良い刺激になりました」
「それは良かったです。僕の話で喜んでもらえたなら幸いです」
「ええ、また村に立ち寄る際に是非お聞かせください」
「ええ、任せてください」
ヴァルドビーさんが軽く咳払いをし、神妙な顔を作る。
「さて、村長にだけ伝わる伝承を聞いてくれませんか?」
「村ではなく村長に伝わる伝承ですか?」
この手の伝承って、普通は村単位で伝わっているのが一般的だ。それが村長にだけ伝わっているとなると訳アリの可能性が高い。
「ええ、そうです。皆の衆は森の奥に何があるのか知らんのですよ。森の奥にいるものから秘匿するように言われたんです」
「秘匿……何故ですか?」
「昔、村は災厄に襲われたことがあるようです。その際に森の奥にいるものに助けられたと先代から聞いています。その者から言伝てを預かったそうです。正しき心を持つ者がこの地を訪れる。そのものを我のもとまで案内せよ」
ヴァルドビーさんが、何か言いたげに僕に視線を送ってくる。
「それってアルトさんのことじゃないですか?」
合点がいったとばかりにリリーが横槍をいれた。
「ええ、私もそう思いました。伝承の者がやってきたのだと」
「だからこうやって人払いをしてくれたんですね」
「ええ、そうです。伝承に従って部外者にはなるべく漏らしたくないですからね」
「水を差すようで申し訳ないですが、僕はそんな立派な人間じゃありませんよ。色々あって古代遺跡の痕跡を見つけたからやってきただだけです。困ってる人を助けるのは当たり前の話じゃないですか」
話が何か大袈裟に進んでいるから口出しをした。僕はそんな立派な人間じゃない。祭り上げられるとお尻がムズムズしてくる。
「普通このような片田舎に目的もなくフラリと立ち寄るなんてあり得ない話です。しかも村の危機であった黒い狼まで倒されました。これを神様の思し召しと言わずなんとしますか」
「アルトさんは底抜けのお人好しだと思いますよ。まぁ、それはさておき運命めいたものは感じますよね。まるでアルトさんが来るのを見越したかのような伝承は」
「言葉を遺した者はどのような姿をしていますか?」
色々と否定したいことはあるけど話が脱線するので関係ある話に話題を戻した。リリーの言う通り、偶然にしては出来すぎている。だから森の奥にいるものについての情報が欲しい。
「光り輝いていて視認出来なかったそうです。だから分からずじまいです」
「そうですか……」
森の奥にいるものの手掛かりがないことは残念ではある。出来れば事前に森の奥にいるものについて目星を付けて置きたかった。
相手の正体にある程度予測がついていれば選択を見誤る可能性が低減する。ちょっとしたミスが死に直結するわけだから事前に分かるなら越したことはない。
「どうしますか?」
リリーが困った調子で声をかけてくる。
「勿論いくよ。だって面白そうじゃん。あそこに何かがあるのは間違いないんだからさ。分からないことを解明するのが冒険の醍醐味でしょ」
まぁ、森の奥に何かがいると分かっただけでも行幸だと思う。もしもその者が存命だとしたら人外の者だろう。人間はそこまで長生き出来るようには出来ていない。ある程度のことが分かっただけでも行幸だ。
「分かりました。なるべく安全第一でお願いします。私もアルトさんも戦闘向きじゃないんですから」
リリーは苦笑を浮かべながら、やれやれといった感じで承諾する。
「分かってるよ。だからリリーのこと頼りにしてるからね」
「はい、任せてください」
リリーの合意を得た後にヴァルドビーさんが、非常に申し訳無さそうに口を挟んできた。
「あの、私が言うのもなんですが、このような不確かな情報で決めてしまってよろしいのですか? アルト殿の腕前は重々承知しておりますが万が一もございます」
「ご心配いただきありがとうございます。森の奥に元々行く予定でしたから行ってきますよ。それに突然変異の影狼が出現した理由も気になりますし」
突然変異は魔物が大量の魔力を摂取することで発生する。地脈の乱れなどで特定の場所に魔力が溜まって突然変異の魔物が発生する。基本的に滅多に起こりえない現象だ。
万が一、なんらかの理由で村の近くに突然変異の原因があるとしたら森の奥にある遺跡が怪しいだろう。そういった意味でも森の奥を確認した方がいいだろう。分からないことがあるとすれば、伝承ベースでは森の奥にいるものは人間、村に対して友好的であったはずだ。それが村に悪影響を及ぼすことをする理由が分からない。
「村のことまで考えての行動だったのですね。皆を代表してお礼申し上げます」
ヴァルドビーさんが深々と頭を下げる。慌ててそれを制した。
「ヴァルドビーさん、頭を上げてください。別の村のためだけに森の奥に行くわけじゃないですから。あくまで自分達のためです。それでついでに突然変異の偶然を探すだけですから」
「村の安全のためなら、私達も行かない理由はないですよね」
リリーが機嫌良さそうに笑う。 ヴァルドビーさんは頭を上げて僕達を見つめた後に口を開く。
「私はアルトさんの心遣いを大変嬉しく思いますよ。───あっ、そうだ。ちょっと待っていてください」
ヴァルドビーさんが小走りで部屋を退席するとすぐに戻ってきた。その手に小箱が握られている。
小箱は木製でヴァルドビーさんの手の平に収まるサイズだ。ヴァルドビーさんが木箱を開けると中に指輪が入っていた。中央に大きな赤いルビーが填まっていて、リングは金で出来ている。デザインは現代風ではなくリングに古代文字が刻まれている。状態は悪くない。
「この指輪は?」
「昔の村の村長が森の奥にいるものからこの指輪をいただいたそうです。森の奥にゆくなら役に立つかも知れません。是非もらってください」
「よろしいのですか?」
見たところ魔力は込められていないけど、装飾品としての価値は十分ある。貰えるなら貰っておきたいけど、本当に貰ってよいか二の足を踏んだ。
「勿論です。アルト殿はそれだけのことを我々にしてくださいました。どうか遠慮なさらず受け取ってください」
「助かります。では遠慮なく」
指輪が入った木箱を受け取る。これがこれからの探窟に役立つかは分からないけど、今はその可能性があるものをいただけただけでも大変ありがたい。
「あっ、そうだ。影狼の毛皮ですけど貰ってください。家畜の補填に充ててください。後、柵は僕達が修理しますから。それでいいよね? リリー」
「勿論です。私達の目的は遺跡の探窟ですし」
影狼の毛皮はブーツやベストといった装備品に珍重される。防寒、防水に優れ静音性が高い。街で売ればそれなりの価格で取引されるだろう。
「なんと、そこまでっ……。このご恩、絶対に忘れません」
目を丸くし瞬いた後、ヴァルドビーが深々と頭を下げた。
「気にしないでください。こちらも命あっての物種です。遺跡に関する情報はそれだけの価値があるってことですよ。だからwinwinです」
結局、村にもう一泊することとなった。村を覆う柵を直したり、水や食料といった消耗品を補充するためだ。もう一度村での歓待を受けてから森の奥へ向けて出発したのであった。