影狼討伐成功!
真夜中、村の建物からは明かりが消え、周りは真っ暗だ。村からは物音もしない。虫の鳴き声だけが響き渡る。
幸い満月が煌々ときらめいているお陰で明かりがなくても比較的近くなら視認出来る。ミラージュメーカーで投影された豚の幻影は畑の真ん中でスヤスヤといびきを立てている。
僕達は村長のヴァルドビーさんとの約束を守るために、畑のそばにある物置小屋で息を潜めて影狼を待ち伏せしている。物置小屋は狭い。だからリリーと肩がぶつかりそうな距離でジッと外の様子を伺っている。
「影狼きますかね」
アルトが焦れたようにソワソワする。不安なのだろう。そりゃそうだ。特殊技能持ちといってもリリーは普通の女の子だ。
「そのうち来るでしょ。今日こなければ明日も同じことをすればいい。準備はしっかり行ったからどっしり構えれておけば平気だよ」
リリーは一瞬ポカンとした後にクスリと笑う。
「それもそうですね。私達やれることは全部やりましたもんね」
「そうそう、だからどっしりと構えておけば大丈夫だよ」
物置小屋にこもる前にリリーのダガーを更新した。これでリリーもある程度は自衛できるはずだ。ミラージュメーカーとトラバサミだけが頼りではない。
「どっしりって、女の子に使う言葉じゃありませんよ」
「そりゃ失敬」
笑いを噛み殺していたリリーが森の方を向き真剣な表情になる。耳をピンと立てて何かを探っている。リリーに呼応するように警鐘のワンドが小刻みに震える。ワンドの震動をそっと解除する。
なるべく物音を立てないようにしていると、リリーが森を指差す。影狼がのっしのっしと現れた。
現れた影狼は思っていた以上にデカイ。馬ほどの大きさの狼って思ってた以上にビジュアル的なインパクトがある。
名前の通り漆黒の毛皮をした狼を赤い目を輝かせながら森からやってきた。
「えっ、これ倒すんですか」
先程の勢いはどこ吹く風、リリーが泣きついてきた。もう挫けそうになっている。
「平気平気。ドラゴンは倒せないけど狼位なら倒せるって」
リリーが疑わしげに僕を見る。視線を新調したダガーと、僕のショートソードを一瞥した後にもう一度僕に視線を戻す。
「アルトさん、いざとなったら逃げましょうね」
「倒せるから安心しなって」
リリーが泣き言を言っている間にも影狼は畑に侵入してきた。
真っ先に影狼の目に映るものは豚の幻影だ。丸々と太った豚がいびきを立てて寝ている。
豚の幻影を視認した影狼の動きが一瞬止まる。そりゃそうだろう。畑で豚が寝ていたら狼なりに思うところがあるはずだ。
影狼は豚の幻影をじっと凝視する。それから獲物と捉えたのか重心を低くしながらソロリソロリと音を立てずに近づく。
豚の幻影まで10m程になると影狼は助走をつけて一気に飛びかかる。喉元めがけて食らいつこうとする。
影狼が幻影の中に突っ込む。実体、物理的な緩衝材がないためそのままの勢いで鼻面から地面に激突する。影狼が目を回しているところを追撃するかのようにトラバサミ、鉄のアギトが影狼の前足に食い込む。
「ギャンっ!」
影狼の甲高い悲鳴をあげる。それと同時に豚の幻影がスッと消えた。
それと同時に照明の呪文を唱える。すると予め設置しておいた照明装置が光を放つ。影狼を中心に畑が照らされる。影狼の大きさと影が際立つ。
「行くよ!」
「は、はい」
僕とリリーは物置小屋から飛び出る。
トラバサミの前に到着すると、影狼が物凄い勢いで暴れていた。その度にトラバサミが前足に食い込み更に出血する。
影狼が僕達に気付く。憎々しげに僕達に向かって唸り声を上げる。僕達は武器を構えて応戦しようとする。
影狼に向かってトドメを刺そうとしたところで、影狼が自身の影の中に沈んでゆく。影の中に消えて、そして現れた。前足は怪我したままだがトラバサミが脱していた。
「えー、ずるい!」
リリーが悔しげに叫ぶ。
恐らくは特異体ゆえの特殊能力だろう。影に溶け込んで物理的な影響を回避する。吸血鬼が霧に化けるような感じかな。
どちらにしてもやることは変わらない。僕達は影狼を倒す。
ショートソードに魔力を流し込むと刃に刻まれたルーン文字が輝きだす。
影狼も重心を低くとり、いつでも飛びかかれる体勢をとる。
先に動いたのは僕だ。間合いを詰めて小振りの斬撃を放つ。後方のいるリリーに意識が向かないように牽制目的だ。
影狼は慎重に攻撃を回避する。後ろに少し下がって回避し、様子を伺うように僕を凝視する。片足を怪我しているためかその動きは若干ぎこちない。
攻撃が外れたことを気にせず斬撃を繰り出す。はなから当たったらラッキー位のつもりだ。そもそも論、研究職の僕は剣の腕はすごくない。リリーのダガー投擲を成功させる隙を作れればいい。
そうやって何度も空振りを繰り返していると、影狼に剣の間合い見切られる。ヒラリと攻撃を回避して爪で反撃してくる。
ショートソードで攻撃を受け止める。剣と爪から火花が飛び散る。一撃が重たい、後ろに押し込まれる形で下がった。
影狼に相対しなおすと、影狼の爪が欠けている。こちらのショートソードは刃こぼれしていない。武器の性能はこちらが上のようだ。
「アルトさん、大丈夫ですか」
リリーが漆黒のダガーを構えながら心配げに声をかけてきた。
「平気。リリーがイケると思ったタイミングで頼むよ」
「分かりました」
とは言うものの攻めあぐねているのは事実。僕の攻撃は読まれているっぽいし別の方法で攻撃する必要がある。影狼もショートソードを警戒してか積極的に攻めてこず互いに睨み合っている。
今度は影狼が先に動いた。左右に動いてこちらの隙を伺っている。要所要所で右に向かうと思わせて左に動いたりフェイントを織り交ぜてくる。その動きに釣られないように注意する。
影狼が前足を振り上げ襲いかかってきた。その攻撃を剣で合わせようとすると影狼は攻撃を引っ込める。あっ、ヤバイ、フェイントに引っかかった。
影狼が溜めの体勢を作って改めて襲いかかってこようとする。しかし影狼が不自然につんのめる。前足の怪我が影響しているのかもしれない。
ピンチからのチャンス。影狼に向かって渾身の一撃を振り下ろす。
勝利を確信した瞬間に影狼がニヤリと嗤ったような気がする。悪寒が全身を駆け巡る。振り下ろした剣を止めることは出来ない。
影狼が影の中に不自然に沈む。トラバサミから抜け出した時に使ったやつだ。僕の大振りの一撃が外れる。
今度は影狼が僕の喉元めがけて食らいつこうとする。
体が硬直して動けない。回避は不可能だ。ところで君、リリーのこと忘れてないか?
影狼が飛びかかった姿勢のまま銅像のようにピタリと硬直している。影に1本のダガーが突き刺さっている。
「アルトさん、今です!」
「リリー、ナイス!」
ショートソードに魔力を更に流し込むと刀身が一際輝く。改めて影狼に渾身の一撃を叩き込む。
影狼は地響きを立てて地に伏した。