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ヴィクトール、王女の前で無能を証明する。フレイ、アルトを裏切ったことを深く後悔する

「そんなことあり得るわけないだろ!」


 ヴィクトールはアルトの手帳を乱暴に机に叩きつける。それでも気が済まないらしくアルトの保管庫内をまるで猛獣のようにウロウロしている。

 ここ数日で何度も見たことが繰り返されて内心で嘆息する。ああやってアルトの手帳を解読しようとしては癇癪を起こすを繰り返している。アルトに出来ることがヴィクトールは出来ない。その事実を認めたくないらしい。局長としてのポストが約束されているんだし私はそんな細かいことを気にしなくてよいと思うわけだけど、ヴィクトールはそうはいかないらしい。

 仕方ない、適当にヨイショして暴走を防ごう。下手に特級呪物に手を出してロゴリゴ様の機嫌を悪くさせたくないもの。

 コンコンコン。

 ドアがノックされた。意識を切り替える。誰が来たんだろう。ロドリゴ様だと顔を合わせづらいな……。


「ごめんくださいまし」


 鈴を転がしたような可愛らしい女性の声が扉越しに聞こえてくる。声の調子は弾んでいて楽しげだ。来訪者がロドリゴ様でないことに一安心すると同時に、扉越しの来訪者のことを想像して心が少しチクッとする。


「ヴィクトール様、お客様がいらっしゃいました」

「チッ」


 ヴィクトールが不機嫌そうにアルトの机にドカッと座る。


「今向かいます」


 扉越しの来訪者に一声かけた後に扉を開ける。想像通りの来訪者が目の前にいた。

 彼女は一言で言って芋臭い女性だ。金髪のパンチパーマに瓶底眼鏡。頬にはソバカスが浮いている。それでシミ一つない清掃用エプロンをつけている。彼女なりに精一杯のお洒落をしているつもりなのだろうか。


「フレイ様、お久しぶりです」

「こんにちは、ベラ。貴女も元気そうで何よりだわ」


 芋臭いとは言ったけど、私は彼女のことが嫌いではない。彼女の純朴さには悪意がないからだ。だから私も彼女とは安心して接することが出来る。声と顔立ちは可愛らしいから、服装とソバカスさえなんとかすれば化けるんじゃないかと思っている。


「アルト様はいらっしゃいますか? 是非また見てもらいものがあるのですが」


 ベラは頬を赤らめ声を弾ませている。


「生憎だけどアルトはいないよ」

「えっ」


 ベラが一瞬固まり、その後に肩を落として落胆する。その後に笑顔を取り繕って尋ねてきた。


「では、アルト様はいつ頃戻られますか?」


 今度はこちらが言葉に詰まる。もうここにアルトはいないのだ。アルトとの語らいを楽しみにしていた娘にその事実を突きつけなければならない。気が進まないなぁ。


「アルトならクビにした。もうここに来ることはないからさっさと帰ってくれ」


 いつの間にかヴィクトールが近付いてきて横から口を挟んできた。もうちょっと言い方考えなさいよ。


「なんて愚かなことを。すぐに呼び戻しなさい!」


 ベラが叫んだ。先程までの恋する乙女のような雰囲気から、まるで為政者のような物言いをする。ベラ、マズイって!


「お前、誰に対して口を聞いているのか分かっているのか? 俺はヴィクトール・コルテシオ。俺に命令出来る父上と王族に名を連ねる方々だけだ」


 ヴィクトールがドスの聞いた低い声でベラを威圧する。


「ヴィクトール様、彼女は世間の常識に疎いんです。だからご容赦ください。ねっ、ベラ、そうだよね」


 私がせっかくフォローしてあげてるのにベラはニコニコと笑うだけ頭を下げようとしない。お前、死にたいのか!


「ヴィクトール、ええ、よく存じておりますよ。王族に対しての忠誠心を忘れていなくてなによりですわ」


 ベラが瓶底眼鏡を外し、パンチパーマを引っ張るとスポッと抜ける。金糸のように美しい長髪があらわになる。カツラだったんかい! 蒼色の瞳には知性と意思の強さが宿っている。どう見ても世間知らずの田舎娘ではなさそうだ。

 変装を解いたベラを見て、ヴィクトールの態度が激変する。


「イ、イザベラ殿下、非礼をお許しください」


 突如ヴィクトールはベラの前で跪き、腰を深く折る。臣下の礼をとりだした。


「ええ、構いませんよ。今日の私は私人としてここに訪れたのですから。───但し、アルト様はクビにしたという話、聞き捨てなりませんね」

「そ、それは」


 言葉に詰まったヴィクトールが挙動不審となり、私と視線が合う。


「殿下の御前で棒立ちとは何事だ。跪け!」


 ヴィクトールに怒鳴られて身体がビクッとする。八つ当たりだと分かっているけど跪かない理由はない。ひょっとして、ひょっとしなくても本物の王女様ってことだよね。ベラに行った非礼の数々に身震いする。彼女の発言一つで私のクビが物理的に飛ぶ。ヒィィ。

そんなことを考えているとベラに声をかけられる。


「ねぇアルト」

「は、はい!」

「私と貴女の仲じゃない。今の私は王女ではないわ。さぁ、そのままでいて」


 ベラは頬の皮をベリベリと剥がしながらとても親しげに、猫なで声で語りかけてくる。私は蛇に睨まれたカエルのように硬直する。生皮と思っていたものは頬に貼り付けるタイプの変装道具だった。顕わとなった地肌はきめ細かくしっとりとしていた。


「で、ヴィクトール伯爵、何故アルト様をクビにされたのかしら」

「そ、それは」


 ヴィクトールが口をつぐむ。ロドリゴ様との1件でアルトの有用性が分かってしまった以上、無能そうだから追放しましたの言い訳がマズイと分かっているんだろう。

 ベラはヴィクトールを見つめていたが、望んだ答えを得られないと悟り嘆息する。


「どうやら質問に対して答えはいただけないようですね。アルト様に鑑定してもらいたいものがあったのに骨折り損だわ。せっかく掘り出し物を見つけてやってきたというのに。それではごきげんよう」


 ベラはくるりを背を返し退出しようとする。


「殿下、待ってください!」

「なにか?」

「アルトへの用事というのは古代遺物の鑑定ということですよね? でしたら私が鑑定して差し上げましょう。腕に覚えがございます」

「どうしようかしら」


 ベラは振り向き、困った素振りをしながら右手を頬に当てながら考え込む。


「私が持ってきたものは特級呪物よ? アルト様以外に鑑定出来る方がいらっしゃるのかしら? ああ、ロドリゴ殿でしたらお願いしてもよいとは思いますけど」


「私がアルトより劣っているというのですか」


 ヴィクトールの顔が薄っすらと朱に染まる。私は口を挟みたくないけど口を挟んだ。


「ヴィクトール様、ロドリゴ様にも言われてますしその、お控えされたほうが……」

「お前は黙ってるんだ」


 ヴィクトールが威圧してきたので口をつぐんだ。だったら赤っ恥でもかけばいいじゃない。私は知らないわよ。

 ベラは私達のやりとりを興味深そうに見ている。


「分かりました。ではお願いしようかしら」


 ベラはニコニコと笑いながらヴィクトールの提案を快諾した。彼女からしてみたら鑑定に成功しても失敗してもどっちでも得するんだろうなと直感的に感じ取る。私にとってはヴィクトールが鑑定に失敗して彼の立場が危うくなる方が大変だ。今となっては彼の成功を祈るしかない。


「ええ、お任せください。必ずや殿下の期待に応えましょう」


 ヴィクトールがにこやかに笑う。何でそう自分からハードルを上げるような真似をするの。失敗した時の保険をかけようとか思わないのかな。


「ええ、期待しておりますわ」


 イザベラが懐から棒状のものを取り出した。

 その棒状の古代遺物は銀色で細長く、ステッキのように先端が出っ張っていた。ステッキには文様が彫り込まれている。太陽、雲、雷、雨。天候を象徴しているのかな? 柄あたりにダイヤルが埋め込まれている。何かを調節するのだろうか。

 ヴィクトールはベラから渡された古代遺物を恭しく受け取る。古代遺物を鑑定机に置き鑑定を開始する。ヴィクトールはステッキを舐めるように凝視して観察する。


「材質はミスリル銀。古代文字が刻まれていますね。ネフェライト? これがこの古代遺物の名前のようです」

「それで、どのような効能がある遺物ですか?」


 ヴィクトールは慎重にステッキを手を取り、質感や重さを確認する。またダイヤルの箇所を恐る恐る回す。


「鑑定A! ───殿下の仰るとおりAランク以下の古代遺物ではありませんね。もう暫くお待ちください」

「ええ、期待しておりますよ」

「セルフ鑑定!」


 セルフ鑑定を行った後にヴィクトールが黙り込む。私とベラもヴィクトールが口を開くのを待つ。


「……」

「ヴィクトールいかがしましたか?」


 ベラがヴィクトールを催促する。ヴィクトールは目が泳ぎだし、うっすらと額に汗をかきはじめる。あっ、これはアカンやつや。


「ヴィクトール、分かったことだけでも構いませんわ。鑑定結果を教えてください。貴方はご自慢の鑑定AでAランク以下の鑑定に従事していなさい。それも国家運営に大切なことですわ」


 ベラが溜息をつきながらヴィクトールに告げる。その顔にはありありと落胆の色が浮かんでいる。


「殿下、お時間をください。そうすれば必ずやご期待に添えることでしょう」


 ヴィクトールがステッキを強く握りしめながらしつこく食い下がる。出来もしないことを言ってみっともないなと思う。まぁここら辺が潮時でしょ。ベラの言う通り貴方はAランク以下の遺物に専念してればいいじゃない。それで優雅な暮らしを送れるんだからさ。

 カチリ。

 ステッキから音がなる。ステッキが魔力を帯びうっすらと光り出すしダイヤルと雷のマークが特に強く輝きだす。直後ステッキから稲妻がほとばしる。


「アバババっ!?」


 稲妻がヴィクトールを襲いガクガクとヴィクトールが全身を震わす。稲妻が収まるとちょうどベラに対して土下座するかのような姿勢で床にへたり込む。ヴィクトールは全身からプスプスと煙を発しており髪や衣服がチリヂリになる。ビクンビクンと痙攣をしている。ベラは呆気にとられたような表情で目を丸くして驚いていた。


「ほほほ、身体を張った鑑定、感謝しますわ。体は頑丈に出来ているようですね。やはりアルト様の捜索に全力を注がなければ。それではさようなら」


 ベラはステッキ、ネフェライトを回収するとさっさと部屋を退出した。

 取り残された私は黒焦げになったヴィクトールを一瞥する。私はアルトと婚約すべきだったんだ。自分の下した決断が間違っていたという疑念が確信に変わった。

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