シガラミがなくなったので悠々自適の遺跡巡りを思い立つ
僕の名前はアルト・ソレール。
婚約者に裏切られ、組織の上司から仕事をクビにされました。
衝動的に『七里の靴』という古代遺物を履いて王都から28km先にある森の中にいます。今、絶賛ヤケクソ中です。
「うぅ……、フレイもヴィクトールも酷すぎるよ。僕が何したっていうんだよ」
さっきは啖呵を切ったけど、突然の裏切りヘコタレる。
なんでこうなったんだろ? 二人とは仲良く仕事をしていたつもりだ。ヴィクトールだって入局当初はとても親切だったし、よく一緒にご飯を食べたんだけど。それから徐々に今のような態度になっていた。フレイにいたっては裏切りの兆候すらなかった。完全に寝耳に水だ。そんな二人に対して腹の底から怒りが湧いてくる。僕は大声で叫んだ。
「二人の馬鹿野郎〜〜〜〜!!」
一度叫んだら、より大きな声で叫びたくなる。
収納ボックス『グルグルドライブ』から『パンのメガホン』を取り出し、渾身の力で叫ぶ。
「裏切るなんてあんまりだよぉぉぉっっっっ!!!」
拡声された僕の声が津波ごとく森全体に響き渡る。木々がしなり、木の葉が吹き荒れる。それから数秒遅れて驚いた鳥達が空が真っ黒になるほど飛び立つ。
やべ、無駄に鳥達を驚かしてしまった。彼らびっくりさせてしまったことを申し訳なく思う。後、今更ながらさっきの雄叫びを人に聞かれてたら恥ずかしいな。まぁこんな森の中に人間なんておらんやろ。なんて自分を誤魔化しておく。
でもそのお陰で気が晴れたのは事実だ。これからのことを考える気力が生まれた。これからどうしよう?
王都の方角を振り返る。戻るのは論外だ。
ロドリゴさんには申し訳なく思うけど、とてもじゃないけど王都に戻るつもりにはなれない。せめて感情的な踏ん切りがつくまでは他で何かしたい。だから自問自答してみる。僕は何がしたいんだろうか?
そよ風に吹かれて木々が揺れる音を聞きながら逡巡する。
まず真っ先に思い浮かんだことはやりたくないことだった。
もう他人のワガママに振り回されたくない。他人から裏切られたり利用されるのなんてまっぴらゴメンだ。じゃあやりたいことってなんなんだろう?
逆のこと? 他人を振り回したり、裏切ったりするの? 勿論そんなことしたくない。後味が悪くなるだけだ。なるべく素直な気持ちで考えてみる。すると自然に思い浮かんだものは古代遺物の解析だった。
僕は古代遺物が好きだ。古代遺物は僕の予想を越えてくるからだ。持ち運ばれてきた古代遺物を解析して効能や運用方法が理解出来た時の喜びは格別だ。解析出来たものを再現出来た時の喜びもまたひとしおだ。古代遺物はいつだって僕をワクワクさせてくれる。そう考えると古代遺物局の仕事は天職だったのかも知れない。なんせ何もしなくても古代遺物が机に運ばれてきたのだから。
僕は古代遺物を触りたい。でも、古代遺物は高い。個人がおいそれと買えるものではない。どうやったら古代遺物を触れるだろうか?
そんなことを考えていると急に良いことを閃いた。僕が古代遺跡に赴いて遺物を発掘すればいいんじゃないか?
自分で古代遺跡に赴き潜って遺物を発掘する。それで発掘した遺物をメンテナンスして生計を立てるのはどうだろうか?
そんな姿を想像したらワクワクしてきた。それにこれなら元手ゼロで始められる。元々仕事として古代遺物の解析や復元をやっていたのだ。無謀な話ではないはずだ。ロドリゴさんも僕が復元したものを喜んでくれたし、多少は向いているんじゃなかろうか? それで日々の糧を得られればよいけど。
想像を膨らましていると、よく職場に遊びにきていたグルグル眼鏡のお姉さんのことを思い出した。僕より2つか3つ年上のお姉さんで、いつもグルグル眼鏡をかけていた。素顔を覗いたことはないけどとても可愛らしい人だった。親しい人からは『ベラ』と呼ばれているらしい。
ベラさんは僕の職場にフラッとやってきて、いつも珍しい古代遺物を持ってきていた。血筋を鑑定する遺物とか嘘発見器とか割と珍しい、中々出土しないものを持ち込んでいた。いつもどうやって入手してたんだろうか? 素性は分からないけどベラさんは理想的なお客さんだった。古代遺物に対して極めて造形が深くとてもマニアックな質問をしてくるからだ。それに答えてあげるとベラさんはとても喜んでくれた。だから彼女が喜んでくれるのが嬉しくて、ベラさんと話をするのが密かな楽しみだった。
自分な好きなことをして誰かに喜んでもらえたら最高だと思う。今度はそういう生き方をするのがいい気がする。
よし、目標が決まると俄然やる気が出てきた。早速支度を開始しよう。
「『グルグル』起動!」
早速体内に取り込んでいる古代遺物、『グルグル』を起動させる。するとヴンッという低い音を立てて僕だけが見える書物が前方に展開されてゆく。
『グルグル』は多目的なマジックアイテムだ。日々の生活を楽にする便利グッズというか。例えば、グルグルに質問を投げかければ大抵のことは答えてくれる。たまに間違っていたり表面的なことしか答えてくれない時があるから盲信は禁物だけど。
それ以外にも収納ボックス『グルグルドライブ』。立体地図を提供する『グルグルマップ』。こういった痒いところに手が届く便利アイテムは遺跡巡りの助けになってくれるだろう。
「『グルグルドライブ』起動!」
早速『グルグルドライブ』から冒険に必要そうなものを取り出す。水、食料にショートソードにレザーアーマーだ。前の職場にいた頃から古代遺跡を調査する探窟家を夢見てちょっとずつ用意していた。 装備して自分の姿をチェックしてみる。ちょっとは探窟家っぽく見えるかな。レザーアーマーの堅い手触りに思わずニヤニヤしてしまう。とりあえず今はこれでいいだろ。また必要になった時に取り出せばいい。
「『グルグルマップ』起動!」
続いて『グルグルマップ』で近隣の村と古代遺跡を捜す。また、遺跡を絞り込む条件も入れてゆく。
規模が小さくてもいいので、未発見、未発掘の遺跡が望ましい。人が立ち入った形跡がなければなお望ましい。人の手が入っていないということは、まだ遺跡の中に古代遺物が眠っている可能性が高し、他の探窟家と鉢合わせして揉めることもない。揉め事は避けたいからその検索条件で『グルグルマップ』に検索させる。
すると瞬時にピコーンという検索終了の効果音が鳴り、僕にだけ見える検索結果が宙に展開される。現在地から周囲の地理が掲載された生地が羊皮紙風の地図が展開される。地図によると現在の位置は王都から東に28km先の森の中。ここから更に東へ数日歩くと古代遺跡があるらしい。また、古代遺跡を向かう途中に村もある。そこで物資の補給なども期待出来そうだ。比較的近くに遺跡と村があることに安堵する。これは期待していいんじゃないだろうか。
より具体的な情報を得るために地図に指を触れ拡大処理を行う。すると頭上から見下ろすような形で実際の風景が表示される。遺跡は緑濃い森の中に飲み込まれる形であった。石造りの建物に蔦がびっしりと這っている。周囲に足跡や人の痕跡はないので、遺跡の中に古代遺物が残っているかも知れない。
「うん、いい感じ」
思わず顔がほころぶ。まずはこの遺跡から発掘してみよう。
同じ要領で『グルグルマップ』を用いて現在地から遺跡までのルート確認する。地図に点線が引かれ、移動経路が指し示される。ルートによると要所要所に泉や空き地があり、そこで野営をするのに注釈が添えられる。およその行動日程が頭に入れる。
そんな感じで計画を組み立てていると、地図上で木々が不自然に動くのを発見する。野生動物だろうか? 更にズームして確認する。表示されたのは一人の若い女性だった。女性は大きな熊と対峙し、ジリジリと後ろに交代している。熊は口からヨダレを垂らしている。どうみても絶対絶命だ。助けないと!
僕と女の子がいる場所は物理的に距離が離れていて、徒歩で到着する頃には女の子は熊の腹の中に収まっていることだろう。
だから魔術を行使する。精神を集中させ『七里の靴』の制御術式を展開してゆく。そして僕の翻訳技能を用いて術式を書き換えてゆく。性能を限界以上に引き出すためだ。『七里の靴』がキィィィンと低く唸り、その音は徐々にクリアな高音へと変化する。
「ジャンプ(跳躍)!」
足元からは地を裂くような圧倒的な震動が放たれ、瞬く間に空へと舞い上がる。身体が一気に宙に舞い上がる。僅かな間の浮遊の後、そのまま急降下を始める。目的地はもちろん、あの若い女の子のいる場所。
女の子に手を振り上げようとする熊めがけて飛び蹴りを放つ。熊は勢いよく吹き飛びそのまま倒れた。
「ええっ……!?」
女の子の瞳が見開き驚きの声を漏らした。