ヴィクトール、父親から失望される。メスガキ系特級呪物から無能認定されたうえに煽られる
「これがアルトの手帳か」
「ええ、そうです。ここの戸棚にある古代遺物については手帳に記述しておりました」
ヴィクトール様が机の前でアルトの手帳をペラペラめくっている。
アルトを追放してから数日、ヴィクトール様がアルト管轄の保管庫、つまり私の職場にやってきた。
来訪目的はアルトの私物の片付けと聞いている。アルトがどんな古代遺物を管理していたのか把握するために手帳を眺めているのだろう。
ヴィクトール様にヴィクトール様の目的があるように、私にも私の目的がある。私は没落貴族の娘だ。もう貧しい暮らしなんてまっぴらゴメンだ。私は絶対に幸せになってやる。
ヴィクトール様はアルカディア王国の現宰相の息子である。これ以上有望な嫁ぎ先は存在しない。だから私はアルトからヴィクトール様に婚約相手を切り替えた。私はヴィクトール様を全力で愛し、そして愛されるのだ。絶対に世間を見返してやる。もう後戻りは出来ない。賽は投げられたのだ。
そんなことを考えていると突然ヴィクトール様が笑い出した。私は思考を切り替え愛らしく微笑む。
「どうしたんですか。何か面白いことでも書いてありましたか?」
「『アストラルの石板』過去の出来事を視ることが出来るらしい。アルトはこの石版を使用して、古代王国の栄華やその滅亡の瞬間を視たことがあるんだとさ。クックックッ。随分と想像力が豊かなことで」
「アルトはそういう子供っぽいところがありましたからね」
私もその手の空想をアルトから聞かされたことがある。なんでも古代王国は 大掛かりな実験を行おうとして滅びたらしい。無邪気に語る姿は嫌いではなかった。よく出来た空想だと思う。
ここに回されてくる古代遺物はあらゆる場所で鑑定が行われ、ガラクタ認定されたものばかり。古代遺物の最終処分場と言っても過言ではない。それなのにアルトはいつもニコニコと楽しそうに仕事をしていた。他所でガラクタ認定されたものの中から動くものを見つけては喜んでいたっけ。
「まったく父上も何故あんな奴に目をかけていたんだか」
「アルトを連れてきたのはロドリゴ様でしたよね」
私が古代遺物局の内定を貰う前、今から2年前にヴィクトール様の父君であらせられるロドリゴ様がアルト連れてきたらしい。
当時、ロドリゴ様自ら連れて来たということもあって凄腕の鑑定士なのではないかと噂された。しかしその噂はすぐに立ち消えとなる。その理由は配属された先がここ、古代遺物の最終処分場だったからだ。ここは利用価値のないガラクタが集積される場所だ。そんなところに凄腕の鑑定士を置いておくわけがない。そういったわけでアルトの注目は局内で一気に冷めた。それなのに何かとロドリゴ様はアルトを目にかけていた。そのことがヴィクトール様は気に入らなかったのだろう。
コンコンコン。来訪を告げるノック音が室内に響き渡る。廃品回収業者でも来たのだろうか。
ドアを開けるとヴィクトール様の父君、ロドリゴ・コルテシオ様がいらっしゃった。
「ロドリゴ様、ようこそいらっしゃいました。今日はどのようなご要件で」
「フレイ殿、アルトがいるかね?」
「アルトはですね、えーと、その」
想像した通りとはいえ、言葉がうまく続かない。後ろを振り返りヴィクトールに視線を送る。ロドリゴ様の視線も部屋の奥に向けた。
「おお、ヴィクトール。お前もいたのか。アルトの話を聞きに来たんだな。仕事熱心で何より、アルトの話は面白かろう」
ロドリゴ様が気さくな調子で入室する。
「面白いと言えば面白いけど、書いてあることが荒唐無稽すぎるよ。それに随分と子供っぽい」
「ふむ、そうか。それは想像力を失っていないということも意味するぞ。ところでアルトは外出中か?」
「アルトなら昨日漬け解雇しました。最終処分の管理なら誰でも出来るからね」
「ハァッ!?」
ロドリゴ様がヴィクトール様をギョッとしたように凝視する。ロドリゴ様は慈悲深い方だ。きっとアルトのことを慮ってではないだろうか。
「お前は国を傾けるつもりか! 今すぐアルトを呼び戻すのだ!!」
ロドリゴ様が眉間に皺を寄せながらヴィクトール様に叫ぶ。
「国が傾くとは大袈裟な。アルトにそんな価値があるわけないでしょう。大体だからこそ最終処分場なんかで働かせていたんじゃないのですか?」
ジッとヴィクトール様を凝視した後にロドリゴ様が深く溜め息をつく。
「アルトには古代遺物の鑑定漏れがないか再鑑定をしてもらっていたんだよ。仕事に優劣をつけるなとあれほど忠告しただろうか。お前に局長を任せるのはまだ早かったようだな」
ロドリゴ様の発言にヴィクトール様が露骨に反応する。カチンときたようだ。頬がやや紅潮して赤みがさしている。
「いくら父上でも言って良い事と悪いことがありますぞ。俺の鑑定に至らない点があると言いたいのですか」
ヴィクトール様は国内でロドリゴ様に次に優れた鑑定士だ。仮にヴィクトール様が至らないのであれば国内の鑑定士は全員至らないことになる。
ヴィクトール様が鑑定出来ないものがあるとすれば、それこそ噂だけが独り歩きするSランク古代遺物、特級呪物くらいだろう。
「慢心は良くないという話だ。言って分からぬならこれを鑑定してみろ」
ロドリゴ様が懐から手の平サイズのブローチを取り出し机の上に置く。中央には神秘的な輝きを持つ蒼色の宝石が埋め込まれており、宝石の周りには金属製の複雑な模様が施されている。とても美しい宝飾品だと思った。
ヴィクトール様が挑むように笑う。
「これを鑑定出来たらさっきの発言は撤回する。アルトを解雇の件はお咎めなし。鑑定出来ないようなら父上が全部好きにする。如何ですか?」
「ああ、それで構わんぞ。好きなだけやってみるといい」
ヴィクトール様の挑発に対して悠然と構えるロドリゴ様。ヴィクトール様は訝しんだ後に首を横に数度振った後に満面の笑みを浮かべた。
「父上、終わった後に撤回はやめてくださいよ」
ヴィクトール様の目つきが鋭くなる。ブローチの鑑定を開始する。
机の上に置かれたブローチをしげしげと眺めたりルーペで覗き込み細部を確認している。更に魔力探知の魔法を唱えて魔力の有無を確認している。仕上げにヴィクトール様の固有スキル『鑑定A』を使った。
固有スキル『鑑定A』とは、名前の通りAランク相当の古代遺物までなら鑑定を自動成功させるスキルだ。Sランク相当の古代遺物は滅多に出土しない。実質古代遺物の上限はAランク相当までである。だからこのスキルを使えば鑑定は全て事足りると言っても過言ではない。これで鑑定結果が判明したことだろう。
「父上、ただの装飾品を古代遺物と言い張るのはやめていただけますか? そういう引っ掛けは人が悪いとですよ」
ヴィクトール様が笑いながらロドリゴ様にブローチを返却する。ロドリゴ様はじっとヴィクトール様を見つめる。
「お前にはこれがただのブローチに見えるのだな?」
「ええ、鑑定をしっかり行いましたからね。古代遺物でないものを古代遺物とは言い張れませんよ」
「そうか、やはりお前には荷が重かったようだな」
ロドリゴ様が落胆の色を滲ませながら呟く。そのままブローチに視線を移し深く息を吸い呪文詠唱を始める。
呪文に反応するようにブローチが輝き始める。呼応するように部屋の空気が一変する。あたりがひんやりと冷たくなり、遠くで雷が鳴るような低い音が響き始める。
「古の力よ、眠りから覚め、真の姿を我らに示せ」
ブローチから強い輝きが溢れ出す。ブローチが二回りほど大きくなり、妖精へと変化する。透明な翼を羽ばたかせている。
「えぇ〜、私のことをガラクタと思ったの? だっさ〜♥」
可愛らしい姿をした妖精? が、子供特有の高い声で可愛くない毒舌が吐き出す。
「特級呪物であるこの私を誤診するなんて信じられない〜♥ よわよわ〜♥」
ヴィクトール様は全身を小刻みに震わせながら顔を真っ赤にした。
「父上、これは一体なんですか」
「自己紹介はしてくれただろ。彼女は特級呪物だ」
「だったら何で、僕の魔力探知で検知出来なかったんだ」
「簡単な話だ。お前の実力不足だ」
「俺が未熟だと言いたいのか!」
とうとうヴィクトール様が叫んだ。ヴィクトール様は自分一番であることに非常に拘りを持つ人だ。『実力不足』という言葉が我慢ならなかったのだろう。
「古代遺物には隠蔽魔術がかかっていることがある。そして隠蔽魔術は鑑定士の腕が足りないと見破ることが出来ない。お前はなまじ『鑑定A』があるせいで隠蔽魔術に対する知見が浅いようだな。自分が鑑定出来なかったから古代遺物でないと決めつけるのは早計だぞ」
「ざ〜こ♥」
妖精がクスクス笑いながら的確に煽ってくるが、ヴィクトール様は今度は何も言い返せなかった。
「ここまで説明すれば分かっただろ。アルトの役割が。鑑定の取りこぼしがないように最終処分場で鑑定させていたんだ。古代遺物の取りこぼしは国家の損失だからな。アルトこそが国内唯一のSランク鑑定士だ。」
「Sランク鑑定士... アルトが?」
ヴィクトール様が信じられないとばかりに愕然とする。私も思わず声を出してしまった。Sランク鑑定士と言えば、古代遺物局の局長のポストと引けをとらない。いや、それ以上のポストといっても過言ではない。私はそんな相手を振っちゃったの!?
「いいかヴィクトール、組織は一人で回っているわけじゃないんだ。上には上がいる。これを機にお前も自戒を学ぶんだ。お前のために組織があるんじゃない。一丸となって成果を上げることを学べ」
ロドリゴ様がヴィクトール様を諭すが、ヴィクトール様は虚ろな目でブツブツと独り言を呟いている。そんな様子を見てロドリゴ様が溜め息をつく。
「フレイ殿、アルトと婚約が決まった後に災難でしたな」
今まで身を潜めて存在感を消していた私に対して気遣わしげにロドリゴ様が話かけてきた。
「え、ええ。ありがとうございます」
曖昧な笑みを浮かべながらに答える。今このタイミングで本当のことがバレたら大変なことになるのだけは分かる。
内心を見透かされたのかロドリゴ様が私をじっと見つめる。私はドキッとして蛇に睨まれた蛙のように硬直する。そしてロドリゴ様の視線は徐々に下へと下がり私の左手、厳密には左手の薬指でピタリと止まる。
「先日ここへ来た時にはアルトから送られた指輪を填めておったと思うがその指輪はどこにやったんだ?」
「きょ、今日は填めてこなかっただけですわ」
アルトと別れることが決まって質屋に売り払ったとは言えるわけがない。古ぼけた指輪で質屋でも二束三文の値段しかつかなかったことも腹立たしい。
「では、今填めている指輪はどこで手に入れたものですかな」
ヴィクトール様から贈られた金の指輪を指摘する。勿論そのまま伝えるわけにはいかない。伝えたらどうなるかは火を見るよりも明らかだ。
「俺が贈りました。だって可哀想でしょ? アルトがいなくなって誰が面倒見てやるんですか」
ギョッとしてヴィクトール様に振り向く。
眼の前の馬鹿は得意げにアホ面を晒している。なんてことをしてくれたんだ!
恐る恐る首を戻しロドリゴの様子を伺う。今まで見たこともない冷淡な目をこちらに向けていた。思わず小さな悲鳴を漏らしてしまう。
「夫婦とは互いが支え合うものだと私は信じている。富の大小で遷り変わるものではないとね。アルトにとっては婚姻を済ます前で良かったのかも知れんな」
ロドリゴ様が独り言のように呟く。そしてこちらをもう一度一瞥した。
「ヴィクトール、分かっているとは思うがここにある古代遺物には手を出すなよ。お前はお前の守備範囲で鑑定をしていればそれでいい。私はアルトをすぐに呼び戻す」
「じゃあねぇ〜。ヘナチョコおにいさん♥」
最後最後で妖精がヴィクトール様を煽る。その後に元のブローチの形状に戻った。ロドリゴ様は部屋を退出された。
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「クソっ、父上も妖精もなんなんだ。俺は絶対に認めないからな!」
ヴィクトールが隣りでキャンキャンと騒いでいる。適当にあしらいながら別のことを考えている。
ひょっとして私は人生を選択を間違えたんじゃなかろうか? ヴィクトールは思ったよりポンコツで、ロドリゴ様の心証は最悪。アルトはここにあるガラクタもとい古代遺物を鼻歌を歌いながら取り扱っていた。ヴィクトールにここの古代遺物を取り扱えるのか? そもそもロドリゴ様の言いつけを守れるだけの自制心があるのだろうか? あれ、ひょっとして私詰んでる? これからの未来に暗雲が立ち込める予感がした。
なるべく週1更新目標で頑張らせてもらいます。
時間はかかるかも知れませんが、失踪はしないので引き続きよろしくお願いします。