表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/18

アイアンゴーレム討伐

 遺跡の中を漂う魔力については解明出来ていないが、探窟は意外なほど順調に進んでいた。リリーが目と耳を活かして、罠の兆候を見つける。見つけた罠は避けたり、避けることが難しい場合は僕が完全翻訳で仕様を把握した上で無効化しながら遺跡の奥へと進んでいる。


「アルトさん、開きましたよ」


 宝箱の解錠に成功したリリーが嬉しそうに声をあげた。


「やったね」

「やりました」


 笑いかけると、リリーは嬉しそうにはにかむ。

 宝箱の中には紫色の水晶のようなものが入っていた。


「キラキラして綺麗ですね。これはなんですか?」

「んー魔石だね。魔力の込められた鉱石。古代遺跡からよく算出するやつだよ」


 魔石は古代遺物から算出されるもっともポピュラーな遺物だ。古代において術者の魔力を回復したり古代遺物を動かすための動力として用いられていた。その利用用途は現代も変わらない。そして現代において魔石は昔以上に珍重されている。現代でも魔法や古代遺物は活用されていて、その希少性が跳ね上がっているためだ。そ遺跡を探窟しないと魔石を入手できないため現代の方が希少価値は高い。


「ひょっとして魔石が魔力の漏れの原因だったりしませんよね?」


 リリーが念の為といった様子で訊ねてくる。

 僕も念の為、魔石を対象に魔力探知の呪文を唱える。


 「んー、違うね」


 この魔石は普通の魔石だ。遺跡からはみ出るような規格外の魔力は備えていない。それに魔石から勝手に魔力が漏れちゃったら魔石の役割を果たさないわけで。


「ですよね」


 リリーが苦笑混じりに頷いた。


「そうなると、魔力漏れの原因を探るなら奥に進むしかないですね」


 リリーの表情が険しくなる。そりゃそうだろう、奥に潜るということはより危険なトラップが待ち構えているかもしれない。


「そうだね、まぁ大丈夫だよ。二人でやるんだし。それに本当に手に負えない時は大人しく帰るよ」


 正直なところ、引き際は頭の片隅にある。遺跡の中に満ちている魔力を考えると、只者でないものが潜んでいるかも知れない。僕達で手に負えないならヴァルドビーさんに相談した上で冒険者ギルドに情報共有なんかも考えている。


「アルトさんにしてもは随分慎重ですね。そんなこと気にせず奥に潜ってくかと思ってましたよ」


 リリーが可笑しそうに笑う。


「ちょっとリリー、僕をなんだと思ってるの。古代遺物は大好きだけどリリーに無理させてまで欲しいとは思ってないよ」


 僕が本心を告げると、リリーの軽口が帰ってこない。顔を俯かせて黙っている。頬が赤い。


「どしたの?」

「さっ、行きますよ」


 リリーがスタスタと歩き出す。


「ちょっと待ってよ!」


 慌てて僕もリリーの後を追いかけた。


ーーーーーーーーーーーー


 そんな感じで気を引き締め直して探窟を再開したわけだけど、その後は防衛機構や罠の類に遭遇せずに順調に進むことが出来た。そして奥に進むと地下とは思えないほど開けた大広間を発見する。その大広間は殺風景で調度品の類は一切ない。四角いリング───闘技場を連想させられる空間が目の前に広がっていた。そこで僕達の運は尽きることとなった。


「嘘っ、あんなの絶対無理ですよ!」


 リリーが信じられないとばかりに絶望的に呻く。

 僕達は大広間前の通路から、首だけ出して恐る恐る大広間を確認していた。大広間中央を陣取るように4m級のゴーレムが鎮座している。

 そのゴーレムの全身は真っ黒な鋼鉄で出来ていた。フルプレートの甲冑を着込んだような姿をしていてヘルム越しに虚ろな赤い光を宿している。地面にグレートソードを突き刺して、剣の柄に手を置いている。さながら動く石像かリビングアーマーだろうか。


「んー、アイアンゴーレムだね。あんな状態のいいやつ初めて見るよ」


 リリーと喜びを分かち合おうとしたら横からツッコミが入る。


「アルトさん、今うっとりするタイミングじゃないですからね!?」


 リリーが上目遣いに、バツが悪そうに話を続ける。


「あれはアルトさんでも手に負えませんよね。大人しく帰りましょ。今度のは私のダガーも通じないですよ」

「ちょっと待って。ここから覗き見るぶんには、あれは襲ってこないから」


 リリーが訝しげに眉をひそめる。


「どうしてそんなことがわかるんですか?」

「そう書いてあるから」

「いや、もうちょっと分かるように言ってください」


 リリーに自身の固有スキル『完全翻訳』について説明した。昔から不思議と相手の言葉や文字が読み取ることが出来ること。そしてゴーレムのボディに立ち入り禁止の旨の警告の言葉が刻まれていることを解説する。だから大広間に入らなければ襲ってくることはないと説明した。


「えっ、そんなこと分かるんですか? いや、でも、それだったらアルトさんのトンデモっぷりに辻褄が……」


 なんかブツブツとリリーが独り言を呟き出す。何か酷いこと言われてないかな。


「ちなみにですけど、相手が何を考えているか分かるんですか?」


 リリーが手をもじもじしながら上目遣いに訊ねてきた。


「そんなのわかるわけないじゃん。僕は神様じゃないよ」


  思わず苦笑する。元婚約者のフレイのことを思い出し、胸の中に苦い気持ちが広がってくる。『完全翻訳』は万能ではない。相手の言葉がわかったところで、相手の真意が分からなければ何も意味ないでしょ。


「そうなんですね」


 リリーが心底ホッとしたように、何故か嬉しそうに笑う。リリーは今、何を考えているんだろうか?

 僕が何を口にすればいいのか分からずにいると、リリーが先に口を開いた。


「ここからなら危険がないことは分かりました。でも私達の手持ちの武器じゃゴーレムをやっつけるの厳しいですよね……」


 リリーが帯刀しているダガーと、僕のショートソードをチラリと見る。そりゃゴーレムが握っている特大のグレートソードと比較すると頼りなく見えることだろう。あの大きさと比べられたらどんな武器も子供のおもちゃみたいなもんだ。


「やっつけるのは厳しいけど、他に手段ならあるよ」

「えっ、どうやってですか?」


 リリーが驚きと期待混じりの視線を向けてくる。


「僕の完全翻訳を使えば対象と意思疎通を図ることは出来るからそれで争いを避けられるんじゃないかな」


 リリーが宙を眺めながら思案する。そして表情が曇る。


「ゴーレムと会話出来たとして話が通じなかったときはどうするんですか? 言葉が通じるのと、話が通るのって別の話ですよね?」

「その時はプランBだね。ゴーレムに刻まれている古代文字を直接を書き換える。機能停止せよってね」

「なんだ、別プランもあるんですね。だったら問題ないですね」

「プランBはゴーレムに直接触れないといけないことに目を瞑ればね」


 明るかったリリーの表情が途端に曇る。敵対行動をとるゴーレムに手が触れられるほどの距離まで近付づく。その際に殴られたり踏み潰されたらタダでは済まないだろう。


「大広間の奥に扉があるでしょ。あそこから魔力が漏れ出てる。あれが原因と考えて間違いない」


 大広間の奥にある扉を指差す。その扉は魔法陣の意匠が施されている。今までになかった形式だ。しかもおあつらえ向きにゴーレムまでいるときた。あの奥に何かがあるのは間違いない。

 リリーが目を瞑り、大きく息を吸って吐く。


「原因が目の前にあって解決する手段も手元にある。分かりました。やりましょう」


 リリーが目をしっかりと僕に合わせながら承諾した。

 それから対ゴーレムの段取りを決めてゆく。ゴーレムとどう交渉するか? 失敗した場合はどうするか? 決めるべきことを決めて大広間へと足を進めた。


ーーーーーーーーーーーー


 大広間と通路の間、床に溝が彫り込まれているところで足を止める。さしずめ境界線だろうか。

 実際にゴーレムに近付くことで、その大きさをより実感することになる。僕達はゴーレムを見上げる。ゴーレムは微動だにせずに見下ろしてくる。鈍い黒光りする鎧、腕、足と1つ1つのパーツが太い。フルフェイスのヘルムから無機質な赤い光が2つ灯っており、僕達をじっと凝視している。

 ゴーレムに近付きリリーが警戒の色を強める。


「それじゃ手はず通りに。話し合いで解決するように頑張るよ」

「是非そうしてください。遺跡の中で鬼ごっこなんてしたくないですからね」


 リリーがしかめっ面をする。


「ゴーレムにもその気持ち通じるといいな」


 境界線をまたぐ。ゴーレムが無機質な声を発する。


「侵入者に警告シマス。ここは立入禁止デス。速やかに退出してクダサイ」

「なんて言ってきてるんですか?」


 リリーが小声で訊ねてくる。


「さっさと立ち去れだってさ」

「歓迎されてませんね」

「まぁ、仕方ないね」


 顔を少ししかめた。その後にゴーレムに向き直る。


「施設に不具合が確認されたのでメンテナンスに来ました。ほら、後ろの扉から魔力が漏れ出ているでしょう?」


 『完全翻訳』を用いてゴーレムに語りかける。

 今用意できる口上で一番マシなものを用いた。本当はゴーレムを服従させる魔法の言葉とか、遺跡の責任者の名前を出して対話したかったが、無いものは仕方がない。

 ゴーレムが赤い目の光を明滅させながら考えるようにしばし沈黙する。リリーが隣で食い入るようにゴーレムを見る。そして明滅が収まる。


「あなた達は登録されていまセン。詐称とみなしマス。侵入者を排除シマス」


 真後ろからガコっという音がする。慌てて後ろを振り向くと広間と通路の溝に鉄格子が落下する。\nガシャン! という金属音が騒々しく響き渡る。


「出口が!」


 リリーが呻くように叫ぶ。脱出路を断たれた。ゴーレムがグレートソードを片手に迫ってく。ズシンズシンと無造作に近付くてくる。


「散開!」


 リリーがハッとしたような表情をする。慌てて散開をする。右に僕。左にリリーが散る。

 僕達が散開するとゴーレムの足が一瞬とまる。どちらに攻撃すべきか判断に困ったためだろう。

 リリーがその隙を見逃さなかった。ゴーレムに向かってダガーを投擲する。目に相当するであろう箇所、赤い光に向かってダガーが吸い込まれるように命中する。『キンッ』という金属がぶつかり合う音がする。

 ワンチャン赤い目が急所でゴーレムの行動を阻害することを期待するがダメージを受けた様子はない。しかし、ゴーレムのヘイトを稼ぐことには成功したようだ。体の向きがリリーを正面に捉えるように切り替わる。ガシャンガシャンと金属が擦れる音を立てながらリリーに向かって歩みを進める。その過程で右足首からリリーが投擲したダガーが排出される。

 ゴーレムはリリーと5m〜6m位まで近付くと無造作にグレートソードを振り回す。人間が振り回したら絶対に届かない距離だが、4m級のゴーレムにとっては剣撃の有効範囲内だ。ブンッ。広間の大気が乱れて強い風が吹き荒れる。


「うひゃっ!?」


 リリーが面食らったような声を上げつつも攻撃を俊敏に回避する。

 ゴーレムの攻撃は力強いが鈍重だ。回避に専念すれば暫くはリリーがゴーレムを釘付けにできそうだ。その間に僕はゴーレムの背後をとることに成功する。加速のアミュレットを活性化させて俊敏性を向上させ獣以上の速度で駆け出してゴーレムの背後にとりつく。ゴーレムのふくらはぎに手を添える。金属特有のヒンヤリとした冷たさが手のひら越しに伝わってくる。

 さっそく完全翻訳と魔力を用いてゴーレムに刻まれた魔法コードの改変を開始する。ゴーレムに改変がバレる前にさっさと終わらす必要がある。バレたら踏み潰されるのがオチだ。


「コードリライト!」


 狙いはゴーレムの緊急停止。強制的にスリープモードに移行させて戦いを避ける。プランBを遂行する。

 完全翻訳を用いて魔法コードを瞬時に理解する。魔法コードの暗証番号を入力して書き換えを行おうとする。そこで問題が発生する。魔法コードを編集するためにはコードを別プールに退避させてからでないと編集出来ないタイプだった。コードを動かす分の時間が必要。急いでコードの移動を行う。早く! 早く!!

 首を上に上げるとゴーレムとバッチリ目が合う。ゴーレムの表情は変わらない。僕の表情は歪む。ヤバイ!

 ゴーレムがグレートソードを手放す。ゴーレムの大きな右手が僕に近付いてくる。自分が握りつぶされるビジョンがアリアリと浮かんだところでゴーレムがピタリと止まる。周囲を確認するとゴーレムの影に影縫いのダガーが突き刺さっている。


「アルトさん早く!」


 リリーが焦燥に駆られたように叫ぶ。僕は慌てながら懐から魔石を取り出しギュッと握る。すると魔石がうっすらと輝き出し、体内に魔力が流れ込んでカッと体が熱くなる。魔法コードの書き換えが加速する。

 ゴーレムの影に突き刺さっていた影縫いがひとりでにスポッと抜け、カランという頼りない音を立てて床に落ちる。ゴーレムが動き出す。無骨で巨大な右手が迫りその影で僕は隠れる。


「緊急停止コードを受領シマシタ」


 ゴーレムの無機質な声が広間に響き渡る。赤い目の光が静に消え、僕を頭から握りつぶそうする姿勢のまま停止した。あー、間に合った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ