婚約者から婚約破棄され、上司からクビを宣告される。僕は好きにやらせてもらう!
「アルト、私達別れましょう」
「えっ、なんで!?」
僕はアルカディア王国の古代遺物局、つまり職場で婚約予定の女性、フレイから婚約破棄を迫られた。彼女の顔を凝視する。栗色の瞳にふざけた様子はない。
「いつもの悪い冗談だよね? そんな神妙な表情してさ。悪ふざけがすぎるよ」
僕はフレイに笑いかけるが、彼女は笑わない。真顔のままだ。
「私は本気よ。貴方のことが嫌いになったわけじゃないわ。貴方より好きな人が出来ただけよ」
「そいつは誰のことなの? 君のそいつも無責任すぎじゃないか?」
心臓が早鐘を打ち、声が上擦ってしまった。
「俺のことだぜ」
嘲る声とともに書架の物陰に隠れていた金髪碧眼の男が姿を現す。ヴィクトール・コルテシオ。古代遺物管理局の次長。僕の上司に相当する男だ。
「「ヴィクトール!」」
僕は抗議を込めて叫び、フレイは喜びの色をたたえて叫んだ。フレイはヴィクトールに向かって駆け出し抱きついた。
「どういうことなんだ?」
ヴィクトールに詰問する。何一つとして納得できることがないよ。
「見ての通りだ。俺とお前、求婚されたら当然の話だろ?」
当然って言われても全然理解出来ない。フレイに視線を向けると僕に諭すように微笑みを向けてきた。
「あたなだって分かるでしょ。ヴィクトール様から妾にならないか持ちかけられたの。ゆくゆくは次期宰相を約束されている人が没落貴族の私なんかに目をかけてくれるのよ。アルトだって私と同じ立場に置かれたらそうするでしょ? だから仕方ない話なのよ」
フレイはそう言い終えると、嬉しそうにヴィクトールの右腕を両腕で抱きしめた。
ヴィクトール(古代遺物局次長)と婚約することがそんなに良いことなのか?僕とアルトは一生添い遂げるつもりだったのに。
「これで分かっただろ。お前より俺の方が優秀ってことだ。それと今日付けでクビだから明日から来なくていいぞ」
「はぁっ!?何で次長の立場で僕をクビに出来るんだ? ロドリゴさん(所長)がそんなことするわけないだろ」
ロドリゴさんはヴィクトールの父親でありアルカディア王国の宰相と兼任という形で古代遺物局の所長をされている。
「それな、今日から俺が所長になったんだ。人事権は俺にある。所長の俺がクビを通達してるんだ。明日から来るな」
ヴィクトールが得意満面で語る。
「ちょっと待った、ここの特級呪物をどうするつもりなんだ?」
特級呪物とは、発掘した古代遺物の中でも特に影響力や運用が難しいものの総称だ。僕の仕事は発掘された古代遺物の中に特級呪物が含まれていないかの確認が仕事だった。もっともそのことを知っているのは古代遺物局の中ではロドリゴさんだけであるが。
「おいおいおい、嘘をつくならもっとマシな話を考えろよ。お前に流してるガラクタは俺が鑑定した後の出涸らしだぜ。貴重な古代遺物は全部俺が引き取っている。大体お前が管理しているガラクタの中から役立った話を聞いたことないぜ」
「ヴィクトール、冗談だろ。本当にちゃんと鑑定したのか?」
そう言うと、ちょっとムッとしたようにヴィクトールが答える。
「当たり前だ、俺を誰だと思ってるんだ? 若手ホープのヴィクトール・コルテシオ様だぞ。アルカディア王国で俺より優秀な鑑定士は父上だけだ」
『その父上から鑑定を頼まれているんだが?』と反論したい気持ちをグッと堪える。鑑定出来ないやつに説明しても意味がない。だからと言って保管庫で特級呪物を起動するような馬鹿な真似は出来ない。
こちらが沈黙していると、侮蔑混じりにヴィクトールが笑う。
「俺が所長になったからにはより効率的な組織運営をしないとな。フレイ、俺のことは支えてくれるよな?」
「勿論よ。任せて」
フレイがヴィクトールの右腕に頬ずりする。
そんな二人の姿を見て、沸々と怒りが込み上げてくる。婚約も仕事も、もうどうだっていい。今、この場の空気を吸っていること事態が嫌になってくる。
「もう知らん。泣き言いったって助けないからな!!」
「お前の助けなんて一生必要としないさ。さっさと出ていきな」
ヴィクトールは余裕の笑みを崩さない。左手で僕を追い払うジェスチャーをする。
僕はそのまま保管庫を駆け出した。
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アルトがいなくなった後も保管庫からキャッキャウフフと無邪気な声が漏れてくる
この時の二人は知るよしもない。ヴィクトールの鑑定能力はAランクまでであり、特級呪物、Sランクの古代遺物は鑑定出来ないことを。そして保管庫に陳列されている古代遺物が特級呪物であることを。二人の受難は今このタイミングで始まったのである。