第六話 【転生したら剣だった男ー4】
民衆への演説を終えたニコルは、15分後に屋敷に集合して欲しいと最後に告げるとレインと二人で逸早く屋敷へと帰還する。そして、先程まで一人でやっていた作戦会議を再開する。今度は、二人で。
「これが今の街の置かれている状況、その環境と周辺の全てだ」
「……成る程な、だから後四枚か」
その盤面を睨み、ニコルの導き出した答えを「是」とするレイン。
「うん。それでね、ここに……あ、あれ……」
「おい!」
そんな彼を見て少し安心するニコルは、新たに得た駒を配置しようのするが、急に頭を押さえて駒を手から零してしまう。机にもたれ掛かる様に崩れ、膝を着いてなんとか耐えようとし、それをレインが慌てて支える形に。
「どうした、大丈夫か?」
「いや、何か頭の中に声が……」
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鑑定Lv2の結果
【ニコル・ジャスパー】
指揮Lv2(1/9)
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早い、適切な経験は人をこうも押し上げるのかと、それを促した我ながら少し恐ろしくと思う。レイリーの時もそうだったが、才覚ある者がそこに身を投じた時、そこに発生する化学反応は凄まじい物がある。それを見ているのは本当に気分が良く、ついつい興じてしまうが、今はそれどころでは無い。
「指揮が、Lv2になったって……」
「なっ!? お、お前もなのか」
「え? レインも?」
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鑑定Lv2の結果
【レイン・サーティック】
指揮Lv2(3/9)
嗅覚Lv1(4/9)
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そう、俺は調べて知っていたのだが、実の所レインは同じスキルを上位互換として既に所持していたのだ。その上で、彼はその才覚を持ちながら食らいついてくるニコルが面白く、負ける事すらある戦いを愉しんでいた。故に、ニコルが彼と同じ様なスキルを持っているのではなかろうかと訝しんでいた事だろう。だがまさかこのタイミングで進化を促すとは、実にタイミングが良い。
「レインの指揮、レベルは?」
「2だ、一年前にそうなった」
「そっか、だからあんなに強かったのか……勝てない訳だ。良いの、俺の指揮下で?」
少しだけ不安を覚えるニコル。同スキルの先達者、それを配下とするのは些か気が引けると言うものだろう。だがこれをレインは。
「技が、術が、性別が、立場が、それぞれに適材と適所を示す。お前が前線で指揮を取ってどうする? だからと言って後衛から指示を出すお前の思惑を的確に汲み取る奴が前線に居なくては意味がない」
「レイン……」
「お前はお前のやるべき事をやれ。俺だって、俺にしか出来ない事をやってやるさ。軍にも私兵にも属さない俺が指揮官として加わるのは兵を割る理由になりかねない。俺は鎧で面を隠して、お前に派遣されたニコルの意志の通達者として戦場を作る。そしてこの戦いに生き残ってー」
レインは盤面から視線をニコルへと移す。そしてー
「お前の傍を固めてやるよ。もう周りに何を言われても関係ねーからな。お前と俺で、ここを守るぞ」
「レイン、……ありがとう」
「馬鹿言え、まずは今回のこれを軽く捻ってからだ」
「だね、そうなると」
「まずは一度戦力をさらって適切に配置し直す必要がある。それは俺の方でやるから、ナターリアさんを頼む。駒として機能する剛将はあの人だけだ。説得頼むぞ」
「任せてよ、後方支援は万事整ってるって前提で見ていて良いからね」
「頼もしいな、なら俺は行くぞ。武装一式、借りて行くからな」
レインは確認もそこそこに直ぐに戦場へと駆け出した。これは悠長に構えて構わない、ターン制バトルでないのだ。やり返さねばやられっぱなしの戦争、一刻一秒が物を言うこの状況に於いて、レインの判断は鋭く、また早かった。
「僕が指揮のLv2の所持者、か。レインも……。それならもしかしたら本当に……」
一人になったその場で、先の経験を噛み締めるニコル。戦いの行く末は始まらねば分からない。だが本来その可能性の殆どは凄惨な物となる筈だったのだ。それがどうだ、ここにきてスキルを獲得し、更には同レベルの仲間にまで恵まれる。やるのなら、今しか無い。
これはニコル・ジャスパーの漢を上げるに相応しい戦場だ。
彼はすぐに階下へと移動し、間も無く集うであろう歩兵部隊へと備える。其々の部隊を配置するに当たって場所を決めておき、それとなく三分割される様に場を整える。するとあっという間にワラワラと人が集まり、それぞれが可能な限りの武装を終えて集結する。腕には籠手の代わりの何かを巻き付け、人によっては鎖をグルグル巻きにしている。胸元には鉄板を無理矢理に固定し、兜の代わりに農具や鍋を紐で括り付けて頭部に固定している。これを軍と称するならば、笑う者も居るかも知れない。だが事、この集団内に於いて、その様な愚かを犯す者は一人も居らず、表情は正に真剣そのもの。その一触即発の張り詰めた空気を以って、ニコルは彼らの先頭へと足を進める。そんな、間もなく戦だというこの場面にーー
「なっ!? こ、これはどういう状況ですかニコル様!」
「待っていたよナタリー、君にも聞いてもらいたい言葉があるんだ」
「いえ、私を待つなど! 私は突如伝令からの緊急帰還命令に慌てて戻っただけであって……それよりもです! 私は盾です、ただの盾なのです。この身を使い、一人でも多くの民を救う時間を稼げれば……」
「そう、お前は盾だ。ナターリア」
「っ!? に、ニコル……様?」
突然、ピシャリと言葉を強く切ったニコル。その変貌した姿に思わず言葉に詰まったナターリア。彼女は驚くべきモノを見たと言う目でニコルを見つめており、ニコルもまた彼女を強く見つめていた。
「問おう、ナターリア・ウェルグストン。盾の役目とは何だ?」
「そ、それは……守るべきを守る事です」
「言い分がおかしいぞナターリア。お前は逃げろと言う、だが逃げた先に何が在る? もしもそれが虚空であるならば、盾とはそれを持ち戦う者をやがて来る死へと追いやる事が役目なのか?」
「そんな!! 何故その様な……」
「それとも、主人と共に戦場を駆け、これを生かす事が役目であるのか」
「勿論、後者です」
「ならば、今為す事はただ一つ。戦うぞナターリア」
「無茶です! 敵の戦力を考えればそれは……」
「俺を信じろ、ナターリア」
「……!!」
強く、【俺】という一人称を突然使用するニコルに動揺を隠せないナターリア。そして、彼の言う事を否定する事も出来ない。彼女は兵の長として、長く戦場を見てきた。故にその経験から判断できる事も持ち合わせている。その経験から見て、この戦いに勝ちの芽は無かったのだ。
だがニコルは、そのナターリアが無手と断じた戦場に立ち向かうという。しかも、民衆達を引き連れて。
「お前は、誰の盾だ?」
「貴方の……ニコル様の盾でごさいます」
民衆達は無理矢理連れて来られた顔をしていない。考えられない程に士気が高く、決死の色をしている。軍を預かる者として、信じられないモノを見せられている気持ちだっただろう。何をどうすれば、一般民主がここまでの士気を持って戦場へと参じる事に相為るのか。
「ならば俺を守り抜いてみせろ」
「はっ!」
「お前の事は、俺が守ろう」
「……これは」
腰に下げていた俺を引き抜き、鞘ごとナターリアへと渡される。ニコルがどんな面持ちで居ようと、戦場で剣を振るうのはナターリアだ。そして彼女はこの軍に於いて最も強い、そして重要な局面に当てられる。ならばこれは必然であり、合理と言えるだろう。
「元はお前の物だ、お前が持て」
「し、しかし……」
「俺は全体をここから動かす。前線には信を置く者を一人送り込んである。部隊の細かい指示は奴に任せると良い。お前には、お前にしか出来ない事を、頼んだぞ」
「は、はい!!」
ナターリアは無意識に涙を流していた。それは悲しい涙などでは無く、漸く得たという手応えからくる積年の涙だった。先代の領主に仕え、彼の剛腕に魅せられ、息子を託される。その重大な役目を大いに喜んだナターリアであったが、いざ向き合った息子は先代とは似ても似つかないひよっ子で。身体が出来上がっていないのは仕方ないにしても、心構えが足りていなさ過ぎて、何をどうしたものかと気を揉んでいた。
そのニコルが、ナターリアの考えを正し、戦場を描く将として軍に君臨している。これが嬉しく無くてなんだというのだ。これが、この瞬間が見たくて、ずっと彼に戦いの理を説き続けていたのだ。
非常時にこそ、指揮官は誰よりも落ち着いて勝ちを描かなければならない。この困難極まりない場面で、それをニコルが為しているのかと思うと、涙が溢れて止まらないのだ。
「生きて帰ってこい、お前にはまだまだ学びたい事が沢山あるんだ。頼むよナタリー」
「はっ!! お任せ下さい!!」
ナターリアは剣を強く握り締め、ニコルから指示を受けた新たな三隊を引き連れて、戦場へと駆け出した。
レイリーの時もそうだっが
→そうだったが に修正しました。