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第五話 【転生したら剣だった男ー3】

話の長さにムラがあって申し訳ないのですが、どうしても入れ込みたい時は長くなります。ご容赦を。

「状況を教えてくれ」

「領地の境目辺りを見回っていた奴が殺られました。西側からです、恐らくかなりの数の敵が押し寄せて来てると思われます」

「かなりの数ってのは……」

「凡そ千ほどは」

「千!? どこからそんな……」


 この地はとても豊かな土地だ。農作物を育てるにしても公益の拠点にするにしても、そもそも場所が良い。押さえてしまえば先々で使い道が多いのだ。そして幾ら内政は整っていたとしても、父からの代替わりで最も大きく失ったのは軍事力。それを具に確認していた周辺諸国の何処が、若将にして弱将うちに奪ってしまえと攻め上がったのであろう。


「ロザーヌ地方から、です」

「あそこか……」


 下唇を噛み、苦虫を噛み潰した様な顔をするニコル。今この段階でこちら側から用意できる兵は精々三百が良い所。更にこちらは領民を守りながらの戦い、敵はただ蹂躙すれば良いだけの簒奪者。攻城戦の様な場合と違い、平地での防衛戦は守る者が多ければ多い程不利になっていく。そして、魔獣や小悪党の対策しかしてこなかったこの地にとって、千の軍勢は致命的な数と言えるだろう。


「領地の外れ、ロザミスト平原。今はそこに侵攻しております。凡そですが騎兵が100、歩兵が850、魔法兵が50で、騎兵を前面に展開し、歩兵は二軍に分けられおり、魔法兵もその歩兵部隊に組み込まれております。恐らくですがこの陣形、速攻を持って落とす構えかと」

「くっ……」

「私が、時間を稼ぎます。領民の避難と、撤退の準備を」

「そんな!? それじゃナタリーは!」

「そんな事を言っている場合ですか!!」

「……っ!?」


 ナターリアはこの地を守る私兵団の団長。前線の指揮を取り、後方で撤退準備。リスクとリターンを考えるなら悪くない作戦だ。失う物は領地、得る物は領民の命。問題はそこから、どこへ逃げ延びるのかという話だが、外交的にそれを取り纏める余裕もない。ニコルの懸念は、逃げたとて、という話なのだ。


 このままではこの領地は全滅だ。彼らに突き付けられた二つの選択肢を簡単に纏めるに、ナターリアの言う先でゆっくりと死に絶える道か、今隷属化する道の二つとなる。そして、そのどちらもが選び難いという状況という訳だ。ニコルはいっそ降伏する事すら考えているのだろうが、恐らくその道も中々に厳しい。特に、ナターリアの運命は……。


 麗しく潔癖、そして高潔にして剣豪という彼女は、周りの妬みも買っていたが、いつかアレを手中に収めたいという欲望の対象としても視線を集めていた。あれ程の女が、子供の様な領主の手の内にある。このまま朽ち果てるのを待つくらいならいっその事、という訳だ。だが事はそう易くはない。彼女はそもそも強いのだ。故に領地を狙い、領民、領地、そしてナターリア、その全てを奪い取るという暴挙に出るまでに至った訳なのだろう。


 つまり、究極の二択にも関わらず、そのどちらの先にもナターリアは陵辱される未来が待ち受けている。それ故に、彼女を戦場から遠ざけたいニコルは、彼女が前に出る事を渋るのだ。だがナターリアを下げれば、領地への侵略速度は格段に上がってしまうだろう。故にその身を犠牲にしてでも、彼女は気丈に前に出ようと言うのだ。


 実際、今この地には防衛力は無いに等しい。なればこそ、敵軍から見ればこの侵攻は一挙幾得なのだろうかという、千の軍勢へ報酬を出す事も痛く無い程に得の大きい戦争なのだ。


「では行って参ります、ご武運を」

「な、ナタリー……」


 言う事を全て言ったと、次なる為すべき事へとすぐさま移行するナターリア。この混迷極まる状況の中、団長としての的確な判断の早さ。やはり流石と言わざるを得ない。彼女は部屋を飛び出すと、逸早く街の盾となるべく行動を始めたのだ。


 一方で、部屋の中で受け入れられない現実に立ち尽くすニコル。一気に事が展開し過ぎて頭が思考を拒絶してしまっているのだろう。このままでは拙い。俺は既に「ここを無くすのは惜しい」と考えてしまっている。ニコルの成長を見ていたかったし、下世話な話で言えばナターリアの恋の行く末にも興味はあった。それに彼の部下たちも、実に面白い人財に溢れている。このままではその全てが失われる。


 何処に活路が、俺に何が出来る? ナターリアと共に戦場を駆け、一人でも多くの暴徒を地に沈めるか? それとも俺自身が戦う? 否、そもそも犬や魚、無機物にしかなれない俺に何が出来る? このまま剣としてニコルの腰に下げられているしかないのか?


 今、本当に助けを必要としているのは誰だ。ニコルか、ナターリアか? いや、彼女は一定の業を修めた歴戦の勇。寧ろ今、奮い立つべきは……。だが俺に何が、どうすればー 


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 条件達成

 スキル【念話Lv1】を獲得しました

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 ーー!? 新しいスキル? まさか俺が手段を願ったから、その願いが強かったから、条件を満たしたと? いや無益な詮索は後で良い。そんな事より今はー


『オイ』

「ーっ!? な、何、誰だ!!」

『お前が腰に下げている、剣だよ』

「……は? そんな訳ないだろ? 誰の悪戯だ! 今こんな事をしてる場合じゃ……」

『そうだ、今はそんな場合じゃない。ならどんな場合だ?』

「ー!? 何の問答だ! 巫山戯るな! 今僕は忙し……」


 周囲を訝しみながら見渡し、誰もいない事を確認すると、まさか剣が話しかけているとは信じられず悪戯と断ずるニコル。気持ちは分かるが本当にそんな場合ではない。


『そうやってアタフタして、考えてるフリをしながら突っ立って。子供さながら皆に守られて、そのお前を守る者たちが順番に死んでいくのをただ見ているつもりか?』

「知った風な口をきくな! 誰かも分からないお前なんかに何が分かるんだよ!」

『少なくとも、領民を避難させたとて、やがてくる死を先送りにしているだけ。そしてどの未来を選ぼうとそこにナターリアの安寧は望めないと考えたお前と同程度には分かっているつもりだ』

「なっ!?」

『俺もナターリアの案には反対だった。だが、それならば新たな策が必要だ。だからとてナターリアに詰め寄られるあの場面では、まだお前には妙案が思い付かなかった。そうだな?』

「当たり前じゃないか!! あんな場面で、僕なんかに、一体何が出来るって……」


 バンっ、と。両手でテーブルを強く叩くニコル。憤る気持ちと、情け無い気持ちと、そして恐怖に怯える気持ちが混ざった複雑な表情をしているのがよく分かる。自噴は何処まで募ろうとも、手段へ至ら無ければ狼狽えるのが関の山。だが、そんな事をしている暇はない。


『剣も使えない、魔法も使えない、だからといってナターリアの言う様にしていてはやがて全員で死ぬ。全て領主たるお前の責任だ』

「そんな、事……」


 言われなくても分かっている、そんな顔をしていた。だが俺の言葉はここで終わりでは無い。


『お前が、何もしなければな』

「……、まるで手が在るみたい言うじゃないか。何が、一体何が出来るってのさ……こんな状況で、こんな僕に……」


 大粒の涙を瞳から放出するニコル。止めど無く溢れ、悔しさから顔の筋肉は筋張って浮いており、口の中は何かの拍子に切ってしまったらしく、僅かに出血していた。


「僕なんかに……、人一人としてまともに斬れない僕なんかが、この極まった戦場の中、一体何が……」

『剣を振るだけが戦いの全てではない』

「……え?」

『剣を振る者、守る者、魔法を放つ者、運ぶ者、癒す者、そしてそれらを指揮する者、またその全体像を描き、導く者』

「導く、者」

『お前はこの地の領主であり、総大将だろう。ならばお前のする事は剣を振る事か?』

「……、……違う」

『ならば戦場の最後方で剣を握り、斬る技術の無さに嘆くのがお前の役目か?』

「……違う」

『ならば拙い魔法を放つ事か?』

「違う!」

『民衆の死を僅かに先送りにする事か?』

「違う!!」


 両の拳は強く握られ、涙は既に止まっていた。力強い決意に満ちた目をしており、その矛先を向けるべき対象を求める飢えた獣の様な鋭さを携えて。そう来なくては。


「俺は、皆んなを助けたい!!」

『そうだ、諦めるのはもっと盤面が進んでやる事が無くなってからやっても遅くは無い。今やるべきは何だ?』

「考える事、そして諦めない事だ!!』


 覚悟は決まったな。ならば、始めよう。


『この辺り全域の地図を広げろ』


 ニコルが歩むべき将たる道の、その第一歩を。


「広げた!!」

『ならば、お前がいつも興じているボードゲーム、その駒を持ってこい。敵の位置、味方の位置、それぞれに駒を配置しろ』

「ボードゲーム……そう言う事か!!」


 自身の身の内に宿る才覚に目を向ける。恐らくこの者はこのスキルを生まれ持ってしまったのだろう。


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 鑑定Lv1の結果

【ニコル・ジャスパー】

 指揮Lv1(7/9)

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 努力や偶発的かつ後天的にスキルを手に入れた場合、Lv1時点からその存在を自覚出来るのだが、どうやらそれが出来ぬ程の年齢にてスキルが発現してしまった場合、これらは未確認のまま据え置かれると言う事が最近分かってきたのだ。要するに、物心が付く前に発現した場合、スキルの存在に気が付けないという訳だ。そしてニコルは先天的にスキルを持ってしまったタイプの気が付かなかった側の人間なのだろう。


 実はスキル所持者の大半がニコルと同タイプで、その殆どが【剣術Lv1(2/9)】の様に、ほぼ鍛えられずに放置されている。理由は明白で、気が付かないが故に周辺的な努力は行えてもその成果が少なく、適切な努力値を積み上げられないからだ。


 そこにきてこのニコルという少年はまだ運が良かった。恐らく立場や趣向がそこに沿っていたのであろう。日々の積み重ねが、あと少しで成長を促す所まで来ていた。年齢と進度を垣間見るに、Lvが2へと自然進化するにはあと3,4年といった所か。だが、それでは遅すぎる。


 今この時に、生の指揮者としての経験値を吸い上げ、一気に駆け上がって貰う。それが為されなかった場合、恐らくニコルはここで死ぬ事となるだろう。


 地図の上に駒を配置し、先にナターリアから聞かされていた敵の配置と、味方の配置を済ませる。そして味方の浮いている駒を手元に置き、ここからこの盤面での攻防が始まる。


『こうなると分かり易いだろう? どう見る?』

「待て、少し考えさせろ」


 地図上の戦況を眺め、そしてその中へ溶け込む様に全てを一体化させるニコル。そう、この者はこの状態となる時が一番面白い。恐らくスキルが力を貸している状態なのだろう。


 透き通る様な目でその全てを見据え、まるで呼吸すらも忘れているのではと思える程の深い集中を見せるニコル。この周辺一帯だけが時を止めているかの様な静寂が辺りに満ち、やがてそれは打破される。


「くっ……勝ち筋が少な過ぎる、それに余りにも薄い」


 結論が出たのだろう、恐らく【勝てない】という。


 目を血走らせ駒の一つ一つを睨み付けて回るニコル。脳内が焼き切れるのではという勢いでフル回転させ、自身の知識や知恵の限りをこの戦場へとぶつける。だが幾度その盤面を覆そうと試みようともーー


「ダメだ! これじゃ……」


 負け筋が濃厚としか答えが出ないのだろう。


「このままじゃ……」


 だが、だから終わりという訳ではない。これは遊びでは無い、ボードゲームで表現しただけの【本物の戦場】だ。故に、版外からの一手というのも起こり得る。


『まだだ』

「まだ? よくそんな事が言えるね。ここからこの盤面をどう覆せって言うのさ。無理だ、どこまで思考を走らせ様と、この戦場は既に詰んでいる、詰んでいるんだ……」

『何手足りなかった?』

「……え?」

『足りなかったのはどの場面での何手だ? と聞いている』


 俺から与えられた新しい思考の角度に更に戦場を変化させ、前に進めるニコル。


「四手だ、後駒が四つあれば何とかなるかもしれない」

『駒の種類は?』

「……歩兵が三枚と、将が一枚」


 足りないのであれば足せばいい。元より開始のタイミングなどのルールを何一つ守っていない敵と相対すルール無用の戦場だ。版外から駒を増やそうともとやかく言われる筋合いなどない。


 問題は、何処から駒を用意するか、だ。


『戦場と戦況は理解出来たな?」

「大丈夫、把握したよ」

『ならば、やる事は分かるな?』

「言いたい事は分かった、でも……」


 自分などにそれが為せるのだろうか、そんな不安な顔を浮かべるニコル。だが、悪いが俺はそんなに優しくは無い。


『その言い訳、嬲られ尽くしたナターリアが死体となった前でも言うつもりか?』

「馬鹿な! そんな訳……やってやるさ!!」


 ━━━━━━━━━━━━━━━━

 鑑定Lv1の結果

【ニコル・ジャスパー】

 指揮Lv1(8/9)

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 やはりそうだ。真の戦場にて指揮を執る事に命を、魂を捧げたなら、その成長は著しいなんてものではない。二年間のお遊びは、魂の10分で凌駕する事が出来る。


 ニコルはすぐに館を飛び出すと、庭に繋がれた馬へと飛び乗り、古い馴染みの友人の家へと真っ直ぐに向かった。それは共にゲームを研鑽し合い、時に苦を語り、また負けを研究し尽くした信頼出来る友の家。


「おばさんゴメン! レインはいる!?」

「え!? あ、ニコル様でしたか。何故この様な時にこの様な場所へ。今我々も避難の指示に従って……」

「レインは!?」

「俺ならここだ」

「良かった、入れ違いにならなくて……」


 突然、領主が家へと訪ねてきたかと思えば、自身の息子の存在を確認される母は、ただ只管呆気に取られ状況を見守っていた。日頃であっても可笑しいと言える光景、今であれば異常とさえ言えるかもしれない。何故息子にこれ程までに拘るのか、母には理解出来なかったのだろう。だが当のレインはー


「お前、どうするつもりだ?」

「その話をしに来たんだ。手伝って欲しい」

「な!? ニコル様!?」


 領主と息子を交互に見やり、何が起こっているのかと理解に苦しむ母。だが当人同士はどこか通じ合っている様にも見え、困惑は募るばかりだった。だが、茶々を入れようにも二人は真剣そのもので。口を挟む余地もまた無く、彼女はただ見守るしか術を持たなかった。


「手伝ってくれだと? お前この状況をどう見てるんだ?」

「後……四枚だ」

「……成る程な。その一枚が俺って訳か」

「そうだよ、これで後三枚」

「その三枚ってのは?」

「……今から作りに行く。それを見ていて欲しいんだ。一緒に来るかどうかは、そこで決めて欲しい」

「良いだろう、連れて行けよ。悪いなお袋、俺はやっぱこいつが嫌いになれねーみたいだ」

「レイン……」


 友だった。昔からただ友だったのだ。だが気が付けばその友は自分とは身分を画す存在で、近寄り難く、また気軽に在る事を周囲が良しとしなかった。故に距離を置き、遊ぶ事を止め、離れ様としていた。だがそんな大人たちの思惑やレインの決断を、事の本人であるニコル自身が乗り越え続けてきたのだ。跳ね除けても跳ね除けても、屋敷を抜け出しては下らない遊戯の時間を共有しようとしてきたのだ。


 そして遂にその友に求められる日が来てしまった。見極めよう、ニコルという男を。周囲の大人を、親を、自身を取り巻く全ての(しがらみ)を越えてでも共に行くべき存在なのか、今こそ見極める時なのだ。


「馬は?」

「一頭だけなら。でもお袋が……」

「行きな! あたし一人なら歩いた方が早い。死ぬんじゃないよ、二人とも!」

「分かった!」

「悪いなお袋、ちょっと友人を救ってくる」


 母は【漢】となった二人を、ただ見送る事しか出来なかった。だがそれは悲壮に寄る物ではなく、もっと素晴らしい。誇りに満ちた感情で、彼らを見送っていた。


 そしてニコルはレインを引き連れ、当初ナターリアに指示されていた市民を避難誘導する為に行く筈だった場所へとひた走った。揺れる民衆を掻き分け、動揺を隠せないその空気感の中心部へと躍り出る。その場を纏めていた人間を見つけると、軽く合図を出し、そして意図を汲んで貰う。恐らく、避難誘導を促す目的で来てくれたと勘違いしているのだろう。その人物を隣に置き、民衆の前に立ったニコルは語り始める。そんなニコルを、レインは真横から見つめていた。


「みんな、聞いて欲しい話があるんだ」


 ニコル様だ、と。民衆が騒めき、そしてそれを手を翳す事で静止するニコル。聞いて欲しい話がある、ならば聞かなければと民衆は耳を傾ける。


「敵はもうすぐそこまで迫っている。ナターリア達がこれを食い止めに行ってくれているけど、それは撃退が目的じゃない。足止めが目的だ。正直、今の状況だと撃退は不可能だとしか言えない。避難しても、しなくても、この街は間も無く滅ぶ。避難した所で、やがて来る緩やかな死を皆で享受するだけの時間になりかねないからだ」


 民衆にどよめきが広がる。「そんな」と絶望し、またそんな大人を見た小さな子供が泣き声を上げる。不安は一人から二人、二人から四人へと周囲の人間全てに伝染し、瞬く間に恐怖の渦中へと突き落とされてしまう。死がすぐ隣にいる、そう聞かされて、この空気に呑まれない人間など一人も居なかった。そんな中、ニコルは話を続ける。


「俺は本当に弱くて、情け無くて、何の力もない。いつもナターリアに助けられてばかりで、パン屋のゴルジュに怒られて、本屋のカペラに説教されて、街の備品を壊して、屋敷でライセールにコテンパンに搾られて。色んな人に迷惑を掛けて、それを自分で解決出来ない酷い子供だった。でも、ずっとこの街で生きてきた。だから知っている」


 迫る絶望の中、民衆は思い出していた。街の中を駆け回る領主の息子とその友人達。色々な場所で悪さをしては、その場その場で怒られて、時に泣いて、時に笑って、彼らはニコルの領民であり、父であり、母だった。


「ビンズさん、貴方はあれだけの畑を一人で纏め上げて耕し切っている。これまでの人生でこの街に齎した農作物は文字通り山の様だ。リールは子供が沢山居たね、俺の友達だった奴も、すっかり仕事をする様になった奴も。どいつもこいつももう大人になっちゃった。そして俺にとっても、貴女はお母さんの様な人だ。バリー、街の家の殆どはバリーが建ててくれた物だ。俺が何度壁を壊したってガハハと塞いでくれた奇跡の様な存在だ。貴方のその腕が、今日のこの街を創り、支えている。そうさ、皆んなが支えてくれてのこの街だ! ルガング、ディートリッヒ、レオン、リーハルト、ジート、ヴォルフラム、ブラド、アドロ、ファウスト、サルヴァトーレ、メイタイン、ブックハルト、フェリス、アルフレッド、バジルール、セドリック、俺はこの街を失いたく無いんだ!!」


 捲し立てられる口上に思考の余地を奪われ、ただその言葉に促されるままに想像を膨らませる。そして自分たちが過ごした街を、創り上げた街を、突然降って湧いた簒奪者に任せて良いものか、好きにさせて良いものか。どうせ死ぬのなら、惨めに死ぬのではなく、誇り高く街の為に在ろう。


「情け無い俺に、力を貸してくれ!!」


 ニコルのその一言に、割れんばかりの歓声が巻き起こる。民衆の心は一つとなっており、その熱を向けるべき矛先を示してくれと鼻息あらくニコルを見やる。


「男は農具でも何でも良い、武器になる物を手に持ってくれ! ガストン、バリー、デュートリッヒをそれぞれ隊長に据え、後に三隊に編成する! 女子供はあるだけの食料、清潔な布、薬や痛み止め、服や水をかき集めて! 兎に角、戦線を一時離脱する戦士を助けるに必要な物を持てるだけ持って俺の屋敷へ! あそこを仮の拠点とする!」


 そして熱の筋道は示され、程なくしてその熱量の塊は唸りとなって街を埋め尽くす。


「みんなァァァァ!! 戦うぞ!!」

 ーオオオオオオオオオオオ!!!!!!ー


 吹き荒れる熱狂の最中、一人の男が腕を組み、口角を上げつつニコルを睨みつけていた。その表情は「してやられた」とも「そうこなくては」とも取れる様な、驚愕と賛辞の入り混じった複雑な表情だ。だがその目に宿る炎は確かにニコルに焚き付けられてしまった。こうなっては仕方ない。地獄の果てまで付き合うぞと、レインは一人、決意を固めていた。


 ここに、足りなかった四枚の駒が形を成した。

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