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第四話 【転生したら剣だった男ー2】

 俺を持ち去った彼女の名はナターリア・ウェルグストン、この地を治める領主の私兵【暁の鷹】の団長であった。女だてらにこの男社会を生き抜き、(あまつさ)え団長に収まるなど本来考えられない事だろう。だが彼女はそれを成した、それは(ひとえ)に彼女の努力の賜物と言えよう。


 朝目が覚めると寝惚ける事もなく直ぐに顔を洗い、そしてランニングに出かけるナターリア。そしてまるで道すがらとでも言う様な気軽さで真っ直ぐに領主の屋敷を目指し、内部へと踏み入ると、寝ぼけ眼のニコルを半ば強引に同行させる。


「待ってよナタリー、僕まだ顔も……」

「遅過ぎます、タオルを用意しておりますので、これで拭かれるとよろしいかと。さて行きますよ」

「ちょ!?」


 彼はこの地ジスピルパークの領主、ニコル・ジャスパー。ナターリアを師として仰ぎ、幼少の折より剣、学問、作法に至るまで殆どを彼女に叩き込まれた若干十四歳の少年。少年と呼ぶには些か際どい物がある年齢だが、ナターリア自身がまだ彼を成人と認めていない節があり、俺も彼を子供扱いする格好となってしまっている。


 何を隠そう、俺は今このニコルの腰に下げられているのだ。川辺で拾った剣を自身の所有物とする事なく、彼女は馬鹿正直に全てを領主たるこの少年に告白。挙句、剣を献上してしまったのだ。取得物を献上するなどと、老人連中の一部が異を唱えたが、その余りに美しい過ぎる刀身を目にした後に、食い下がる者は一人も存在しなかった。


 因みに先のナターリアの朝の様子は俺の想像であり、しかして事実に則している。何故なら彼女が幾度となくニコルに説教をする場面で、彼女自身のルーティンを語るからだ。耳にタコとはこの事だろう。


 閑話休題。この強引な朝のランニングトレーニングは見回りを兼ねており、彼女は常に帯剣した状態で走っている。故に、必然的にニコルに帯剣されている俺も持ち出される形となる。そして魔獣の類や、暴漢、犯罪者を目撃したらば容赦の無い鉄槌が下るという訳だ。その優麗な外見とは裏腹に、苛烈極まりない攻めの姿勢から放たれる連撃にて、敵は瞬く間に沈黙へと追い遣られる。


 言わずもがな、彼女は活発でもあるが、そも優麗なのだ。長くしなやかな金髪に燃える様な赤い眼を携え、整った顔立ちと攻め気が似合う鋭い目付き。だが甘い物には滅法弱く、そんな時だけその鋭い目は乙女のそれとすげ替えられる。頬が緩み、ダラしないその顔は、恐らく俺以外には見せていないのでは無いだろうかと思う程に厳重に守られた中に眠っている。俺の話とて初日の夜に目撃したその一度のみの記憶からの物だ。個人的には前に出さない事を勿体ないと思うが、当人が良しとしないのであればそれはそれだろう。


 肩幅はある程度ガッシリとしており、また剣を振るう度に彼女の豊満な胸が大きく上下している。腕も細身に見えるその内に、信じられない程の筋肉を内包しており、魔獣を正面から殴り飛ばした時など【人の領域とは何だったか】と暫く悩んだのを覚えている。拳一つで壁面に()り込ませる攻撃が起こり得るなど、考えもしなかった。そしてその豊かな胸とは対照的にウエストは引き締まっており、また尻も胸に負けず劣らず大きい。本人はこの尻の大きさを気にしていたが、六つどころか八つに割れたその逞しい腹筋の方が男から見た場合の懸念点となる気がするのだが、どうやらそれは良いらしい。割れた腹筋よりデカい尻と、乙女の悩みは男にとって理解し難いものがあるのだろう。無論、その尻から続く太腿もまた凄まじく、流石この足にしてあの踏み込みかという納得の圧を備えた物となっていた。


 とは言え普段は殆ど鎧を着て過ごしているので、彼女の胸を含めたスタイルの事など、知っているのは極々少数と言えるだろう。軽装でのトレーニングはオフの日のみの事。それで言えば俺を拾ったあの時が正にそれに当たるだろう。


 また剣となった俺だが、周辺探知のスキルのお陰もあり、目の存在が無くとも周辺の把握にも特に困る事は何一つなかった。Lv2となったその時から、意図すれば広範囲に渡って話声まで探知出来、目と耳に依存する生活から脱却していた。ここまで来れば水に戻ったとて退屈する事はなさそうだが、やはり水中より陸の方が面白味が多い。今暫くは彼の腰に下げられつつ、ここの事をもっと知ろうと考えている。そしてー


「若様、本日の警護は私が指揮を執ります。よろしくお願いします」

「そんなにかしこまらないでよナタリー、昔みたいにさ」

「いえ、これも職務。その油断で命を散らす事もありますれば」

「うぅ、じゃあ職務以外なら良いの?」

「若様は既に我が主人。さすれば、私などその身を守る一個の盾に過ぎません。過分な申し出には謹んだ身振りをと心掛けております」

「……もう。ナタリーの分からず屋」

「お分かり頂けるのであれば、お好きに呼称下さい」

「でべそ」

「でべそなどでは!! ……クッ」

「ふふ、僕の勝ちだね」

「か、勝ち負けの問題ではありません。余り揶揄(からか)わないで頂きたい」



 彼、ニコル・ジャスパーは齢十四にしてこの地の領主となってしまった憐れな男だった。彼の父は若い頃から前線で自ら剣を握る様な剛腕領主であったが、三十を過ぎた辺りから身体の調子が悪くなり、特に子供をなかなか授からなかった。彼らが諦めず懸命に子作りに励んだ結果、漸く産まれたのがニコルで。その後も兄弟に恵まれず、彼が産まれた時点で父は既に齢三十八となっていた。そして父が五十になろうと言う時、重い病に冒され、僅か数ヶ月の後に他界する事に。そして、覚悟も度量も、気概さえも無いままに、ニコル・ジャスパーはこの地の領主となってしまった。


 だがそこでもし彼が決定的に無能な男であれば、今頃ジャスパー家は潰えていたかもしれないが、そうでは無かったのだ。ナターリアの英才教育の下、必要な知識だけは身に付けていたニコルは、ナターリアの補佐が在る中とは言え、何とかこれを維持していた。


 だが彼自身は自分の力によってそれが為されているとは微塵も思っておらず、その大部分が恩師たるナターリアによって齎されていると考えているのだ。そしてそんな彼はー


「今日の会合が終わったら、一緒に食事でも……」

「いえ、私はまだ職務がありますので」

「そっ、か」


 恩師たるナターリアに、恋心を抱いていた。そして、ナターリアはそんな彼の心に気が付かぬ程目端の効かない女ではない。とっくの昔に思い至っていたが、彼女は理解しながらに敢えて無視をしていたのだ。何故なら、彼女はニコルの父に憧れた彼の部下なのだ。その息子たる男を誑かし、取り入ろうなどとは微塵も考えられず、またその様な噂でジャスパー家の名に穢れを齎す事を嫌っていた。


「では、他の兵を整えて参ります。ご準備出来次第……」

「……分かったよ」


 俺の目から見ても、ニコルのそれは恋心というより、母性に惹かれた状態に近い、子供のお遊びの様に見えていた。俺の様な部外者で、この場に関わって未だ三ヶ月という身でありながらそう言えてしまう辺り、ナターリアにはもっと深刻な物に見えているのかもしれない。


 師として、或いは領主の息子の家庭教師として、甘やかし過ぎた結果がこれなのだとしたら、やり方を間違えたと言わざるを得ないだろう。だが彼女はその全てを全力で熟していたし、甘やかしたつもりなど毛頭無い筈だ。だが結果がこれであるならば、そう言われても仕方ない事だと言える程には、お子様恋愛の意を向けられている事に辟易としていた。


 そして師弟であると言う事は、純然たる事実として、年齢差が大きいという事も挙げられるだろう。そしてそれは女ナターリアに取っては最も大きい懸念材料なのかもしれない。彼女は今二十八歳で、ニコルとは十四歳も離れている。二倍も違うのだ、抵抗感を抱くのはある種仕方の無い事なのかもしれない。


 彼が成人する頃に彼女は既に三十四となり、凡そ普通の結婚という物を想像したそこから逸脱する事は間違いないのだ。ましてや彼はこの地の領主。子を成し、次代を育み、伝えなければならない身。そこに来て自身がその役割を担ってしまえば、それは水泡に帰す可能性が十分に考えられてしまう。どの方面から考えたとしても、身を退くというのが合理的な答えなのだ。


 それにそもそもニコルはまだ、彼女の恋愛対象にはなれていない。だが仮に為れたとて、彼女はそれを拒むだろう。ナターリアは既に女として生きる道を捨てている。一兵として、この地を守り戦う盾として生きる事を決めているのだ。ニコルの進もうとしていたこの道は、茨の道どころの話では無かった。道そのものがあるかすら怪しい、そんな修羅道を子供心で歩こうとしているのだ。ナターリアが辟易とし、彼の一挙一動に困惑するのも頷けるという話である。


 だが、そんなニコルにも良い所は沢山存在していた。


「よし、また僕の勝ちだね!」

「いつの間にか若は……この遊戯でさえ歯が立たぬとは恐れいります」

「ライアスの教え方が上手いのさ! ねぇそれより二十七手目でここに打ったでしょ? これってどう言う意図だったの?」

「これはですね、盤面左辺を睨んだ場合、この位置に隙が出来てしまいます。故にこの段階で後顧の憂いを断つ目的で選んだのですが」

「うーん、こっちだとダメだったの?」

「いえ、ニコル様の仰る通りです。今思えば先にそこに手を回すべきだったでしょう」

「若様、みんなでカードをやろうて話していたのですが」

「え! やるやる!」

「若様はハンデを背負って貰いますよ?」

「何でだよ!? 対等にやらないと意味ないだろ!?」

「それだとみんな勝て無さ過ぎて集まらないのですよ」

「うー、ならその上で蹴散らしてくれる!」

「その粋だ。向こうの部屋に集まっております」

「泣いても許さないからな!!」

「さて、泣かされるのは若様やも知れませんよ?」


 彼は幼少の頃から、使用人から一兵卒まで、全ての人間と親しく接してきていた。それは狙ったものでは決してないのだが、どうやら彼を息子や孫の様に思う人物が思いの外多いらしく、ジャスパー家が瓦解せずに形を保っている理由の一つとなっていた。


 だがその反面で。


「あ、若様! 昼からは剣の稽古だとあれ程……」

「まぁまぁ、ナターリアも一緒にどうだい?」

「若様はこの私を愚弄するおつもりか! 何故私がこの様な低俗な遊びを! それよりも稽古です、断固として稽古です!」


 剣の師でもあるナターリアは面白く無かった。彼女がニコルを子供扱いする原因の一つでもあるのだが、彼はどうも剣の修練に真面目になれないのだ。そしてその上で。


「ねぇナタリー」

「行きますよ若様、ほら!」

「負けるのが怖いんでしょ?」

「んな!? 何を馬鹿げた事を!! 私がこの程度のお遊びで遅れを取ると仰せですか! とっとと私のカードを配りなさい。見せてあげましょう、本物の勝負という物を!」

「そうこなくっちゃ!」


 彼女は良く乗せられていた。嗜め、正す目的で彼へと寄るのだが、気が付けば何故かこうなっているのだ。


「くっ、若様。勝負はまだまだこれからです……」

「さて、みんなも大丈夫? そろそろハンデの貯金も無くなって来たから一気に蹴散らすよ?」

「なにおう!」

「まだまだこれからですぜ!」

「ぐぬぬ、私とてまだ諦めた訳では……」


 己の手元のカードを貫く勢いで睨みつけるナターリアだが、それでカードは変身したりしない。故に彼女がやがて辿る道はー


「負け……た」

「嘘だろ、あれだけハンデを頂いたと言うのに」

「若様えぐいってマジで」

「ふはは、僕の勝ちの様だね諸君!」

「……はっ! 剣の訓練!?」

「そろそろ夕食だよ? ほら行こうよナタリー」

「何だと!? ……計りましたね、おのれ若様!!」


 計るも何もただ共に遊戯に興じ、時を共有したに過ぎない。こういった一件無駄に思える行いを通じ、彼は彼に仕える者たちとコミュニケーションを図っているのだ。それが意図的で有ろうと無かろうと、こう言った理由も有り彼の治める領地では、その年齢や経験値からは考えられない程に運営が上手く回っていた。時には商人が、また時には自警団が、また時には民衆の一人一人が、それぞれニコルの意図せぬ所で気を効かしてくれており、この街は低い犯罪率と充実した食料自給率を誇っており、特に問題を抱える事もなく、事の他すんなりと代替わりを果たしていたのだった。


 だが、領主と言えどまだまだ心根は少年のニコル。彼は夜な夜な屋敷を抜け出すと、とある一般民衆の家へと身を寄せていた。それはお世辞にも裕福とは言えない、彼の屋敷の何十分の一という小さな家で。そこに居るであろう旧友を訪ねていたのだ。


「やっほーおばさん、レインはいる?」

「あ、ニコル様。またそうやって……。ナターリア様に叱られますよ?」

「ぐっ、黙っててくれれば大丈夫……な筈」

「はぁ、レインは奥ですよ」

「悪いねおばさん、いつもありがと!」


 昔馴染みのレインは、彼の数少ない友人の一人で、やがて身分の差からレインの方からあまり接触は持たなくなり、それを嫌がったニコルの意向で次第に今の様な形を取られる様になっていったのだ。


「また来たのかよ、俺まで叱られるの嫌だからな」

「レインまでそんな事を。良いじゃん、ゲームするだけなんだし」

「ったく、懲りないねぇお前も」

「こないだは僕が勝っただろ!」

「んや、今の所258戦152勝106敗。俺のが強いね」

「二連勝した日だってあるじゃん! 今日だって!!」

「ハッ、やれるものならやってみろよ」


 ボードゲームに於いて、ニコルは何処に行っても連戦連勝。それもその筈、彼は昔からレインと二人で只管にこうして高め合っていたのだ。ギリギリ勝てない、そんなやり取りが兎に角面白くて、二人が盤面を挟んだなら二時間は掛かるというのに、懲りずに屋敷を抜け出しては、こんな事を繰り返していた。俺はそんなニコルの庶民性も含めて気に入っていたのだ。


 決して飾らず、しかして驕らず、そんな少年ニコルの領地運営と世話役にして団長のナターリアが面白く、この二人がどの様に立ち振る舞い、何が原因で何処がどうなっているのかと言うのを、俺は観察し続けていた。


 今まで殆ど何も考えず、何故か問題は起こり、解決を促さなければならない場面と遭遇していたが、実の所原因と理由は各所に存在しており、俺の見てきた世界は狭量であったと断ずる他無い経験を得ていた。


 だが彼らとて全てを清廉潔白に過ごせているという訳でもなく、彼らが充実していればしている程に発生する妬みもまた存在し、それは見えぬ所で少しずつ成長していっていた。そう言った悪意にも敏感な俺は、危機感を覚える場面を幾つか経験していたがその中の一つにはヒヤリとさせられた。


 とある会合にて、この場では帯剣はご遠慮下さいと武器を回収され、俺はニコルの腰から外され、別箇所にて保管される事となっていた。その時に。


「これか、あのクソ野朗の持つ名剣ってのは。忌々しい、確かにこりゃ業物だろう」


 彼らに怨みを持つ者達が、その隙を突いて俺を狙ってきたのだ。物に当たるなど勘弁願いたい所ではあったが、用意周到な事に立派なハンマーを持参しており、幾らオリハルコンの強度を誇るフラガラッハとて、左右を台に乗せられて、中央を鋼のハンマーで殴られてはひとたまりもない。とは言え、四発目までは耐えてみせたのだが。五発であえなく粉々に。


「ハァハァ、なんつー剣だ。ここまでしてやっとかよ。ズラかるぞ!!」


 砕かれた俺はその場で死んだ。訳もなく。勿論すぐに刀身の擬態を解除し、再びフラガラッハを擬態した。多少の痛みはあったが、それはまだ良かった。問題はその後だ。


「んなっ!? 剣が……修復した!? 嘘だろ……」


 会合を終えて逸早くこの場に参じたニコル。彼はその日の夜もレインの家に行くつもりだったのだろう。慌ててやって来た彼に、正に擬態している最中の場面を見られてしまったのだ。まるで着替えを除かれた子女の如く、気不味い空気が空間を支配していた。だが彼は思いの外ー


「凄い! 何て剣だ!」


 素直だった。ニコルが信じ難い程に純粋な少年だったが故に事無きを得たが、あれにはヒヤリとさせられたものだ。


 そんなこんなでここでの生活は人数の多さも相俟って、小さな疑問とその答えに溢れており、共に過ごす上で素晴らしい平穏と絶妙な刺激が得られる輝かしい日々を過ごしていた。退屈する日など一日もなく、一事が万事興味の尽きない日々を送っていた……のだが。


 やはり、平穏とは続かない物で。燻る火種は着実に成長を続けていた様だ。思えばニコルの父が病気に伏したそれもある意味では平穏の破壊に他ならず、内政は大荒れに荒れる事となってしまっていた。だがそれは主に内政問題であり、ニコルやナターリア、その配下達の懸命な努力の元、やがて立て直される事となった。だが、それは飽くまでも内内での話と言えるだろう。


 今回のそれは、遂に発生した外的要因による平穏の破壊となってしまった。

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