第〇話 【転生したら だった男ー1】
ーー意識が遠退く。
無限に広がる空間に自分だけが取り残された様な。何も感じない、音も光も匂いも味も、時間さえも。感覚そのものがボヤけてしまっていて、もう何が何だか把握できない。
これが死か。
何となくだが、自分が死んだという事は覚えていた。何故ならそれは俄に信じ難い程に凄惨な死だったから。俺は人付き合いがあまり得意ではなかった。人の心が理解出来ず、自分で解決すれば他を頼る必要も無いと考えていた。そんな俺だったから、こんな終わりを迎える事も我ながら想定内と言うのが実に笑えない。
友人と呼べる存在などほぼ居ない俺に、たった一人、唯一の友と称すべき男が居た。他は他でしか無い俺だったが、彼の事だけは無条件に信じられると思っていた。そんな親友とも呼べる存在に、俺は殺された。そして共感は得難いかもしれないが、その事には既に折り合いが付いていたりする。寧ろ不可解なのは彼がそうせざるを得なくなった理由であり要因の方だ。彼女は何故あんな事を? 頼んでもいないのに語り聞かせてくれていたピアノが鮮血に染まるのを見て、不謹慎にも妖麗だと思ってしまったのが最後というのが何とも俺らしい。
……とは言え、今となっては全てがどうでも良い話。あの鼻を遡ってくる血の臭いも、そこから遅れる事数秒で迫り来る喉の奥から溢れる血液も。その余りの量に堪らず口鼻両方から喀血していた凡ゆる意味で苦い記憶も。
刺されて刺されて刺されて刺されて。身体のありと凡ゆる場所から血が溢れて。地獄の様な状況なのに、痛覚が仕事を忘れたのか、痛みよりも全身を支配する不快感が前に出ていたのをよく覚えている。穴だらけの身体で、呆然としていた。せめて最後に話くらいはと思えど、それすらも叶わず。理由は単純で、喉も口も既に血で満たされていて、言葉が通る隙間なんて残されて居なかったから。それもまた仕方ない。
「―!」
突如、何かが自身の末端に触れた感覚が意識を刺激する。殆ど何も感じないこの死んだ身体に感覚? 何故? 相も変わらず光は無く真っ暗闇のまま。せめて周囲を見ようにも首の感覚がない。目も無ければ首も無い、何もかもがないない尽くしの俺に【何かが触れた】。その唯一発生した僅かな感覚を注意深く観察する。自身がこうなってからどれほど時間が経っただろうか。長き時を経て、その触れていたモノが生き物である事に漸く気が付いた。規則性が無い事から恐らくとしか言い様は無いのだが、先ず以って生き物に間違いない。今にも崩れそうな自身の身体を感じて、その端に触れたり、触れなかったりする外部からの接触を只管に待ち続けた。
「ー!」
依然として声は出ない。恐らく口も無いのだろう。だが身体そのものが消失した訳ではない事を悟り、死んでしまったのは命ではなく身体の感覚の方だと意識を切り替える。
何一つ夢も見られずに生きてきた俺にとって、今ある現実が何よりも確かなものなのだ。夢想に生きたとて何にもならない。故に今と向き合う。例えそれがどれだけ辛い事だろうと、あの頃のそれに比べれば多少マシな筈だ。
「ー!」
また、何かが触れた。心臓の鼓動さえ感じないこの身体に、何かが触れる様な感覚だけが存在を示してくれている。生きている事を教えてくれる。
何一つ理解もできなければ意味も分からない。頭が働いている事を考えるに、奇跡的に脳は助かったが身体が死んでしまっていたとか、そんな感じなのだろうか。
意識を失い、取り戻した。そんな感覚はあれど、それ以外の感覚は全滅している。いや待てよ、頭は働いている。これは何となくだがそうなんだと理解出来てきた。ならもう少し思考を前に進めよう。
僅かだが感覚はある。自身に触れてくる外部からの刺激。自分の身体は……動かない。腕や足がある感じがしない。不可解ではあるが、斬り落とされたか機能を失ったのだろう。刺されたあの時の状況を考えるに、どちらであっても不思議はない。
そうして自身に残されているものを確認していると、突然遠くから何かがこっちに向かってくる感覚がー
「―!」
通り過ぎていった。何だったんだ? まるで俺の中を通り抜けていった様な、得も言えぬ気持ち悪さ。気持ち悪さ? 何故? 何を以ってそう感じている? 今の俺にとって気持ち悪い事。まるで腹から衝突された筈が、内臓をも擦り抜けて背中から出ていったかの様な。恐らく身体構造的に有り得ない感覚だから気持ち悪かったのだろう。普通身体を何かが通り抜ける時は死ぬ時だからな。
少しずつ周囲と自分の間に境目があって、自分という範囲を理解し始める。良く分からないが、ただ広がる空間の中に【ここは自分である】という場所が存在し、そこを何かが通り抜けて行った感じだ。体内を通過された経験は無い……って事もないか。先日ナイフが通っていた、ズブズブと。あれをカウントして良いのなら、有ると言えるかもしれない。どちらにせよ嫌な事象には違いない。
ならば俺は何だ?
何かが通り抜けられる俺という存在は何なんだ? 身体に穴でも空いているのか? それにしては痛い等といった感覚は何もないが、触れられる感覚は僅かに残されている。痛覚は刺激されないが、通過した感覚は有る、実に気持ちが悪い。こんな状態になってまだ気持ちが悪いなどと感じるのは辛い話だ。無遠慮に通り過ぎる【それ】をどうにか出来ないものか……。
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条件達成
スキル【捕縛Lv1】を獲得しました
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……ん? 何だ、今の声。
何も聞こえないのに、何かが聞こえた?
捕縛って何だ? スキル?
突然聞こえてきた何処かからの声に驚きが隠せない。最初、俺は死んだのだと思っていた。次に全感覚が死に、四肢が捥げ、頭だけが稼働しているのだと思っていた。そして次に身体中に穴が空いていて、周囲にはそこを通過する生物がいると考えた。が、今はまた少し状況が変わった。
スキル、そして【捕縛】。そんな声が聞こえた気がした。故にやれる事の無い俺は唯一残されている光明に貪りつく様に脳内の全ての感覚を駆使して、そのスキルとやらを探す、探す、探す。どう探すかも分からないが、どうせやれる事なんて殆ど無いんだ。
探し始めてどれ程時間が経っただろうか。時間の感覚は失われている為まるで分からないが、努力の甲斐もあって漸く例の奴の居場所が分かった。スキル【捕縛】。見つけたぞ。
さっきの通り抜けられた感覚。あれがある瞬間ならば、もしかしたらこのスキルが機能するのかもしれない。無遠慮に人の体内を通過する存在を捕縛する。多分そんな感じだ。
待つ、ひたすらに。四肢の感覚が待てず、ただ漫然と存在だけしているこの感覚の中、待つというのは苦痛ではなかった。漂い、彷徨い、ただ在るだけ。故に、その時はやがて訪れる。
「ー! (スキル【捕縛】!)」
声は出ていない。だが確かに何かが発動され、そして捕縛は成功している。捕縛されていたのは……細長くてピチピチと左右に跳ねる、口、背鰭、尾鰭、……これ魚か? ん? 魚を……捕縛? どういう事だ? 出来ることが増え、そして新しく何かが分かると、途端に他の事が分からなくなってしまう。いや待て、落ち着け。ただ事実のみを羅列していくんだ。
俺は捕縛を使い、捕まったのは魚。つまりこの空間には魚が存在している。何も無い空間だと思っていたここは水中? これは確かに魚だと分かるのだが、魚は空中を泳いだりしない筈だ。事実を羅列するなら、魚がいるのは水中で、それを捕縛したというのなら、ここは水中。俺は水中にいる。受け入れ難い事実がまた一つ増えてしまったが仕方ない。呼吸の有無など気になる事は多いが、冷静に考えると心音もなければ呼吸もしていない。受け入れよう。今は情報そのものが少な過ぎて、何も始まらない状態だ。受け入れ難くも事実は事実。仮に俺は今水中に存在していると考えるなら、魚がいる事に何も不思議はない。よし、それは良い。けれどもだ。
この魚どうしよう。
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条件達成
スキル【所有Lv1】を獲得しました
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……まただ。何なんだこの声は。いや……待てよ。よく考えたら生前の俺には遂ぞ訪れ無かったが、才ある者たちは天より啓示を賜り、得た技を行使すると聞いていた。そして彼らはそれを【天啓】と呼び、与えられた者たちは何かしらの職としてそれを行使していたな。剣に纏わる天啓ならば剣士に、魔に関する天啓ならば魔法使いに。もし今聞こえているこれが天啓と呼ばれていたそれならば。
俺に与えられた才能は【捕縛】と【所有】。成る程、意味が不明過ぎる。また分からない事が増えてしまった。才能が捕縛とはこれ如何に。……だがその辺りを思うに、これらは駆使しなければならない俺の才能で、今漸くそれが目覚めたと、そういう事か。四肢を失い頭だけが稼働する魚が彷徨くだけの水中で?
遅咲きとかいうレベルを凌駕し過ぎている。せめて身体がまともなうちに才覚を発揮してくれれば使い道もあっただろうに、何故今になって目覚めた?
いやいや、その辺りは一旦度外視だ。ひとまずは【所有】を発動させてみよう。先程捕縛を行使した時の様なフワッとした感覚で、こう……あった。スキルの行使はさっき一度やっている。所有の感覚もすぐに見つける事が出来た。後はこれをー。
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スキル【所有Lv1】を発動し
【毒魚】を獲得しました
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毒魚。うん、獲得出来たな。だから何? 感が凄いが、ひとまず前進を喜んでおこう。というか毒魚って何だよ。魚ですらないのかよ。いや待て待て、落ち着け。俺は今水中にいて、捕縛出来て、遂に魚を所有した。食う事が目的じゃ無いんだ。なら一先ずそれで良しだ。
そうやって動かない身体なりに感覚を探していると、細かく何かが通過していくのを感じる事に成功する。今だ、捕縛! からの所有! なんと枯葉を獲得。
……いや枯葉て。さっき以上のだから何感が俺を襲っていた。だが何を所有したかはまだ考える段階に無い、それは横に置いて良いだろう。捕縛からの所有。この流れのみが今の俺に出来る唯一の行い。ならばひたすらにこれを繰り返すしかない。
俺はそこから長い時間、ひたすら捕縛と所有を繰り返した。水中と思わしきこの場にはゴミ、枯葉、毒魚、毒草、空瓶、毒液、ガラス片、壊れた鞄、割れた皿、果ては腐った家具まで。クソみたいな所有物を獲得し、心なしか怒りも獲得していく気がしていた。稀に捕獲出来る水性生物は一様に【毒】と接頭語が付いており、この場所の汚染された様子が容易に想像出来てしまう。俺は生前あまり怒る事の少ないタイプだったが、この手の事象には腹が立つ。怒る事が少なかったのは、人に対しては呆れる事の方が多かったからかもしれない。改めて考えると、かつては生き急いでいたというか、自分の事を深く考える事なんて本当に無かった。今は自身を見つめ直すには時間があり過ぎて困るくらいだ。
そう言えば、一度だけ所有を拒絶された物もあった。捕縛の時点では石だと認定していたのだが、どうやら所有出来ない物も存在するらしい。格が足りないのだろうか。分からない事は分かる所まで考えて、その後思考から切り離す。さてー。
漸く少し理解出来てきた。意識も鮮明になりつつある。ここはドブ溜まりだ。水が溜まり、池の様になり、やがて生物が住み、ゴミを投げ込まれ、ドブへと成り下がる。そして行き着く所まで行き着き、遂に俺が住み着いたと。住み着いた順番から鑑みるに俺はゴミ以下の存在か、勘弁してくれ。今以って意味は分からないが、どうやら俺はこの連想ゲームの果てに、自身の置かれている立場をまた少し明確にしていたらしい。俺はゴミ以下、受け入れ難い事に変わりはないのだが、立場が理解出来る安心感はー、
ん? この感覚は……。
ゴミを拾い続けていたそれとはまた違う感覚。祭壇の様な……? 水中を漂う様に移動しており、どこに向かうでもなく、ただ在る物を受け入れ続けていた。そして、多分下に地面の様な所有出来ない何かの塊がある事から、ここが底である事に気が付いた。そんな場所に、祭壇? 周りの物をせっせと所有していく。ゴミゴミゴミゴミゴミ。祭壇がゴミ溜めに埋もれるとは世も末だ。せめて周りのゴミくらいは俺が回収しておこう。にしてもとんでもない量のゴミと汚れだ、流石池の底(推定)。所有、所有と。ゴミと毒魚の塊となりつつある俺だが、もう何が何やら分からない故に、残されたやれる事をせっせとやっている感じだ。
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スキル【所有Lv1】
スキル【捕縛Lv1】
は其々が
スキル【所有Lv2】
スキル【捕縛Lv2】
に成長しました
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脳内アナウンスがスキルの熟練を通達してくれる。成る程、こういった感覚で【天啓】持ちは成長していくのか。これは持たざる者には理解出来ない感覚だ。
仮に剣才で例えるなら、剣士たちの中でも達人と呼ばれる存在から剣神と呼ばれる極僅かな存在までバラツキが有ったのはこの成長度合いに寄る物なのだろう。天啓を与えられたからと言ってそれに驕り、高める事をしなければそのままで、向き合えば成長すると。今俺がどれ程の時間、どれ程の回数を熟して来たかは分からないが、幾千にも渡る反復が成長に至る必要回数を超えたのだろう。もしかしたら1日の話かもしれないし、何年という事もあり得る。感覚が死んでいる上に知る術がないのだから致し方ない。
さて、祭壇の周辺は綺麗になっただろうか。
と、ここで何かが俺を通り抜け様として、捕縛される。俺は既に反射的に捕縛が発動出来る様になっていた。ついでに所有も済ませてしまおう。
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スキル【所有Lv2】を発動し
【魚】を獲得しました
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魚? 毒魚ではなく? 漸くまともな生命と巡り合えた事を喜ばしく思う反面、何故? という気持ちも拭い去れない。察するに、スキル所有の成長が解毒を促したか。或いはこのゴミの所有の果てに、場所そもそもが浄化されたか。知る術もない事は思考もそこそこに次へ移ろう。
そう言えば捕縛もLv2になっていたんだ、試さない手はない。手はないんだけどな。それはいい。
自身の感覚の及ぶ範囲が拡がっている気がする。一度にこんな複数の物に触れる事は出来なかった。ごちゃごちゃと思考に流れ込んでくる複数の物体を、やはり片っ端から所有していく。待てよ、所有って事は、勿論出す事も出来る……のか?
スキル所有の事を深く考えてみる、成る程な。どうやら獲得も放棄も出来るらしい。なら溜め込んでいても仕方のない魚は放流するか。沢山捕まえていた魚を放流する。暫く時間が経つと、身体を擦り抜けていく魚の数が増えていった。いやいや増え過ぎだから、流石にこれはまた水質に関わると、増え過ぎた魚を回収し始める。
こうも身体の中を自由に動かれると、段々こいつらの形や趣き、また行動パターンなどが認識出来る様になってしまう。こんな風に動いて、こんな風に海藻を食べる。やがて繁殖行為を行い、数を増やす。魚の仕草やフンをする前の挙動に至るまで。……俺は一体何をしているんだ? 魚の研究者にでもなるつもりか?
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条件達成
スキル【擬態Lv1】を獲得しました
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っ!?
まただ、何度味わっても慣れない天啓による情報の通達。いや、それに対する苦言は良いだろう。それより擬態とはなんだ? というか天啓というのはこうもあっさりと手に入ってしまう様な物だったのか? 生前も努力を惜しまなければ良かったと後悔しつつ、ひとまず目の前の事象へと意識を向ける。【擬態】だ。
擬態って事はつまり何かを模して化けるって事だよな。今擬態を獲得したのは魚について考えていたからで……!?
そうか、魚に擬態出来る!? いや待て、落ち着け。慌てる理由は何もないんだ、ゆっくり、ゆっくりと……。
俺は魚の姿を獲得した。泳げる、動ける、活動できる!
生前ここまで活発に動いた事が一度でもあるだろうか。あるとしたら幼少の頃に違いない。少なくとも物心付いた年齢から先にそんな記憶は持ち合わせが無かった。にも関わらず、この解放感! ついに運動性を獲得した事が嬉しくて俺は水の中を泳ぎ回った。そしてその行為に一頻りの満足感を得ると、俺は泳ぎ回るのをやめ、再び色々な事を考える。また分かる事が出来た事で分からなくなった事があるからだ。
まず、ここはやはり池と称するべきサイズ感の水の溜まり場だった。水溜りと言うには大き過ぎるし、湖と称する程でもない。池辺りが妥当だ。恐らく当初は汚れ切ったドブ池か毒沼の様な場所だったのだろうが、今は澄み切った美しい池となっている。泳ぐ上で気持ちが良い。
そして、俺の身体だが、擬態しているという事は、擬態する前の【元の状態】がある筈なのだ。魚となった今、俺には目があり、口があるのだ。魚が故に視認できる内容はかなり少ないが、視覚を持たなかった先のそれとは、感覚がまるで違う。思わず泳ぎ回ってしまう程には解放感があった。いや話が脱線し始めているな。要するに、見える事はハッキリしないが、目を獲得した事で一応は見えるという話だ。
魚に擬態している、そんな自身の末端の擬態化を解き、恐る恐るそれを確認する……。ん?
無いな、何も。そこに何かある感覚はあるのだが、視認出来る何かは存在していない。そこから考えられるのは、自身のみが察知できる何かがそこにあるか、もしくは周囲の物と同質のそれがそこにあるかだ。まだ結論は出せない、ならばここまでか。
という訳で、今度はこの池の中にある在りと凡ゆる物を擬態して回った。海藻、エビ、砂、土、そして既に所有していたゴミ、ガラス瓶、家具など。
家具に擬態して暫く池の底に沈んでいると、魚が住み始めて面白かったが、特に進展もなかったのでそれもやがてお終いにし、擬態出来る範囲を拡げていった。
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スキル【擬態Lv1】
は
スキル【擬態Lv2】
に成長しました
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狙っていた事象が結実した事に思わず頬が緩んだ。やはりスキルを成長させるなら試行回数を含めた、それに対する努力や経験が有効な様だ。それが一定値を超えた時【それだけの実力があるのなら次のステージに行くが良い】と、成長を促されるのだろう。使う他無い上に使えば使う程だ、まさしく努力の賜物。そして擬態の技術力が上がっているという自分自身を信じて、俺は再びある実験を試みる。
魚に擬態し、池の水面を目指す。そしてその水面から少しだけ顔を出し、身体の一部の擬態化を解除する。鰭はその感覚だけを残し、既に見えなくなっていた。そしてその見えない部分を水面より上へと押し上げる。すると、僅かに水面から水が飛び出していた。いや、顔を覗いていたと表現した方が良いかもしれない。遂に対面する、擬態化していない自身の本当の姿。
あぁ、俺は今【水】なんだと初めて自覚した瞬間だった。